政治とメディアは「一蓮托生」か

M. Kimiwada

M. Kimiwada

君和田 正夫

 籾井勝人・NHK会長が今月24日で退任し、新会長誕生です。籾井さんにはご苦労様でした、と申し上げます。数々の問題発言で話題を呼んだので、さぞかしホッとされていることだろう、と想像していましたが、報道によると再任を強く希望されていたとか。「まさか」と思いました。

 なぜなら、あなたは全く向いていない仕事をやらされていたからです。どれほど有能な商社マンであったのか、どれほど辣腕の社長だったかは知りません。かなり豊かな知識や経験を持っている、と評価されて会長に任命されたのでしょうが、残念ながら報道とかジャーナリズムとか言論とかに対する基礎的な洞察力を欠いていたのです。

 会長再任を拒まれたことを恨んでいるとしたら誤りです。向いていない人を会長に任命した経営委員会を恨むべきでしょう。

 

NHK経営委員会は選考過程を公開しよう

 

 経営委員会は放送法52条で会長の任命権を与えられています。会長の任命に当たっては12人の委員のうち9人以上の議決を必要としています。籾井氏任命では9人以上の委員が誤った人選をした、といえます。どのような判断基準で選んだのでしょうか。三井物産副社長、日本ユニシス社長という経歴が決め手になったのでしょうか。

 籾井氏については多くの学者、評論家、ジャーナリスト経験者らが「再任反対」を表明してきました。同時に「選考過程を明らかにせよ」と経営委員会の責任を問う声も高まりました。今でも遅くありません、石原進委員長、そして前任の浜田健一郎氏(ANA総合研究所会長)はこうした声に答える責任があります。どのような評価できまったのか、経営委員会に推薦した人がいるとすれば誰か。

 こうした経緯は明らかにされていません。麻生副総理・財務大臣、石原JR九州相談役という九州がらみの人事だとか、麻生氏・籾井氏とも実家が炭鉱経営をしていたので炭鉱仲間だとか、噂だけが飛び交っています。籾井氏の前任の松本正之氏が再任されなかったときには、JR東海の関与がささやかれたので、JR仲間の人事という人もいます。

 NHK会長がこんなことで決まっていくとは信じたくありませんが、言論機関の役割、言論の自由と民主主義、公共放送の在り方といった正面からの推薦理由が全く聞こえてこないのは悲しいことです。石原委員長は就任後間もなく「日本会議福岡」の名誉顧問をしていることが指摘され、辞任しました。日本会議は憲法改正や「美しい日本の再建」などを謳い、極右団体と位置付ける人もいます。原子力を推進する「原子力国民会議」の共同代表もしていたのですが、同時に辞任しました。

 驚くべきことです。言論や報道の役割について基礎的な理解をお持ちならば、委員に就任した時からこうした団体から離れて、見せかけでも「中立性」を強調したはずです。あまりにいい加減です。財界人はもう少し知的であって欲しいと願います。経済界で蓄積した自身の知識や体験に加えて、幅広い教養と社会常識と節度を持って欲しいと思います。昔の財界にはそうした人がいたものです。

 

会長3人を出した三井物産の責任

 

 三井物産の責任も問われていいでしょう。先ほど、三井物産副社長という経歴が決め手になったのかと書きましたが、物産出身者は籾井氏で3人目です。

 NHKの初代会長は岩原謙三氏でした。岩原氏の前歴については多くの記録が「社団法人東京放送」か「東芝社長(芝浦製作所)」としていますが、元々の出身は三井物産です。1914年のことです。物産が総代理店をしていた英国の造船会社がありました。常務だった岩原氏は、その会社が日本海軍の軍艦を受注できるように海軍高官に賄賂を贈った罪で懲役2年の判決を受けています。後世に残る「シーメンス事件・金剛事件」です。物産の社史「挑戦と創造」にも「大きな試練となった不祥事」として1ページが割かれています。岩原氏は退任後芝浦製作所の社長、NHKの前身の「東京放送」理事長などを務めました。

 14代会長の池田芳蔵氏も物産出身で、英語で国会答弁をして驚かせました。1988年にNHK会長になりましたが、翌年、1年も持たずに退任しました。社長・会長を務めた77歳の高齢者をNHKに送りだした責任を問われて当然でしょう。

 今回の籾井氏の件を含めて、物産関係者に話を聞くと、「NHK会長人事に会社としては関与していないはずだ」という返事が返ってきました。「組織の三菱、人の三井」と言いますが、それぞれの個人が三井グループの知らないところでNHK会長に就任し、問題を起こした、ということが真相だといいます。そうなると、逆に三井の組織の在り方や社会的責任といったことが問われることになりかねません。今後、経営委員会は物産からNHK会長を任命してはいけません。

 

恐れられないメディアの存在

 

 籾井氏の功績を上げるとすれば、「政治のおもちゃとしてのメディア」を世の中に強く印象付けたことです。経営委員会そのものが、政治の影響を受けやすい仕組みになっていることを改めて見せてくれたのです。経営委員は衆参両院の同意を得て内閣総理大臣が任命することになっています。総理大臣は委員の罷免権も持っています。その委員たちが互選で委員長を選び、さらに会長を任命するのです。

 政治にとってメディアは今や恐れる必要の無い存在になっています。NHKに限らず、メディア全体が政治に押され委縮していることは、多くの国民が感じ始めているのではないでしょうか。委縮させている責任は、もちろん政治家や財界人たちにもありますが、その流れに身を任せてしまった新聞・テレビを含むメディア自身の責任はあまりにも大きいといわざるを得ません。

 「恐れる必要がないメディア」。どこかの国と同じと思いませんか。今月の「オープントーク」に「トランプ時代に浮遊するメディア」という興味深い記事が載っています。ワシントンとニューヨーク中心の取材で満足し、地方の声を吸い上げられなかった米国メディアの反省を書いています。日本もまったく同じ危機に直面しているのではないでしょうか。東京と言うより、官邸中心の情報発信に踊らされるメディアにはおのずと限界が見えてくるでしょう。大統領選で完敗した米国の既成メディアと同じ道を歩んでいるのです。

 

亀裂深める社会を直視しよう

 

 米国で「プアホワイト」がトランプ大統領に投票したように、日本でも「反乱」が起きても不思議ではない状況が広がっています。非正規社員、女性社員、高齢者、地方に住む人たちなどの声を政治やメディアはどこまで吸い上げているのでしょうか。格差の問題は、少子化と高齢化が同時進行する日本の深刻な状態を浮き彫りにしています。社会の亀裂はますます大きくなっていくでしょう。しかしながら、肝心の新年度予算一つ取って見ても亀裂を埋めようという意思を感じません。現実を直視しない政治とメディアは「付和雷同」「一蓮托生」の深みにはまる危険が深刻になっています。格差の問題は別の機会に取り上げたいと思っています。

 次のNHK会長上田良一氏は三菱商事の出身です。1月25日に就任します。「また商社か」という思いもありますが、私たちがウォッチしなければいけないのは、会長もさることながら経営委員会です。

 皆様にとって、良い一年になりますように。
 

(参考)

  1. 言葉が風船になった時代(2014年4月号):NHK歴代会長リスト
  2. ジャーナリストは政治家へのステップか(2016年8月)