アジアのコンパスで地域を考える

M.Toizumi

M.Toizumi

樋泉 実

日本の北海道からアジアの北海道へ

 1990年代初頭、アナログ衛星放送の黎明期、香港の衛星放送会社等に話を聞きに毎年通い始めて以来、メディアの変化、デジタル化と格闘して四半世紀経つ。

 17年前の1997年、放送法の規制緩和に伴い、住友商事が始めたアジア向け日本チャンネル「ジャパン・エンターテイメントテレビジョン」(通称JET、本社は当初シンガポール、現在は台湾)に当社は参画した。東京経由でなく地域から直接情報発信する時代の到来と理解したからだった。目的は北海道の文化や自然、観光情報などを紹介する60分番組「北海道アワー」を毎週レギュラー放送で開始することだった。コンセプトは「アジアに雪を」。放送エリアは台湾をメインに香港、シンガポール、マレーシアなど。以来放送時間も通算3千時間を超している。映像での情報発信効果は絶大で、台湾からの観光客にアンケートをとると8割が北海道アワーを見てと回答。番組を始めた当時の台湾から北海道への観光客は5万人だったが、放送を開始して2年で倍増、今や5倍に増えている。昨年は円安もあり海外からの旅行客が日本全国で1000万人達成の状況下、新千歳空港に降り立った旅行客は127万人(直行便のみ)という際立った数字になった。一番多いのは台湾で28万5千人(新記録)だった。

 地元の観光産業も95年当時1兆円と言われたが、アジアからの観光客の急増で2兆円規模に拡大した。97年の北海道拓殖銀行の破綻以後、経済氷河期に入った地元経済で唯一伸びた産業になった。当時の経済や雇用の底抜けを防いだのが観光産業、それを支えたのが東アジアからの観光客、情報発信と評価されるようになった。

 最近の取り組みとしては、昨年シンガポールで発足したASEAN向け日本チャンネル「Hello Japan」に参画し、「Love Hokkaido」という30分の北海道情報番組の放送を開始した。シンガポール以外でも、当社ではこの番組を上海、台北、ベトナム、ペルーなどで放送している。視聴可能人口は1億1500万人。コンセプトは「北海道の暮らしを伝える」。シンガポールや上海で高い視聴率を獲得、北海道における外国人観光客の急増を牽引している。

 

Love Hokkaido

Love Hokkaido

 

地域の深堀

 

 「地域免許事業」である日本の民放事業、特にローカル局は、地域から逃げられない企業であり、地域の深堀こそが我々の原点でもある。当社も様々な分野でコンテンツを作り続けている。

 北海道はローカル生情報番組の激戦区でもある。当社も「イチオシ!」ブランドで平日朝6時台から夕方帯、週末含め年間合計1300時間展開している。

 ニュースの企画から発掘したテーマを「HTBノンフィクション」というタイトルで、ドキュメンタリーを制作している。昨年度は年間8本を制作。地域医療問題からスポーツまで幅広い。

 更に番組をスタートにして地域活動を展開している。番組を作って終わりではないとの思いからである。例えば帯広の六花亭というお菓子屋さんが1960年から毎月発刊している地域の子供たちの詩集「サイロ」の歩みを紹介した「先生、あのね…」(2011年5月放送)。番組終了後も制作者が地域の小学校に出かけて子どもたちと番組を見ながら、地元の子供たちが自ら作った詩の朗読会を重ねている。制作者が逆に地域を学ぶ場でもある。

 

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「先生、あのね… 朗読会」

 

 地域ジャーナリズムとしての責任も重い。今年の3月8日(土)深夜には「北海道朝まで生討論 ~情報と秘密 特定秘密保護法と知る権利~」をローカル放送し、同時にインターネット配信。ツィッター等で全国から多くの反響をいただいた。

 

「北海道朝まで生討論 ~情報と秘密 特定秘密保護法と知る権利~」

「北海道朝まで生討論 ~情報と秘密 特定秘密保護法と知る権利~」

 

 年に1本のドラマ制作も96年から数えて17本になる。不思議なことに海外での受賞が多い。最近の例だと「幸せハッピー」(2012年制作、2013ABU賞テレビドラマ部門で入賞)。

 96年から制作している人気バラエティー番組「水曜どうでしょう」。昨年9月には8年ぶりの「水曜どうでしょう祭り」を札幌で開催。全国各地から5万人近くのファンが札幌に集まった。

 

「地方」から「地域」へ

 

 「デジタル化」で我々ローカル局にとって、何が変わったのか。時間軸と空間軸が変わったこと、一言で言えば「地方が地域になった」と実感している。更にネットの進化は「コミュニティー」の概念を一変させた。アジアから見れば東京も地域、北海道も地域である。コンテンツづくりも、東京を意識したものづくりから、アジアからの視点で地域を考えることに拡大していく。当社は自らを「地域メディア」と規定している。ものを作って発信する、出口も国境もこだわらない。それが基本スタンスである。

 

地域の価値、再発見の繰り返し

 

 先に述べた海外発信事業も、我々自身逆に学ぶことが数多い。例えば、共同制作などで先方の関心事は国によって違う。こんなものにというケースも多い。地域の価値の再発見の繰り返しでもある。もうひとつは「多様性」が求められているという実感である。日本からの発信は美しい風景などステレオタイプだと、海外メディアから指摘されることが多い。多様な日常を発信すべきだと知った。

 2003年12月1日、東阪名で地デジが始まった日に「HTB信条」を、2011年地デジ完全移行の年に「HTBビジョン~未来の北海道」を制定した。前者は当社の経営理念と行動規範。後者は20代の社員プロジェクトがまとめた自分たちが実現する地域の未来。地域メディアの覚悟と決意、DNAづくりでもある。日本でテレビ放送が始まって60年余り、新たなメディア空間の時代、なかなか面白い時代になったと思う。この変化を味方につけて、地域の価値を高める。地域と共に歩む我々地域メディアの役割、責務もここにあると確信している。

 

⑤信条

HTB信条

 

⑥未来ビジョン

HTB 未来ビジョン