「日本を取り巻くエネルギー情勢と将来展望」

Y.Takagi

髙木雄次

消費量5位、自給率5%

 

 戦略商品でありながら、金融商品としての特性を兼ね備えるエネルギー資源は極めて特異な多様性を秘めている。暖房用の灯油や自動車用のガソリン、家庭用と産業用の電気にガス、航空機のジェット燃料や幅広い企業活動を支えるエネルギー資源は、現代史の中で政治経済を揺るがす主役を占めてきた。中東の動静や国際情勢の変化がエネルギーの安全保障や価格に影響を与え、原材料価格の変動が生産活動と生活物資に直結する。原油、天然ガスといった資源が地政学的に不安定な地域に偏在していることがエネルギー問題を複雑にする最大の要因である。

 我が国はエネルギー消費量において中国、米国、インド、ロシアに次いで世界第5位を占める大国でありながら、国内で調達可能なエネルギー自給率は僅か5%と貧弱である。一方で、資源に恵まれないハンディキャップの反作用として、我が国は省エネルギーとエネルギー効率においては世界一の水準を誇る。エネルギー戦略の基本は、この自給率を高めることに尽きるといえるが、日本を取り巻くエネルギー情勢が大きな変革期を迎えている。

 

米国は生産倍増、中国は爆買に終止符

 

 指標となるのが原油価格である。世界経済、金融市場、世界のパワーバランスなどを敏感に反映して動く。2014年央まで100ドルを超える高値を続けた原油価格が現在は50ドル前後の小康状態にある。その背景には米国と中国の動きがある。米国は国土のシェール層に眠る膨大なシェールガスとシェールオイルの開発に成功した。このシェール革命で生産量を倍増させた米国が世界最大の産油国に仲間入りして供給増加に弾みをつけた。逆に原油高をけん引してきた中国は経済減速、特に製造業の鈍化に伴う資源爆買の終焉で需要増加が頭打ちになった。今後の鍵は世界の三大産油国であるサウジアラビア、ロシア、米国の動向次第だが、当面は大きな上昇も下降もなく現状水準が持続する見通しである。

 

トランプ大統領のエネルギー政策が主導

 

 振り返れば、オバマを選出した大統領選の最中の2008年夏に原油価格は
147ドルの史上最高値を記録した。その結果、エネルギー問題が大統領選の争点のひとつとなって、石油依存からの脱却を目指す再生可能エネルギー開発を奨励するグリーンニューディール政策が始動し低炭素社会に向けた一歩を刻んだ。しかし、2017年のトランプ大統領の誕生でエネルギー政策は大きく方向転換する。規制緩和と雇用創出というトランプ大統領の経済政策によって、シェール生産の拡大、輸送パイプライン新設などの施策を通じて、米国がエネルギーの生産、供給、輸出を主導する立場を鮮明にした。中東原油への依存を低下させた米国が中東への関与をどう進めるか、世界の安全保障を考える構図が変わるシナリオが予想される。

 2009年以降、シェール革命をけん引した米国は世界最大の産油国に浮上し、エネルギー情勢は大きく変貌した。生産量が拡大した結果、米国のガス価格が下落しガスを原料とする製造業の競争力が増してきた。シェールガスを利用した液化天然ガス(LNG)の輸出が始まり、日本にとっても米国産LNGの輸入は供給源の多角化に寄与する。米国はLNG輸入国から輸出国に転じて貿易収支の改善が見込まれる。シェールという新しい資源の登場で、エネルギーとマネーの流れ、産業競争力、安全保障の構図が劇的に変化する。

 

産業構造の変革を促すエネルギー

 

 1973年の石油危機は産業構造を転換する原動力となった。ガソリン価格の高騰に伴って小型自動車の開発と燃費の向上が一気に進み、日本の自動車産業が世界優位を実現し日米自動車摩擦が起き、現地生産につながった。そして今、2040年に向けて、電気自動車が将来のエネルギー地図を変える要因になってきた。ガソリン車が減少する流れが定着すれば石油の需要ピーク論が加速する。

 1972年にローマクラブが発表した「成長の限界」は人類が食料とエネルギー資源の枯渇に見舞われると警笛を鳴らした。当時の世界人口は38億人。現在は70億人を超えて人口が増加する今、エネルギー問題は喫緊の課題である。低炭素社会を実現する産業構造の転換は、地球環境の保全を考える国際問題の筆頭課題である。環境技術で優位に立つ我が国が環境産業を牽引して産業構造を変質させる先頭に立つ好機となる。

 エネルギーの歴史は技術革新の歴史でもある。石油の歴史は油田が発見され採掘に成功した19世紀後半から始まって僅か150年でしかない。自然界のエネルギーを活用して動力源に取り込む再生可能エネルギーの開発意欲は2014年まで続いた原油高値時代の副産物でもある。長期的な視点に立った安定的な供給と価格を実現するエネルギーを確保するためには、弛むことのない技術革新が決め手となる。

 

日本の希望は海と地熱

 

 資源に恵まれない日本にも希望がある。日本近海に埋蔵されるメタンハイドレードは、我が国の天然ガスの消費量100年分に相当する豊富な埋蔵量が確認されており、国産エネルギーとして期待が高い。メタンハイドレードは氷状のメタンガスだ。日本は国土面積では世界61番目の小さな島国だが海洋面積においては世界第6位の海洋国家でもある。その海のエネルギーを活用する海洋発電技術が実用化に向けて動きはじめている。波力発電、潮力発電、温度差発電、浸透圧発電などは技術立国、海洋大国の日本が本領を発揮して取り組む新たな領域となる。

 地熱エネルギーの活用にも期待が寄せられる。火山と温泉に代表される日本は地熱資源埋蔵量において米国、インドネシアに次ぐ世界第3位の地熱大国であり、地熱タービン製造でも世界シェア70%を誇る。しかし、埋蔵量の80%が国立公園内に存在するため、規制緩和と技術革新が達成されなければ活用は困難だ。

 福島原発の事故以来、原子力に代替する新エネルギーの開発機運が盛り上がってきた。外的環境変化は政治や国民意識を変える。海洋や地熱のエネルギーなど次世代型エネルギー開発は、価格競争力が決め手となるが、原油価格の低迷で商業的な採算が懸念される。しかし、長期的な世界の潮流は低炭素社会に向かう流れが確実だ。我が国の英知を絞った取り組みがエネルギー分野における将来展望を大きく左右する。