国民不在の「Jアラート」

君和田 正夫

 地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」の導入が2017年に閣議決定され、秋田、山口両県に一基ずつ配備する計画が進んでいます。防衛省は今後5年程度をかけて段階的に関連予算を計上し、2023年度の運用開始を目指す方針ですが、総額で6千億円以上に膨れ上がると予想されています。北朝鮮の弾道ミサイルのために、来年度の防衛予算は5兆円を軽く越え、史上最高になりそうです。

 

報道機関の存亡をかけた論文

 

 そんな中、秋田魁(さきがけ)新報社(注)の小笠原直樹社長が「兵器で未来は守れるか」と題してイージス・アショア配備に反対する署名記事を発表しました。7月16日付朝刊一面です。このことを教えてくれたのは藤田文知さんという知人で、長い間「メディア日記」を書き続けています。日記の中で藤田さんは「社説で反対するならともかく、社長自身が署名入りで政府方針に異を唱えるのは極めて珍しい」と書いています。私は報道機関の存亡をかけた叫びとして読みました。私も藤田さんに習って、全文を末尾に掲載させていただきます。

 小笠原社長の文章は、かつて「抵抗の新聞人」と言われた信濃毎日新聞主筆の桐生悠々を思い起こさせます。桐生が昭和8年(1933年)8月11日に掲載した「関東防空大演習を嗤(わら)う」という論文と重なります。軍部の怒りを買い、不買運動の脅しをかけられ、桐生はこの論文を最後に主筆の座を追われました。桐生は次のようなことを言っています。

 「投下された爆弾が火災を起こす以外に、各所に火を失し、そこに阿鼻叫喚の一大修羅場を演じ、関東地方大震災当時と同様の惨状を呈するだろう」「敵機を関東の空に、帝都の空に、迎え撃つということは、我軍の敗北そのものである」

 実に明快です。12年後の昭和20年(1945年)3月10日の東京大空襲は、桐生が恐れていた通りの事態になり、5か月後に敗戦を迎えました。

 

ミサイル落下時に国民に求められるもの

 

 そして現在。北朝鮮の核・弾道ミサイルの脅威が叫ばれています。弾道ミサイルが発射された昨年(2017年)8月29日と9月15日に「Jアラート」という警報が東北、北海道に出されました。

 内閣官房国民保護ポータルサイトに「弾道ミサイル落下時の行動について」という国民に向けた行動指針というべき文章が出ています。そこでは「Jアラート」の警報が出たら次の3項目の行動を取るよう、求めています。

●[屋外にいる場合] 近くの建物の中か地下に避難。(注)出来れば頑丈な建物が望ましいものの、近くになければ、それ以外の建物でも構いません。
●[建物がない場合] 物陰に身を隠すか、地面に伏せて頭部を守る。
●[屋内にいる場合] 窓から離れるか、窓のない部屋に移動する。

 この3項目とは別に「近くにミサイル落下!」という脅しめいた表記があり、2項目が書かれています。「近くに落下」ということですから、こちらの方がより現実的、より実践的ということなのでしょう。

●[屋外にいる場合] 口と鼻をハンカチで覆い、現場から直ちに離れ、密封性の高い屋内、または風上へ避難する。
●[屋内にいる場合] 換気扇を止め、窓を閉め、目張りをして室内を密閉する。

 

「防空法」の悪夢の再来?

 

 驚きました。東京大空襲で10万人を超える犠牲者を出した原因に「防空法」が挙げられています。空襲で焼夷弾の攻撃を受けたら、逃げるな、バケツリレーで火を消せ、と国民に求めた法律です。住民が住んでいるところから退去したり、避難したりすることを禁止しました。老人や病人、幼児など消化活動が難しい人を例外扱いにしたものの、実際には全面禁止に近い運用がされたため、被害者を増やす結果になりました。(「検証 防空法」水島朝穂・大前治著と「『逃げるな、火を消せ』戦時下トンデモ防空法」大前治著による)

 それから70年、Jアラートの発想は防空法となんと似ているか、と思わざるを得ません。

 「頑丈な建物」とはコンクリートということでしょうか。「ミサイル落下」という事態です。「それ以外の建物でも構わない」と言うのは、他人の家に飛び込む事態を想定しているのでしょうか。「頭部を守る」ってどう守るのでしょう。ゴルフでキャディーさんが「ファー」という叫びを発することがあります。ボールが隣のコースなどに飛んでいきそうな時に、他のプレーヤーに対する警告です。警告を受けたプレーヤーは身を縮めたり頭に手をやったりします。似ていますね。「窓に目張り」に至っては70年前の対策とまったく同じです。有毒ガスや放射能を目張りで防ごうということでしょうか。

 

方向の定まらない核政策

 

 核兵器禁止条約は2017年に採択された国際条約ですが、日本は賛成せず反対に回ったことは皆さん、ご存じの通りです。2017年はイージス・アショア―の導入決定だけでなく、核について不可思議な動きがありました。安倍首相とインドのモディ首相は核・ミサイル開発を続ける北朝鮮への「圧力最大化」について共同声明を出しました。日・印原子力協力協定が結ばれたのも17年です。この協定で日本はインドへの原子力発電所の輸出が可能になりました。

 インドは核保有国です。核拡散防止条約(NPT)にも加盟していません。頭が混乱してきませんか。核兵器保有国のインドと共同で北朝鮮の核保有を非難し、その上、インドに原発を輸出しようというのですから。

 基本姿勢の定まらない日本政府の核問題への取り組みを浮き彫りにしています。北朝鮮の核・ミサイルの脅威を強調して国民に対して「頭を守れ」「目張りをせよ」と、第二次大戦並みの取り組みを求めるのは、基本方針の無さがなせることです。

 兵器の開発は技術開発の競争になります。攻撃より迎撃の方が難しいでしょう。そうなれば、「国民を守る」という理由で核保有の道につながっていきます。抑止力を失いかねない防衛予算にその発芽を見つけた時は、時遅し、なのかもしれません。秋田魁新報の小笠原社長はいいタイミングで我々に警告を発してくれた、と思わずにいられません。

 (注)秋田魁新報。東北地方で最古の伝統を持つ地方紙。1874年、「遐邇(かじ)新聞」として創刊。1883年には総理大臣を務めた犬養毅が主筆に就任した。現在の発行部数は20数万部。

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「どうする地上イージス  兵器で未来は守れるか」
秋田魁新報社 小笠原直樹社長

 

 悔いを千載に残すことになりはしないか。

 政府が導入を目指している地上配備型迎撃ミサイルシステム「イージス・アショア」(地上イージス)に関して、県議と秋田市議に問うたアンケートの結果、そして国会議員の回答を本紙で読んだ。

 県議、秋田市議とも過半数が、同市新屋へのイージス配備に反対の態度を表明したものの、国内配備そのものにはいずれも半数を超す議員が賛意を示した。本県国会議員は自民党議員全員が、新屋への配備にもどちらかといえば賛成の立場だった。

 だが、イージスの配備は果たしていま必要なのだろうか。

 ◇  ◇  ◇

 戦後日本は、大戦が招いた甚大な惨禍と、それに対する深い反省から、『二度と戦争を繰り返してはならない』という強い決意を抱いて、廃虚から再スタートを切った。その出発点は平和主義であり、国民主権であり、基本的人権の尊重にある。

 新聞社の役割の第一は、読者に成り代わって政府や権力者の行為を監視し、再び戦争に駆り出されることのないよう言論の力をもってチェックすることであると考えている。秋田魁新報社は不偏不党を貫き、政治的勢力から一定の距離を保ってきた。だが、それはすなわち、賛否の分かれる問題から逃げ、両論併記でその場をやり過ごすことではない。

 ◇  ◇  ◇

 地上イージスの配備は本県のみならず、国の安全保障に関わる大問題だ。最も尊重しなければならないのは、県民と県土の安心安全、ひいては国家と国民の安全保障であることは論をまたない。この立場は設置賛成論者と同じだが、異なるのは、戦争に突き進んだ過去に対する真摯な反省の上に立った歴史観である。

 個人に正当防衛の権利があるように、国にも自衛権がある。その考えに異論はない。だが、進展は不透明とはいえ、朝鮮半島の南北首脳が板門店の軍事境界線上で手を握り、劇的な一歩を踏み出そうとしているその時に、「脅威に備える」として、ミサイル発射装置を据え付けることは正しい選択だろうか。

 ◇  ◇  ◇

 軍事施設はいったん配備されれば、増強されることはあれ、撤去されることはまずない。仮にいま、新屋地区に地上イージスが配備されるとなれば、それが引き金となって半永久的なミサイル基地に道を開くことになりはしないか。蟻(あり)の一穴となり、再び「強兵路線」に転じる恐れはないのか。悔いを千載に残さぬよう、慎重に思慮しなければならない。

 朝鮮半島の政治構造が転換点を迎えているいまだからこそ、南北の融和と民生安定に、隣国として力を尽くすべきではないのか。地上イージスを配備する明確な理由、必要性が私には見えない。兵器に託す未来を子どもたちに残すわけにはいかない。

 秋田魁新報社社長 小笠原直樹
 

「どうする地上イージス 兵器で未来は守れるか」の記事
を掲載した7月16日の秋田魁新報