街録

H.Sekiguchi

H.Sekiguchi

関口 宏

 「あなたはテレビに映った事がありますか?」
 こんなことを日本人全員に聞いてみたい・・・・と思うことがあります。

 なにしろ、四六時中テレビは流され、軽くなったカメラが縦横無尽に街を駆け回り、時には不躾に、マイクとレンズをつきつけられる。そんな場面に立ち会った人の数は、今や、計り知れないものになっているはずでしょう。

 そして最近つくづく感じるのは、街行く人達のなんと協力的なことか。
ひと昔前なら、カメラを向けた途端、クモの子を散らすように人々は逃げまくったものです。

 

「街録」

「街録」

 

 かつて、そんな人を無理矢理つかまえて、無機質な女性が機械的に、「あなたは誰ですか?」とマイクを突きつける。聞かれた人は周章狼狽、「誰って・・・・誰よ・・・・」。そこに更なる追い打ち、「あなたは誰ですか?」。「・・・・だから・・・・だから・・・・俺だよ・・・・」てなことになる名作ドキュメントもありました。

 しかしカメラ慣れ、聞かれ慣れした現代では、成立し難い企画になってしまったかもしれないのですが、一方では、「街録」と称する、狭い意味での世論調査がやりやすくなりました。
 カメラやマイクに逃げ惑う人は減り、時には、専門家も驚くほど的を得た分析を、見事に披瀝される方もおられて、テレビ屋は大助かりです。
 中には、その「街録」が現れそうな所で待ち構えている人も出て来て、滔々と自説を述べまくる・・・・・これにはテレビ屋も音を上げるのですが。

 それにしましても最近、自らの想い・意見を積極的に発信される方が圧倒的に増えたことは間違いないでしょう。それはブログだのツイッターだのフェースブックによる、自己発信の場が提供され、それに乗り遅れまいとする人が増え、つまりは多くの人が、「発信慣れ」した結果であると思われるのです。

 これまで我々日本人は、とかく自己表現が下手だと、外国の人たちから指摘されてきました。
でも、「自己表現って、どうすりゃいいんだ?」と戸惑う私達がいて、考えてみれば、「控え目」とか「阿吽の呼吸」とか「和」を重んじ、なんでもかんでも「言やぁいいってもんでもない」としてきたからかもしれません。
 そこに登場して来たSNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)の数々。
 これが、我々日本人を大きく変えようとしているかのようです。

 しかし私は、その「発信慣れ」には、もうひとつの大きな要因があると思っています。

 それは・・・・・『カラオケ』

「街録」

カラオケ

 これも登場したての頃は、ほとんどの人が、避けまくったものです。
 「いえいえいえ、私はそんな・・・・、本当に私は駄目ですので・・・・・どうぞどうぞ、お上手な方が、・・・・、どうぞどうぞ・・・・・ええ、その方が・・・・・」てなことを言って逃げおおせたものの、結果、やりたがりの下手な歌を聞かされ、仕方なく、お義理の拍手をしていたのではないでしょうか。

 それが、いつの間にやら・・・・・・・・

 今じゃマイクの取り合いは当たり前、そこで満足出来ない人は、ひとりカラオケへと、隔世の感があるのです。

 何がそうさせたのか。多分、「あの程度なら私のほうが・・・・・」とか、「もっと強くすすめてくれれば・・・・・」とかの潜在意識に、ある日、それを越えさせる何かが起こって、「えいやっ!」とばかり、恥ずかしさをかなぐり捨て、真っ赤な顔を隠しながらマイクを握ってみれば・・・・・なんと・・・・・、気持ちのいいこと、気持ちのいいこと。自分の声を、こんなに大きく発しても、許されるということが、「こんなに快感なんだ」と、気づいてしまったのでしょう。
 このカラオケ効果が、自己表現が下手だといわれた日本人の、「発信慣れ」を導いたのではと思われるのです。

 さらに、大袈裟に言えばもうひとつ。
 外国の人たちから指摘され続けて来た「日本の民主主義」。

 それは、とかく「お上任せ」になりがちな日本人ひとり一人が、思い切って、声を上げることが望まれると、外国の人たちは言いたかったのでしょう。
 でもやっと、外国の人たちが心配しなくてもよい時代が始まったのかもしれません。

 それにしましても、長年大切にされて来た日本人らしさ、「出しゃばらない」「控え目」「阿吽の呼吸」「和」などとの折り合いをどうつけて行くか、さらには「個の責任」を、ひとり一人がどう捉えるか、 「民主主義」とは、そう簡単なものではなさそうです。

 万人向きになったカラオケも、時には、他人の歌はそっちのけにして、次なるマイ・ソング探しに必死になっている自分の姿に、ふと、「アレ、民主主義どころじゃないか?」と心配にもなります。

 どうか、勝手放題なバラバラ民主主義にならないようにとの自戒とともに、今回は終わろうと思いますが・・・・・ところで、今回もお付き合い下さったあなた。
 「あなたは誰ですか?」

テレビ屋   関口 宏