ネットメディアの危機(下)

H.Kitamoto

北元 均

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 ニュースの品質が低下している背景にはいくつかの問題があるが、そのうちのひとつは前回このコラムでも解説したように、コンテンツ制作の現場の問題だ。費用対効果を追求するあまり、取材の機会を減らし、短時間で多くの記事を仕上げるために内容を精査しないままコピペで記事を作る。その結果、誤ったニュースが作られ、拡散される。

 この問題を解決するには、記事の制作に必要な原稿料や取材費をきちんと確保し、記者や編集者を育てればよい。新聞、出版などのメディアがこれまでは行ってきたことを、ネットメディアの運営者も引き続き行えばよいのだ。なぜそれができないのか。

 

取材費や原稿料は二の次

 

 新規参入のメディアサイトの運営者は、コンテンツ内容や価値の基準を、収益性に置き、記事の制作費を割り出すにあたって、単純に予算を必要なコンテンツの数で割って、記事1本当たりの費用を決定するような手法をとっている。記事制作にかかるコストは安ければ安いほど利益が大きくなるということだ。こういったコスト管理をする運営組織からは人材育成や品質向上のためのコスト負担という考えは生まれにくい。

 反対に従来メディアの新聞や出版では、記事制作を担う編集部門の人間が「お金」のことを考えると、ニュースの品質が損なわれるという強い思い込みがあり、記事制作のコストやメディアの収益性向上の施策などは意識的に遠ざけてきた。幸いなことに従来メディアは高収益ビジネスで、人材育成やコンテンツの品質向上に出費をしても問題はなかった。

 だが、ネットメディアは、参入障壁が低く、従来メディアのように必ずしも高収益が期待できるビジネスではない。コンテンツ制作現場がどんぶり勘定的な体質だと、すぐに運営が行き詰まることは目に見えている。それゆえ、厳しい採算管理が不得意な旧メディア企業はネット媒体に軸足を移せないでいる。その結果、ネットメディアの部門向けの人材育成は進まず、さらにこれまで屋台骨を支えてきた紙メディアも年々その売り上げが縮小するため、コスト削減の圧力が社内でも強くなり、記事制作にかける費用も小さくなってきている。

 

コンテンツ・人材に流れないおカネ

 

 こうしてみると、事情は異なるが、コンテンツ制作や人材育成にお金が流れない構造というのは新旧メディアとも共通しており、それがニュースの品質の低下につながっている。

 もはや、従来型のメディアもこれまでのやり方が続けられないなら、新たなアイディアを実践する必要がある。また、新規参入メディアも収益確保だけを目的とした管理手法では、信頼性の高いメディアを持続的に運営できないということはディーエヌエーの事件で明らかになった。ではどうすればよいのか。ネットメディア運営にはこれまではなかった、機能と権限をもった役割を新設する必要がある。

 

統括管理者を作るべし

 

 従来のメディアでは編集優位の運営がなされてきた。新規参入のメディアはどちらかといえば収益管理優先の運営だった。新しい役割とはこの両者のバランスをとることを業務とする統括管理者で、その管理のもとでメディアの運営を行い、お金と品質の懸案を解決するのだ。統括管理の業務とは具体的に何をすればいいのか。簡単に言えば、編集と営業それに開発の管理を同一人物が行う。具体的には以下のようなことだ

・客観的データに基づきどの記事が読まれ、どの記事がサイトの評価を高めているのかを把握する
・コンテンツ制作にあたっては、コストとそのコンテンツが生む価値(直接的な売り上げや間接的な社会的価値)を勘案し制作すべきかどうかを判断する
・メディアを持続的に運営することができる適正な利益目標とそれを実現するため、現在実施しているビジネスモデルを理解し、サイトの収支を管理する
・技術的な進化とビジネスモデルの変化に対応するために、最新の技術動向やマーケティング手法を知り、それらの実施、実装の判断を行う

 上記からその業務内容は理解ただけると思うが、統括者あるいは統括業務とはサイト構築やコンテンツ制作上の意思決定を行うにあたって、編集、営業、開発のすべての情報を俯瞰しつつ、バランスを持って判断する役割になる。

 さらに言えば、必要なコンテンツではあるが費用対効果が悪いものに関してはその品質を維持しつつ、どうすればコスト削減が可能かを考える。逆にメディアの正確性やブランド価値の向上、人材育成といった、短期的な収益につながらないものの、大事な投資について、メディアを持続的に運営しながらどのレベルで支出するかの判断もしなければならない。さらに、そういった先行投資を支える収益を生む、コスト効率の良いコンテンツ群を準備することも必要だ。

 

専用アプリは?広告システムは?…

 

 実際にニュースメディアを運営していると、人気テレビ番組の内容紹介や芸能人の失態に関わる記事などは1本で百万規模の閲覧数を稼ぐものがある。同じサイトでも通常の記事やコラムは数千~数万の閲覧数が普通なので、稼ぎだけを比べると、かたや十数万円で、残りの多くは数百円の稼ぎだ。多くの記事は常識的な金額の原稿料すら稼ぎ出せない。だが世の人が知りたいことはテレビ番組の内容ばかりではない。サイトの価値を維持するため他のニュースも必要だし、きちんと書くことができる人材の育成、確保も必要だ。メディアの品質を維持するために常にあれこれと「やりくり」する必要がある。

 また、技術的な進展が早くビジネスモデルの変化も急激なネット業界では、例えば専用アプリ開発は必要か、広告のシステムはどれを選択するのか、課金モデルを選択すべきかなどの判断を行う。これらすべてが統括管理者の仕事になる。実際に記事を書いたり、コーディングができたりする必要はないが、大局的な判断を誤らないために、それぞれの分野でのトレンドや最新情報は理解しておく必要がある。

 小規模なメディアの場合、事実上経営機能とイコールになるが、大規模メディアだと、統括者はひとりではなく、統括的な役割をもった人物が、ジャンルやプロジェクトごとに配置されることも考えられる。

 ところで、現時点ではこの統括者のスキルを保有する人材はごく少数だ。新規事業として、その後大きく成長したサイトに立ち上げからかかわり、最初はひとりでなんでもこなさざるを得なかった人物か、転職などを重ねることによって、さまざまな職場、職種を経験することで偶然、そういったスキルが身についた人材だ。意識的に育てなければ不足する人材なのだが、残念ながら現在のメディア企業のキャリアパスでは、この役割の人材を育成することができない。キャリアの行きつく先は、営業や編集のマネジメントか編集委員などの専門職となってしまう。

 私の経験から言えば、この種の人材を育成するのは特段困難なことではない。新卒入社者でも3~5年もたてば、バランス感覚をもった統括者として機能する人材となる。育成の方法としては、最初は小さな単位でもいいので、サイト内のある範囲(特定のジャンルやコーナー)をある程度まかせて運用させる。その際、サイト全体の運用の基本原則、目標数値をベテラン、新人の別なく共有し、それらを頭に入れたうえで「自分の責任範囲の実績の推移に気を配ること」「問題点を把握すること」「その解決策を自ら考え提案すること」を課せばよい。また、最初のうちはあえて、ちょっとした記事の作成やコンテンツの修正、ライターとの原稿のやり取り、外部メディアとのコンテンツのやり取りなども経験してもらう。そうすることによって、周りにある業務やビジネス構造に理解が深まる。新卒ではなく、すでに記者や営業の経験のある人材なら、そちら方面の実務経験は持ち合わせているので、よりすぐれた統括者になる。ただし、これまでやったことのない業務を他人に任せっきるにすることがあるので、それは厳しく禁じ、全体で共有すべき情報はしっかりと頭に入れ、そのうえで毎日の数字の変化に面白さを感じてもらえるようにする。そして、どちらかに偏った運営ではサイトの持続ができないということに気が付くように誘導をする。

 偽ニュース対策としては迂遠な策のように思えるかもしれないが、ネットメディアを運営する組織は従来のメディアの延長線にあるのではなく、新たな役割をもった管理者が必要で、そのための人材育成をすることが、結果的にはニュースの品質を向上させることにつながるのではないだろうか。