君和田 正夫
私達「独立メディア塾」は一月一日に、ホームページをスタートさせました。早くも一年が過ぎようとしています。メディア界は今年もいろいろな事件や出来事がありました。とりわけ朝日新聞の記事取消を中心にした三点セットの不祥事は、かつて責任の一端を担う立場にいた私にとって、言葉では表現できないほどのショックでした。新経営陣は社長退任で幕を閉じることなく、新たなジャーナリズム像を模索してもらいたいと願っています。
年末の総選挙を経て、新しい年に向けてなにをしたらいいか、いつの時代もメディアは目をつむってはいけない、と自戒しながら、「私の重大ニュース」を振り返ります。
①朝日新聞の従軍慰安婦問題、福島原発の吉田所長調書問題、池上彰氏の連載コラム不掲載問題 (9月)
日本のメディア史に記録される、メディアの本質を揺るがす三つの事件が相次いで表に出てきました。従軍慰安婦についての吉田清治氏の証言を取り消しました。「いつかの時点で取り消しておかなければならなかった」ことでした。結果として朝日新聞は自らリベラルの一角を崩してしまった、と言えます。日本がオール保守になりかかっているときに、その後押しをしてしまった、と言っていいでしょう。池上氏の原稿を不掲載に決めたことは、「言論の府」が泣きます。いずれも、リベラルとか言論の自由とかのもろさを見せつけられました。
②朝日新聞に対する異常ともいえるバッシング(9,10月)
これは番外編にすべきテーマですが、朝日新聞問題関連ということで二番目に取り上げます。新聞、週刊誌を中心に朝日新聞批判の記事や特集が続きました。大変勉強になる記事もたくさんありましたが、あまりに異常なバッシングに驚かされました。「天に唾する」ということでしょうか。
加えて10月30日の衆院予算委員会です。安倍首相は枝野幸男民主党幹事長の政治資金問題が明るみに出たことに関連して、「これで撃ち方やめになればいい」と発言した、ということが、朝日、毎日、日経、サンケイ、共同通信が報道しました。このことについて、首相は朝日新聞だけ名指しで「ねつ造」と批判しました。同時に「安倍政権打倒が朝日新聞の社是と人から聞いた」と発言しました。一国の首相が国会の公の場で朝日だけを名指しし、伝聞の話を披露したことは、首相の品格を問われることです。
③特定秘密保護法(昨年12月成立)
昨年の国会で成立し、1年以内に施行されることになりました。秘密の範囲が不明、チェック機能が不十分などたくさんの問題点が指摘されていますが、秘密指定の基準が妥当かどうか話し合う「情報保全諮問会議」の座長に読売新聞グループ代表取締役会長・主筆の渡邊恒雄氏が就任したことには本当に驚かされました。
かつて治安維持法がわずか6条の法律で始まり、昭和16年には64条にまで膨れ上がり、言論弾圧の法律になりました。特定秘密保護法と時を合わせるように「共謀罪」の導入が再浮上しています。国連総会で「国際的組織犯罪防止条約」が採択されましたが、日本には「犯罪集団が関与する重大な犯罪の共謀行為を罰する罪がない」ということで、再び、三度になるのでしょうか、検討が始まりました。こうした一連の動きは、法律の運用次第で民主主義が少しずつ崩れていく危機をはらんでいます。
④NHK会長問題(1月)
1月25日、松本正之・第20代NHK会長の後を継いで、21代会長に籾井勝人氏(71歳)が就任しました。就任直後の記者会見で、国際報道に関連して「政府が『右』というものを、我々が『左』とは言えない」と発言し、NHK会長としての資質に、大いなる疑問を抱かせました。三井物産出身のNHK 会長は、初代の岩原謙三氏、14代の池田芳蔵氏に次いで3人目です。岩原氏は物産時代に「シーメンス事件」の関連で検挙されました。池田氏は国会での奇矯な発言などで辞任しました。
⑤サンケイ新聞前ソウル支局長の在宅起訴(10月)
10月8日、ソウル中央地検はサンケイ新聞の前ソウル支局長を朴槿恵(パククネ)大統領の名誉を棄損したとして、情報通信網法違反の罪で、在宅起訴しました。4月16日に起きた旅客船沈没事故の当日「行方不明に…誰と会っていた?」という記事をウェブ上に載せたことが問われました。加えて、出国停止処分も課せられました。
当然のことながら、海外のメディアはすかさず、反発しました。ソウル外信記者クラブは「自由に取材する権利を著しく侵害するもの」として深刻な憂慮を表明しました。
⑥小渕優子経済産業大臣の政治資金問題報道(10月)
「みんなの党」渡辺喜美代表の借金疑惑報道(3月)
猪瀬直樹前東京都知事への献金疑惑報道(13年11月)
週刊新潮のスクープにより小渕氏は辞任、そして松島みどり法務大臣の辞任にまで発展しました。さらに与党のみならず野党にも飛び火し、政治と金の問題の深刻さを浮き彫りにしました。とくに将来を嘱望されている若い政治家が、古い選挙対策を踏襲していることに驚かされます。
週刊新潮が報じた渡辺氏の疑惑は化粧品大手のDHC会長から借りた8億円に関するものです。「迷惑をかけた」と代表を辞任しましたが、これも政治資金の流れの不透明さをあらわにしました。
猪瀬前東京都知事は「医療法人徳州会」グループからの5000万円が公職選挙法違反に問われた事件です。朝日新聞の報道は昨年11月でしたが、東京地検が略式起訴し、今年3月罰金50万円が決まりました。もちろん都知事は昨年12月に辞任しました。
こうして見ると、政治資金にまつわる疑惑は、国会から地方政治まで広く蔓延している、と考えざるを得ません。メディアの本領が発揮された三つの報道でした。
⑦ベネッセコーポレーションの個人情報漏えい事件(7月)
通信教育や出版事業をしているベネッセから最大2070万件の個人情報が流出しました。保護者、その子供の名前、住所、生年月日などが含まれていました。政府は個人情報保護法に基づき、関係団体などに漏えい対策を要請しましたが、自分の情報が知らない間に他人に知られるということは気持ち悪いだけでなく、犯罪に使われる恐れがあります。
⑧東京五輪決定(昨年9月)で本格準備へ
2020年の夏季五輪が東京に決まりました。決定は昨年の事ですが、今後、政府、東京都の準備作業が本格化することと、それに伴い五輪についての議論が盛んになるだろうと思いますので、引き続き今年のニュースに入れました。
メディアにとっても大きなイベントであることは間違いありません。とくにテレビにとっては放送権料が重大な経営マタ―になります。ヘタをすると利益が吹っ飛んでしまいかねないのです。
契約はインターネットを含め、冬と夏をセットで契約します。今回は18年の平昌(ピョンチャン=韓国)冬季五輪分と20年の東京での夏季五輪あわせて660億円。開催地が決まっていない22年の冬と24年の夏の大会が440億円。合計で1100億円の契約になりました。
放映権の奪い合いをすると、権料の高騰を招くなどの理由から日本はジャパンコンソーシアム(JC)を結成し、国際オリンピック連盟(IOC)と交渉する方式が、このところ続いています。それでも高騰は止まりません。2010年のバンクーバー五輪、12年のロンドン五輪は計325億円でしたから、2倍近い値上げになりました。
米国はNBCが平昌と東京の2大会に24億ドル(約2700億円)、さらに2022年の冬季五輪から32年の夏季五輪までの6大会を76億5000万㌦(約8700億円)で契約した、と伝えられています。桁違いの額です。
⑨報道関係者の死134人(国際報道安全協会=2013年)
ロイターの報道によると、2013年一年間に、取材中に死亡した報道関係者は134人だそうです。紛争地域での死亡が最も多く、シリアで20人、イラクで16人。また犯罪や汚職の取材中の死亡は51人。死因は銃撃が一番多い。暴行、脅迫、拉致など意図的に標的にされたケースが、ほとんどと言います。
世界で言論の自由が脅かされていることは、英エコノミストの調査部門である「エコノミスト インテリジェンス ユニット」が2年ごとに発表している「デモクラシー インデックス 2012」でも指摘されていることです。
<番外>
衆議院が解散し、年末選挙
選挙のたびに「劇場型」報道の批判が起きます。小泉政権の時代から特に目立つようになりました。「劇場型がメディアの本能」ということを、政治家に見抜かれてしまったのでしょうか。ここは新旧メディアの頑張りどころです。
<番外の番外>
「独立メディア塾」がささやかにスタート(1月1日)
有限責任事業組合(LLP)として登記し、今回の12月号でまる一年が経ちました。ボランティア的に集まってくれているメンバーの協力なしには、一年といえども続けることができなかったでしょう。ページを開いてくださる方々が、少しでもいらっしゃる限り、ジャーナリズムにふさわしい内容を送り届けたいと思っております。