「第九」の歓喜と呪い

M.Kimiwada

君和田 正夫

 大晦日、ベートーヴェンの「全交響曲連続演奏」を聴いて一年間を締めくくることが習慣になっています。「一番」から始まって「英雄」も「運命」も「田園」も流れ、そして最後は「第九」の「歓喜の歌」で新しい年を迎えます。日本の運命はどうなるのだろう、と不安と期待が交錯しますが、今年は政治的に難問が山積しています。

 難問の第一は憲法改正でしょう。自民党の憲法改正推進本部は暮れの20日に4項目の論点を出しました。そのうち最大の目標は9条改正です。1項、2項(注1)をそのままにして自衛隊を明記する3項を加えるのか、2項を削除するのか、二つの案が残りました。

 他の3つの改正項目は、「緊急事態条項の創設」「参議院の『合区』解消」そして「教育の無償化」です。

 

日本も「国論分断」の恐れ

 いずれをとっても容易な話ではありません。とくに憲法改正は、国会が発議してから60日から180日以内に国民投票をする規定になっています。首相自ら2020年の新憲法実施を目標にしていると発言したこともあり、東京オリンピックを控えて大きな混乱を招く恐れもあります。国民投票で否決されたらどうするのでしょう。安倍首相は9月30日が自民党総裁の任期です。ここで3選されれば、21年まで首相を続けられますが、もし否決になったら辞任しなければいけなくなるでしょう。自衛隊違憲論も再燃するでしょう。外国のように「国論の分裂」「国民同士の対立」が激化するでしょう。

 そこで、国民投票で勝つために、いろいろな手を打つことは当然です。「世論操作にさらに力を入れるだろう」ということは誰もが考えることです。そのため、国民には支持層に予算で応えたり、一般国民には児童優遇などを訴えるでしょう。

 

軍門に降ったメディア

 そして問題はメディアです。「見えざる圧力」が強まるという予想が早くも出ていますが、私の印象は、メディアは既に安倍さんの軍門に降ってしまっている、従ってメディア対策など必要なくなったのです。

 「9条」には、左右双方からの願望、怨念といった気持ちが託されていると感じます。それにも関わらず、9条を支え、補強してきた「非核3原則」(注2)「武器輸出3原則」(注3)「原子力平和利用3原則」(注4)などの原則は簡単に崩されたり、変更されたりして、国民の合意のないまま実質的な憲法改正が行われています。安倍首相の叔父で1960年代に首相を務めた佐藤栄作氏は退任後の74年、非核3原則などを評価されてノーベル平和賞を受賞しました。平和賞とは程遠い安倍首相は、叔父をどう評価しているのでしょう。

 22日から始まる通常国会では来年度予算も審議されます。過去最大の97.7兆円の予算案ですが、早くも「甘い予算」「膨張予算」などの批判が出ています。大きな焦点だった診療報酬の改定率では、医師らの技術料などが予想以上に増えました。政府寄りと言われる日本経済新聞でさえ「総理の恩返し 診療報酬、日医会長に配慮」という大見出し(12月19日朝刊)で批判しています。「恩返し」とはきつい言葉ですが、記事でも「自民党の支援団体である日本医師会と政権の蜜月」と辛口です。「モリカケ問題」の反省は一体どこへ行ってしまったのでしょう。

 増え続けるのは社会保障関係の予算と防衛予算です。防衛予算は「北朝鮮にどう対応するのか」と言われたら誰もが沈黙する「聖域」になってしまいました。

 

先細り日本の「2025年問題」

 社会保障はこれまで分かり切っていたことを放置し続けたツケが回って来ているのです。「2025年問題」が指摘されています。1947年から49年に生まれた「団塊の世代」68万人が、後期高齢者の仲間入りをします。日本の成長を支えてくれた彼らが、その見返りを受け取る側に回るわけです。医療費、介護費などどうなることか、誰もが心配することですが、人口は数ある統計の中で、もっとも変動しない、予測しやすい統計ですから、もっと早くから政策に反映されていなければなりませんでした。折しも厚生労働省の発表では、17年に生まれた赤ちゃんは94万人。2年連続で100万人を切りました。先細りの日本です。

 人口問題は財政再建とも深い関連がありますが、財政再建とか財政規律といった言葉は死語になってしまいました。

 

15年続く大晦日のイベント

 ベートーヴェンに戻ります。大晦日のベートーヴェン全交響曲演奏会は東京・上野で開かれます。2017年12月31日の演奏会は15回目でした。作曲家の三枝成彰氏が始めた15年前はスポンサー探しが難題でした。「一番」から「九番」まで全交響曲を演奏するのですから、ほぼ半日がかりになります。しかも1月1日にまたがる演奏会でしたので、客の集まりも悪かった、と記憶しています。

 「第九」というと「歓喜の歌」が有名ですが、「第九の呪い」という言葉も思いだします。ベートーヴェンが「第九」を完成させ、「第十番」を構想中に亡くなったことから「呪い」は始まります。以後、「九番」作曲の前後に亡くなる作曲家が出たため、呪いとしていろいろなエピソードが語られるようになりました。グスタフ・マーラーが呪いを恐れて「九番」とせず、「大地の歌」にしたとか、ブルックナーが「九番」を未完成のまま死亡したとか、シューベルトはベートーヴェンの葬儀に参列した8カ月後に死亡したとか、「都市伝説」的な話から出来上がっています。

 新しい年は「歓喜」の年になるのでしょうか、「呪い」の年にならないことを願っています。

(注1)憲法9条
 1項 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
 2項 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

(注2)非核3原則(1967年、佐藤栄作首相が表明、71年国会決議)
 核兵器を①製造せず②持たず③持ち込ませず

(注3)武器輸出3原則(1967年、佐藤栄作首相が表明)
 次に該当する国への輸出を禁止 ①共産圏の国向け②国連決議により武器等の輸出が禁止されている国向け③国際紛争の当事国またはその恐れのある国向け
 2014年に安倍内閣は「防衛装備移転3原則」を決め、「わが国の平和と安全はわが国一国では確保できない」として日本の安全に資すると判断すれば輸出できるようにした。
(第1原則)移転を禁止する場合の明確化
 ①移転が我が国の締結した条約その他の国際約束に基づく義務に違反する場合②移転が国連安保理の決議に基づく義務に違反する場合③紛争当事国(武力攻撃が発生し、国際の平和及び安全を維持し又は回復するため、国連安保理がとっている措置の対象国をいう)への移転となる場合は、防衛装備の海外移転を認めない。
(第2原則)移転を認め得る場合の限定並びに厳格審査及び情報公開
 上記(1)以外の場合は、移転を認め得る場合を①平和貢献・国際協力の積極的な推進に資する場合②我が国の安全保障に資する場合等に限定し、透明性を確保しつつ、厳格審査を行う。
 また、我が国の安全保障の観点から、特に慎重な検討を要する重要な案件については、国家安全保障会議において審議する。国家安全保障会議で審議された案件については情報の公開を図る。
(第3原則)目的外使用及び第三国移転に係る適正管理の確保
 上記(2)を満たす防衛装備の海外移転に際しては、適正管理が確保される場合に限定した。具体的には、原則として目的外使用及び第三国移転について我が国の事前同意を相手国政府に義務付ける。

(注4)原子力平和利用3原則
 原子力の研究・開発・利用は①民主的な運営の下②自主的に行う③その成果は公開する、という民主・自主・公開を原子力基本法で規定した。