トランプとコンビニ人間

Kazu Shimura

Kazu Shimura

志村一隆

 いつも行くコンビニ、セブンイレブン千葉松波店は、清潔でサービスの行き届いたいいお店。先日、芥川賞を取った「コンビニ人間」を読むと、ついこのお店の一人思い出してしまう。小説にこんな一節がある。

 「この店って底辺のやつばっかりですね」

 引きこもり男(白羽)が主人公のコンビニ店員(古倉)に呟き続ける。白羽さんは「『底辺』という言葉が好きみたい」で、自分が成功できないのを社会のせいにしている。古倉さんはとにかくロボットのようにマニュアル通りに働く。10年後、ロボットに仕事が奪われるなんてよく言われているが、すでに人間がロボットのようである。

 格差や非正規雇用などなど識者が散々論じてきたこうした社会問題。「コンビニ人間」は、そんな世相をユーモアたっぷりに文学として昇華したとても優れた作品だ。

 

トランプメディア:暴言とノスタルジー

 

 底辺といえば、今回のアメリカ大統領選では、職を失った人たちがトランプ氏を支持したと言われる。なんとなく色々な記事を読んでいたら、向こうの大学教授が「誰も底辺の生活について語って来なかった」と言っていた。彼の調査によると、米国人の55%は収入の半分以上を住居費に当てているらしい。仕事と住む家、両方を失なう人が多いのだ。

コンビニ

 

 そんな人たちにトランプ氏の「Make America Great Again」は心に響いたんだろう。トランプ氏の得票数は6,200万票。6,000万といえば、Netflixの会員数よりも多い。Netflixといえば、低価格でドラマを見られるサービスを提供して、一気に会員数を増やしたイノベーション企業である。トランプ氏も、社会やメディアが分散化してると信じられているなかで、ワンフレーズで一括りにされるセグメントを発見した。(そのセグメントは、底辺だけなく、収入の高い白人層もいたという分析もある。彼らはトランプに投票することを公にしない人たちらしい。)今年6月号掲載の横江公美氏「パンドラの箱を開けたトランプ」も参考になる。

 ともかく、過激な言葉やノスタルジーが溢れる匿名社会=SNSと国家を結びつけたトランプ氏の手法は、権力志向の政治家や拝金主義のマーケターにとって蠱惑的な魅力を放っている。

 

ナショナリズムとシェアエコノミー

 

 トランプ氏の大統領戦勝利に世界中で保護主義、国家主義、右傾化が心配されている。なかでも、欧米先進国の人ほどグローバリゼーションに否定的であるという結果が英国の雑誌に出ていた。フランスはその筆頭で、来年マリーヌ・ル・ペン氏が大統領に選ばれEUから離脱する可能性もなきにしもあらず、らしい。

 民主主義、自由貿易を信奉する先進国ほど、疲れが溜まっているのだろうか。効率化重視の企業活動についていけない人たちが増えすぎているのだろう。機械が自動で行うことが増えた反面、人間が新しくやることがまだ充分見つかっていないのだ。

トランプタワー

 

 ただ、トランプ氏の大統領選勝利に、右傾化を心配するだけでは、メディアはまた未来を見誤るだろう。なぜなら、Make America Great Againで掻き立てられる郷愁は、インターネット以前の世界のものだからだ。政治で変えられる枠組みと、止まらない世の中の潮流を合わせて考えないと未来はわからない。

 たとえば、今ビジネスの成長分野は、モノ作りではなくサービスである。30万円もするブランドバッグは月8000円払えばレンタルできる。服だって新品をコーディネートして借りられる。ガリバーは月額49,800円でクルマのレンタルを始めた(好きなクルマを借りられる)。スウェーデンは中古品の消費税やモノを修理する仕事に携わる人への税制優遇を開始する。こうした傾向は、インターネットやデジタルの影響である。

 つまり、これから政治や国家には、デジタル、インターネットを念頭に置かなければ意味がない。とくに、2000年以降に生まれたネットネイティブが主役になるころには、企業活動と国家、グローバルと地元コミュニティといった課題にも、新しい解決策が見つかっているかもしれない。

 

コンビニのトランプ人間

 

 では、日本でも”Make Japan Great Again”というメッセージは支持を得るのだろうか。いや、すでに国家主義、復古主義的な性格を持つ安倍政権の日本は、もっと先に進んでいるのだろうか。思うに、小説「コンビニ人間」に出てくる食事にも性にも興味のない古倉さんにはノスタルジーは通用しなそうだが、右傾化は静かに受け入れそうだ。ロボット化する人間と右傾化する国家は、うまくハマりそう。

コンビニ人間

 

 自分的には恐ろしいが、それが世の中の流れではあれば仕方がないだろう。外に向かう好奇心より、内向きの自由。それを求める人が多いなら、16世紀以降始まった知の在り方が変化し始めているのか。そんな環境で、メディアがリベラルで進歩的な立場に居続けるのはとても困難だ。権力とメディア、学問などの立ち位置も大きく変わっていく気がする。

(参考)

  1. 向こうの大学教授:Why Middle America Voted for Trump?, ペンシルバニア大学ウォートン校のサイト,
  2. 英国の雑誌:League of Nationalists, The Economist, 2016年11月19日
  3. IoT(Internet of Things):あらゆる機器がネットワークで繋がること
  4. スウェーデンの新たな税制について。Sweden is paying people to fix their belongings instead of throwing them away, World Economic Forum, 2016年10月27日
  5. アメリカの人口は3.25億人。ヒラリー・クリントン氏は、トランプ氏より200万票多く獲得した。とある調査では、若年層はクリントン氏の方がトランプ氏より得票率が高い。
  6. 下記地図は、郡レベルの投票行動を70%以上得票率で、青(民主党)、赤(共和党)、70%未満は紫色でプロットし、面積ではなく人口で表現した地図。ミシガン大学マーク・ニューマン教授作成のElection Map

トランプマップ