たかみなとラジオ

Kazu Shimura

Kazu Shimura

志村一隆

 先日とある人が「歌番組が少なくなってから、ラジオでファンと交流してる歌手が増えている」って言っていた。なるほどねーと思っていたら、この4月にAKBを卒業した高橋みなみさんがTOKYO FMで毎日レギュラー番組をやっている。さすがっ!

 しかし、そのたかみなさんの番組(高橋みなみの「これから、何する?」)あまり心地良くない。困った。ゆ毎日13時から放送してるのだが、たかみなさんの醸し出す使命感というかポジティブ感が、平日の午後にはチトしんどいのだ。しかも、毎週月曜日は代打で、JOYさんとか、W-indsの誰やらが出てくると、もうわけがわからない。番組名もなんだかテレビぽいし。

 もともとこの時間帯は女性パーソナリティ(齋藤美絵さん)の落ち着いた声と、「あいみみ」と言う妄想ドラマなどの企画が面白い番組(アポロンと言った)だった。

 たかみなさんの番組にもいい企画があるのだが、なぜか違和感を感じてしまう。そもそも今までリスナーだった人たち(おそらく、たかみなより年上?)は、たかみなさんに恋愛相談やらなんやらしないだろう。アポロンを聴いていたリスナーは、この番組に戸惑ってるハズである。

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 TOKYO FMは、去年も毎日15時(このたかみなさんの番組の後)から始まる「シンクロのシティ」という番組を終了しようとして、リスナーの声で突然撤回している。アポロン、シンクロのシティ、それに17時からのSkyrocket Companyと続く平日午後のTOKYO FMは聴きやすかった。それでも番組の内容はスグ忘れてしまう。けれど、それがこの時間帯のラジオに求めてたものじゃないのか。

 それがたかみなさんの声はなぜか聴き流しできない。関口宏さんが、コラム「テレビは映像メディアです」で、「ラジオ屋は絵(映像)を当てにしてません」と書いているが、たかみなさんの声はすでにテレビの映像とセットになっていて、ラジオらしい想像力が働く余地がないからなんだろうか。

 ともかく、この番組編成が問い掛けているのは、その時間帯にラジオを求めているリスナーを優先するのか、それとも人気者を起用するというコンテンツ重視か、という問題である。週一回、ファンと交流を持つという番組ならコンテンツ重視でいいと思うが、毎日となると今までのリスナーの求めてるものを少し考えて欲しい。「オレたちひょうきん族」や「SMAP×SMAP」を手がけた佐藤義和さんの著書「バラエティ番組がなくなる日」に「人気タレントのファンが見てくれるのを想定し、視聴率を足し算で計算してしまう」足し算思考の弊害が書かれている。「高橋みなみ=人気スター=OK!」というテレビ視聴率的思考回路では、今までのリスナーは離れていくだろう。

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 以前、「パクりの機械化とキース・リチャーズ」でキース・リチャーズが「自分たちの曲は自分の手を離れて、ファンのものになっている」と言っていることを紹介した。まさに、平日午後のラジオはリスナーのものだったんじゃないだろうか。かのマクルーハンがラジオはホット、テレビはクールメディアだと言った意味を、関口宏さんがコラム「クールメディア」で、テレビは客観的なメディアだと指摘している。では、ホットなラジオは主観的なんだろうか。この場合のホットは、ラジオを自分のモノのように感じてしまう身近さを指しているんだろう。その点で、平日午後のTOKYO FMリスナーは、高橋みなみさんの番組に戸惑っている。

 というリスナーとしての意見はともかく。。全世界でラジオは24億台あり、ラジオ局は51,000局もあるらしい。総務省資料によれば、日本で毎日車に乗る人は、1日107分もラジオを聴いている。ラジオの良さは、この何万局の個性であろう。今や少数のデジタルプラットフォームが、映像だ書籍だとなんでも配信する。ラジオは音に特化するメディアとして生きざるを得ないのだから、これからもニッチで多極的な情報発信を担っていって欲しい。

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 数年前は電車でイヤホンを耳にするオジサマはラジオを聴いていた。今ヘッドフォンをつけてる若者は音楽を聴いている。その消費行動データをマーケティングに利用するデジタル業界との競争もある。それに、自動運転車が普及する時、そのダッシュボードにラジオチューナーは搭載されるのだろうか?狭い土俵で他局とキャスティング競争をしてる場合ではないんじゃないか。

(ちなみに)
数日前、軽くニュースになっていた高橋みなみさんの熱愛報道も、なんだか番組の宣伝臭かった。優秀なスタッフがついてるのだろうが、おそらくインターネットやラジオには慣れてないに違いない。「策士、策に溺れてる」気がする。