記者会見は誰のものか

松原 耕二

 果たして会見は誰のものなのか。トランプ政権が誕生して以来、自分のなかで何度もこの問いを繰り返している。
権力者のものか。いや、違う。記者ものか。それも違う。
そう、会見は国民のものだ。いや、もっと正確に言うと、国民のものだった。

 たとえばアメリカの大統領が記者会見を開くのは、メディアを通して国民に説明責任を果たすためだし、記者は国民の代わりに会見場にいるにすぎない。だからこそ、大統領に質すべきは質す、国民の知る権利に応えるべく、記者はその務めをはたさなければならないのだ。
と、力んでみても、どうやら、事はそう簡単ではなくなっている。

 


【YouTube ホワイトハウス公式チャンネルより】

 それはトランプ大統領の会見を見れば、すぐにわかる。トランプ氏は自分に好意的なメディアには積極的に応じる一方で、批判的なメディアには質問する機会を与えないか、質問を許したとしても「偽のニュースだ」と罵倒する。先日2月24日には、ニューヨーク・タイムズやCNNなどがスパイサー報道官のブリーフィングに出席するのを拒否した。政権がメディアを選別し、排除する姿勢は明らかだ。

 

国民と直結する手段を獲得

 もちろん権力者が批判的なメディアを嫌うのは、今に始まったことではない。しかし古き良き時代とは決定的な違いが2つある。
ひとつは、政治家が国民に語りかける手段を獲得したということだ。それはトランプ大統領のツイッター攻勢を見ればわかる。どうしてわざわざ、記者を通す必要があるのだ。権力者の高笑いが聞こえてきそうだ。
もうひとつは、大手メディアへの信頼が落ちていることだ。アメリカの世論調査によると大手メディアを信頼していると答えた人はわずか32%。この数字を見れば、権力側は安心して記者を“中抜き”するだろう。

 かくして記者が国民を代表しているという前提が崩れ、会見は、政権側が言いたいことだけを言う場に成り下がってしまう。

 トランプ大統領のこうした姿勢に、アメリカのメディアはどう向き合おうとしているのだろう。

 大統領就任式直前に、ふたつのメディアを訪ねた。
まずは三大ネットワークのひとつ『CBSニュース』だ。この局をめぐっては、親会社である『CBS』のレスリー・ムンベース会長が、大統領選の最中に口にした発言が物議をかもした。

 

トランプ大統領誕生はテレビの力

 去年2月、トランプ候補のおかげで視聴率が上がっていることについて、こう発言したのだ。
「(トランプ氏は)アメリカにとって良くないことかもしれないが、CBSにとってはまったく素晴らしい。金が転がり込んでくる。さあ、来い、トランプ、どんどん行け」
トランプ候補の暴言や挑発的な振る舞いを垂れ流したと、テレビ局は批判を浴びたが、このムンベース会長の発言は“テレビ局がトランプ大統領を誕生させた”側面を、期せずして認めたと言ってもいい。

 しかもCBSニュースは大統領をめぐる報道で、深い傷を抱えている。10年ほど前に、当時のブッシュ大統領の軍歴疑惑(=ベトナム戦争の最中に父親のコネを使って徴兵を逃れたという疑惑)の取材でニセの書類をつかまされ、証拠として放送してしまったのだ。その結果、キャスターのダン・ラザーが降板したのを始め、ほどなくしてCBSニュース社長もその地位を去った。

 当時のCBS会長も「トランプ、どんどん行け」発言をしたムンベース氏。彼は記者出身のダン・ラザーの後任として、朝のワイドショーの人気司会者を年収17億円で引き抜いて、イブニングニュースのアンカーに据えたのだ。ムンベース会長は、視聴率を取るためにニュース部門を解体したと囁かれたものだ。時の権力者に盾つくよりも、高い視聴率を取ることを願うのは、どの国のテレビ局幹部も変わらないのかもしれない。

 

ニクソン大統領も同じだった

 それでも、現場は意気軒昂だ。
「ニクソン大統領も、ウォーターゲート事件に関する質問を嫌い、CBSをはじめとする記者たちに敵意をむき出しにしていましたよ」
 ニュースをどう出すかの方針を決める責任者、アル・オーティス氏。イブニングニュースの編集長もつとめた彼は、報道歴42年。歴代大統領の振る舞いを見続けてきた。
「トランプ氏は、いずれ質問を受けつけるでしょう」
オーティス氏は、さばさばした表情で言った。「私たちからでなければ、議会からの質問に答えなければならない。彼はビジネスマンだったから、厳しい質問を受けることに慣れていないのです。ですが記者団をしめ出したり、特定のメディアをのけ者にしたりしたところで、すべての思い通りにすることはできないと気づくはずです。これまで好きに出来たことも、大統領になると出来ないこともたくさんあると。だから私たちは、今後も第四の権力として質問を続けていくだけです」

 ただトランプ氏が記者会見を開かない代わりにツイッターを打ち続けていることに対しては、頭を悩ませているようだった。
「一日に何度もツイッターで発信する、その発言を報じなければならない。でもそれだけでは足りません。心がけているのは、単に紹介するだけでなく、その発言の舞台裏を取材して伝えることです」

 「CBSはどんな姿勢でトランプ政権と向き合いますか?」
最後に私が改めて尋ねると、オーティス氏は即座に答えた。
「CBSでは記者に徹底させていることが、ひとつあります。『真ん中の道を通れ。相手の機嫌をとったり、喧嘩を売ったりするな。敬意を払って、自分の役割を最後まで果たすこと』。今こそ、ジャーナリズムの基本原則に帰ることが大事だと思っています」

 

部数増の「NYT」、寄付増の「プロパプリカ」

 9・11同時テロのあと、アメリカメディアは一種の熱狂状態となり、政権と一緒になってイラク戦争に突き進んだ。そのさまを見続けてきた私には、今のメディアはとても冷静にトランプ政権に対応しようとしているように見える。実際、ロシアとの関係をメディアが追及し続けた結果、フリン大統領補佐官は辞任に追い込まれた。

 しかも市民たちの後押しもある。トランプ氏に選挙期間中から批判的であり続けたニューヨーク・タイムズの購買者数は大幅に増えているし、調査報道を専門とする公益の報道機関『プロパブリカ』への市民からの寄付も、かつてないほど膨らんでいる。

 「2015年の寄付は、50万ドルでしたが、2016年には300万ドルと6倍になりました。人々はトランプ政権に不安を持っています。寄付が増えたのは、私たちの報道への期待だと受けとめています」
リチャード・トフェル社長は、こう私に説明した。
プロバフリカは財団から多額の援助と、個人からの寄付で運営をまかなっている。発行部数や視聴率といったものを気にする必要もなければ、スポンサーに遠慮する必要もない。その一方で、高給を出して一流のジャーナリストを集めているのが特徴だ。その結果、ネットメディアとしては初めて、ピューリッツアー賞も受賞している。

 

トランプ政権チェックのための調査報道

 「私たちの役目は、権力者が隠そうとしていることや、国民が知るべきことを明らかにすることです」
トフェル社長は、トランプ大統領が会見で質問に答えないことを、気にもしていなかった。調査報道は会見のやりとりではなく、長く根気強い取材から生まれるものだからだ。
「トランプ政権に関して、調査報道を進めているものはありますか?」
「長期プロジェクトがありますが、まだ言えません」
彼はそう言って、にやりと笑った。
ただ明らかにすべきテーマのひとつとして、トランプ大統領とロシアとの関係をあげた。

 大統領選でトランプ氏を勝たせるためにロシアがハッカー行為をしたと、CIAは結論づけている。さらにトランプ大統領が性的行為を隠し撮りされるなど、ロシアに弱みを握られているのではないかという疑いも浮かんでいる。

 「疑惑はふたつあります」とトフェス社長は言う。「トランプ大統領が、ロシア政府の影響下にあること。もうひとつは、トランプ陣営は選挙結果を有利にするためロシアと共謀関係にあったということです。もしこれらが事実であれば、実質的に国家反逆罪であり、ほぼ確実に弾劾されるでしょう。これは極めて大きな問題であり、アメリカ国民は事実を知る権利があると思います」
プロパブリカではトランプ政権をチェックするチームをつくり、調査報道を進めている。

 会見で説明責任を果たそうとしない権力者をチェックする一番の方法は、事実を掘り起こすことだ。そのために欠かせないのは、発表に頼らない調査報道に違いない。アメリカでは商業メディアの限界を補うため、『プロパブリカ』のような報道機関が次々と生まれている。

 それでは日本はどうだろう。出来レースのような総理会見を見るたび、思う。批判的な質問を嫌う権力者をチェックする態勢を、私たちは持っているだろうか。
会見は誰のものか。アメリカで起きていることは、決して別の国の出来事ではない。