トマホークは”Beautiful” !? トランプ時代に浮遊するメディア

K.Takekuma

武隈喜一
テレビ朝日アメリカ社長
ニューヨーク在住

 トランプ政権は4月6日、東地中海に展開する米軍の駆逐艦から巡航ミサイル・トマホーク59発をシリア西部のシャイラット空軍基地に打ち込んだ。攻撃の2日前にアサド政権が「無辜(むこ)のシリア市民に猛毒神経ガス」を使ったことに対するもので、トランプ大統領は、「米国の枢要な国家安全保障上の利益を守り、致命的な化学兵器の拡散と使用を防ぐ」ためのものだとしている。

 

「劣等感」が生み出す強硬策

 

 トランプ大統領は、政権発足時点から「劣等感」にさいなまれる権力者だ。大統領選挙で当選したものの、全米得票数では対抗候補ヒラリー・クリントンには約300万票の差を付けられ、大統領就任式に集まった群集の数は2009年のオバマ前大統領の就任式に比べれば圧倒的に少なかった。それでも「史上最高の参加者数」との発表を「オルタナティブ・ファクトalternative fact(もう一つの事実)」とまで言って守るほど、前任者と比較して優位に立つことに固執した。しかもトランプ勝利の裏には「ロシアの関与」が取り沙汰されるなど、政権の「正統性legitimacy」そのものにまで疑問符が付けられたままだ。発足時点の「正統性」の疑問符を、国内、国外の強硬策によって晴らそうと試みるのは、歴史上、権力者がとってきた常套手段と言える。おそらくトランプ政権は強硬策を次々に打ち出すだろう。

 

「シリアへのミサイル発射で大統領になった」

 

 むしろ懸念されるのはメディアの反応だ。

 4月6日夜、ニュース専門チャンネルMSMBCの速報を見ていて驚いた。Just inで入ってきた国防省提供による、艦上からのトマホーク発射の映像が流れると、アンカーマンのブライアン・ウィリアムズ Bryan Williamsが、”Beautiful pictures”と三度も感嘆の声を上げたのだ。「わたしたちは今夜、東地中海にいる2隻の米国海軍艦船の甲板からの美しい映像beautiful picturesを目にしています」。そして”beautiful pictures”と繰り返した後でようやく、スタジオのゲストに「ターゲットは何ですか?」と尋ねた。

 さらにCNNのホスト、ファリード・ザカリアFareed Zakariaは翌日、「昨夜でドナルド・トランプはアメリカ合衆国の大統領になりましたね」と発言した。MSNBCのウィリアムズもCNNのザカリアも日頃はトランプ政権に厳しい批判を繰り返してきた。

 戦争がテレビゲームのようなスペクタクルとして視聴者に届けられるようになったのは、1991年1月の湾岸戦争からだと言っていいだろう。そして2001年9月11日のアメリカ同時多発テロ事件に端を発してアルカイダ掃討を目論んだアフガン空爆と、ブッシュ大統領が地上軍を派遣したイラク戦争によって、戦場からのエンベッドのテレビ映像は「戦争のショック」を、「消費される恐怖」に変えた。トマホーク発射の夜もスタジオには軍事専門家が座り、シリアの軍事地図から、トマホークの詳細な性能、そしてシリアへのアメリカの関与が及ぼす国際政治の影響にいたるまで、広範囲にわたってトークが延々と続いた。

 

兵器関連株が軒並み上昇

 

 それに加えて、The New York Timesは4月10日に、「シリア攻撃――トランプのハートファースト」(アメリカ・ファーストならぬ、心情ファーストという意味――筆者)というヘッドラインを掲げ、The Wall Street Journalのピューリッツアー賞受賞記者ブレト・スティーヴンスBret Stephensも「トランプ大統領は正しいことをした。彼に挨拶を送る」と書いた。戦争ににじり寄っていくメディアが感じられた。

 トマホーク59発の値段は約6000万ドル(67億2000万円)と推定されるが、攻撃の翌日、ウォール街では兵器産業関連株が軒並み値を上げ、市場価格を50億ドル(約5600億円)引き上げたといわれている。トランプ大統領はすでに3月に、国防費を520億ドル(約5兆8240億円)増額するとの予算方針を公表しているが、ボーイング社の株価は、大統領選挙以来21パーセントも上昇している。(”Fortune”、4月7日付)

 そしてシリアへの巡航ミサイル攻撃の1週間後の4月13日、米軍はアフガニスタン東部でISIS(イスラム国)の拠点に大規模爆風爆弾(MOAB)GBU-43を投下した。MOABが実戦で使われたのは初めてだ。さらに北朝鮮の挑発を警戒して、日本近海には、原子力空母「カールビンソン」が展開している。

 

大統領支持率ベスト3は戦争がらみ

 

 長い歴史を誇るギャロップ社の戦後の世論調査の大統領支持率ベスト3は、湾岸戦争中に父ブッシュ大統領のたたき出した89パーセントと86パーセント、そして1945年、ヒトラー・ドイツ降伏直後のトルーマン大統領の87パーセントと、いずれも戦争がらみの調査結果である。

 そして就任式から100日後の政権の滑り出しを問う世論調査では、戦後最高の支持率は、ケネディー大統領の82パーセントとなっている。4月13日時点で、なにごとも前例との比較を好むトランプ大統領の支持率は40パーセントだ。政権発足100日の支持率で、これまで50パーセントを切った大統領は、一人もいない。