君和田 正夫
「独立メディア塾」でのインタビューから1年が経ちました。(2015年9月号『地方消滅、冗談でしょ』)今回は池田町の地元を訪ねて、「地方消滅」と戦う町の「その後」を見てきました。池田町は東京都知事選に出た増田寛也氏編著の『地方消滅』(中公新書)で「消滅可能性が高い」自治体523の一つに入っています。(インタビューは9月23日の段階のものです)
<杉本 博文>(すぎもと ひろぶみ)
1957年、池田町生まれ。県立武生高校、鯉淵学園農業栄養専門学校卒業後、福井県池田町農協に就職。86年退職後、農業請負会社を設立。91年町議会議員に当選。97年、町長に当選。福井県町村会会長
経済一辺倒の「物差し」を捨てよう
-人口の減少を食い止めることは、一市町村の力では対応できないのではないか、と思いますが、町長のお考えは。
杉本町長 国は地方の時代だ、人口増だ、と言いながら逆のことをやっているように見える。地方創生法(注)でもこれじゃダメ、もっと高くとか結構締めている。東京への一極集中の是正も謳ってはいるけれど、東京の再開発はどんどん進んでいる。
(注1) 正式名称は「ひと・まち・しごと創生法」。人口減少に歯止めをかけるだけでなく、東京への「人口の過度な集中を是正する」ことも謳っている。各自治体に「地方創生総合戦略」の策定を求めており、池田町も今年3月にプランを作った。
-池田町の人口を見ると2015年の転出数は116人、転入数は58人。出生数は11人、死亡数は54人と減少に歯止めがかかっていません。20年の東京オリンピックに向けて、国の施策はさらに東京集中になると予想されますが、地方としての対策はどのようなことを行っていますか。
杉本町長 東京五輪を今さらやめるわけにはいかないが、私がいつも思っていることは、都市の機能、便利さに、農村の豊かさの価値観が追いつかない、ということだ。子育てにしても、人間らしく暮らすということにしても、人や社会との信頼の関係があってこそであり、そこに便利さが加わって、豊かな生活になるという物差しが必要だ。経済一辺倒ではない寸法の物差しが欲しい。地方出身の国会議員は沢山いるが、地方の暮らしぶりとか痛みとか、逆に地方の豊かさなどについての実感があるのだろうか、と思うと残念だ。
-池田町独自の人口政策をお聞きしたい。池田町の人口は1950年に8,380人を記録しましたが、2015年では2,639人にまで減っています。町内在住者、転出者のうち、20代、30代の110人にアンケートした結果が町の「人口ビジョン」に載っています。それによると、転出の理由は「結婚の事情」、「通勤に遠い」「仕事がない」「買い物が遠い」がビッグ4です。しかし、一方で平成27年に新成人になった人へのアンケートでは、86%の人が池田町を「好きだ」と答えています。
人口対策は「特定少数」か「不特定多数」か
杉本町長 「選ばない町は選ばれない」という言葉をどこかで読んだことがある。こう言う目標を達成しようという、「生きざま」が定まっていない町は選ばれない。どのような町を目指しているのか、町民は何となくは感じていると思う。
新成人は社会的な経験をしていない。都会に行けば娯楽も身近にある、刺激もある。社会のベクトルがそっちへ向いている。豊かな池田町は好きだけれど、生涯を池田町で過ごす、という価値観が生まれていない。もう少し人口が多くて、仲間がいる、にぎわいがある、ということになれば、話は別だ。8000人いれば、積極的な選択ができるが、今はできない。 30年ほど前の話だが、人口を増やそうというので外部から「十字軍」と言われた人たちに来てもらった。しかし地元の人たちと全員が良き関係を築いたわけではなかった。この経験から「不特定多数」の人に来てもらうのがいいのか、「特定少数」の人に来てもらうのがいいのか、難しい問題として残った。
学力テストは全国のトップクラス
-にもかかわらず、人の誘致のために、いくつかの対策を打っておられます
杉本町長 若い人が住めるように3種類、計17棟の町営住宅を作った。また、古民家をシェアハウスとして再生させている。独身用集合住宅も3棟12室つくった。世帯用は2棟8室。どれも満杯で足りないくらいだ。空き家を買って移り住んだ人もいる。
みんな県外の人とUターン組だ。池田で木工を学びたいという人が来て、今は仲間ができて仕事をしている。いいところだと思ってきてくれても、孤立しないようにしてあげないといけない。
子育ての人たちにも来てほしいと思い、「おもちゃハウス」には昨年3万人もの人が来てくれた。「子どもと木」をテーマに、木でつくられたおもちゃ、遊び道具が用意してある。
日本一を目指したわけではないが「森のアスレチック」が今年オープンした。二つの谷を越える「メガジップライン」は往路480メートル、復路510メートルで日本最長になった。この施設には町内外から21人の若者が入社した。「おもちゃハウス」が幼児向けとすれば、こちらはもう少し大きくなった子どもたちが対象だ。
東京の都立高校のキャンパス誘致
-子どもと言えば、全国学力テストでは福井県は秋田と並んで2強と言われてきました。
杉本町長 その福井の中で1位は池田町だ。なぜそうなったか、と言えばもちろん家庭がしっかりしているということがあるが、同時に教育体制の充実もある。10年ほど前から小学校も中学校も正式の教師の他に、もう一人町で独自に採用した教師を付けている。「チームティーチング」と言って、二人の教師が一緒に小学校の20人学級を教えている。町採用の教師はもちろん教員資格を持っている人だ。県にも報告して了解を取っている。
教育面では東京の都立芝商業高校のサテライトキャンパスを池田町に作ることになった。12月に東京で調印する。「池田町の雪を使った商品開発」などといったテーマを立てて、数泊した後、プレゼンテーションする。町議会を通れば予算化する。2年前から始めたが、うちの中学生も芝商まつりに参加しており、相互的だ。
「全員参加」と「トンネル」が浮沈のカギ
-「地方創生総合戦略プラン」の実行は容易なことではありません。町民に望むことは。
杉本町長 我々は行政と生活しているのではない。集落の中で生活している。行政主導にも限界がある。自分たちも創意工夫してくれ、と、この3年間くらい話し合いをしている。「集落農業」で耕したり収穫したり、と言うことは既に地域で行っている。この「農業生産」と「集落機能」は密接な関係がある。その仕組みを暮らしの中にまで広げられないかと思っている。集落農業は資金的にうまく回っている。集落には子どもが少ないのだから、その資金の一部を「あの子の入学祝い金にしてやろう」「奨学金にしてやろう」と言うことになれば、集落内の教育、福祉、仕事にまで広がる。全員参加型での集落の相互扶助機能を高めたい。屋根の雪下ろしも2回することがあるが、ここは1メートル50センチも積るので若い人が減ってしまった今、全員参加型でないと対応できない。今2地域、10集落で話し合いを進めている。
-町の浮沈のカギは417号線の冠山トンネルと新板垣トンネルの開通にあるように見えますが。
杉本町長 平成34年開通の予定だが、これができると、池田町から直接県外に出ることができる。「トンネルを抜けると雪の無い国」になる。池田では雪はリスクだ。20代から80代まで共通している要求は「雪を何とかしてくれ」だ。トンネルができると、中京圏への通勤・通学が可能になる地域が広がる。北陸新幹線の敦賀延伸も好材料だ。
(池田町は町の90%が森林です。私が訪れた時は黄金色の米と真っ白なソバの花で美しい田園風景でした。最終的に2000人の町を目指す町の将来は日本の将来と重なって見えます。毎年、「定点観測」で町を訪ねてみたいと思うようになりました。町内を案内してくれた若い職員は隣町から来た人、秋田、東京から来た人もいました。彼らのこれからの活躍が町を活性化するパワーになって欲しいものです。嬉しいことに職員を募集すると、最近は県外からの応募が増えているそうです。「日本の原風景」とさえいわれる「豊かな」町。合併をしない選択を変えないで欲しいと思っています=君和田)