『マンネリ』

H.Sekiguchi

H.Sekiguchi

関口宏

 ある晩、ごった返す居酒屋で耳にした男達の会話。
「さめちゃったかなぁー」
 それは、酒のことでも料理のことでもなさそうで、「さめた」の意味するところは、9月に成立した安保関連法と終盤に盛り上がりを見せた反対運動のことでした。
 そしてその会話の行方は、異論反論交錯する中、徐々に私の耳から遠ざかって行ったのですが、その後世間の空気はどうなっているのか、気になるところです。

 

マンネリ

マンネリ

 

 「熱しやすく冷めやすい」が日本人の特長とよく言われますが、日本人に限った事ではないのでしょう。記憶は薄れ行くもの、興奮は冷め行くもの。
実は、こうしたヒトの性質と日夜闘い続けているのが我が業界。
来る日も来る日も、「冷めないように」「冷めないように」あの手この手で視聴者を繋ぎ止めようと必死なのです。
しかし残念ながら、人々の関心を未来永劫、保ち続けることは不可能です。
どんな番組でも、いつかは寿命がつきて消え行く運命を背負わされているのです。

 そこで制作者達に課せられる課題は、出来るだけ長持ちさせる工夫と知恵。
業界ではよく「心地よいマンネリ」などと言うのですが、数少ない中からあえてその代表例をあげるなら,日本人なら知らない人はいない『サザエさん』ということになるのでしょうか。

 ちなみに誕生は、1946年の「夕刊フクニチ」(西日本新聞社の系列)、その後「朝日新聞」で連載され、テレビは1969年に始まり今日に至っています。
テレビだけでも50年近く続く、偉大なるマンネリズムの象徴なのです。

 仕事にありついて就職、終われば失業を繰り返すテレビ屋としては、何とも羨ましい存在。
「あーぁ、サザエさんになりたい!」と何度思った事か・・・・・。

 しかし、「心地よいマンネリ」というからには、そうでないマンネリもあるのか、との声が聞こえてきますが、ハイ!実はそれだらけの業界なのでありまして、「あきあき」「みえみえ」「へきえき」「くだらん」・・・・・等、視聴者にそう思われてしまったら最後。
そのマンネリは単純明快、ただの「マンネリ!」で片付けられてしまうのです。

 ではどうすれば「心地よいマンネリ」の領域に入れるのか。
それが分かれば苦労はありません。そんな方程式のようなものは存在しないのです。

 でもヒントらしきものを教えていただいたことがありました。
それは若い頃、可愛がっていただいた森光子さんでした。
森さんといえばテレビ、映画、舞台、何でもこなされた大女優ですが、中でも2000回を越す公演記録を達成された『放浪記』はその代表作でしょう。

 そんなある日、お好きだった麻雀にお付き合いしながら聞いてしまいました。
「飽きない?」
なんと失礼な!誰だと思ってるんだ!とフアンの方からお叱りをうけそうですが、森母(私はお母さんと呼ばせていただいていました)は顔色ひとつ変えず、「飽きるわよ、そりゃ」とあっけらかん。
「へぇー・・・・・じゃ、そうなったらどうするんですか?」
すると、ごく平然と
「今日が初めて!今日が初めて!と自分に言い聞かせるのよ」と仰って、「ポン!」と大声で麻雀を続けられました。

 たったそれだけの話なのですが、実に大切なことなのですね。
大体仕事というものは、始めた時には相当のエネルギーを要するものですが、それが続くうちに作業がルーチン化して、徐々に「楽」になって行く傾向がありますが、この「楽」が曲者だと森母は私に告げたのだと思います。
つまり「マンネリ」の正体は自分にあり、ということでしょうか。

 「継続は力なり」などと言うこともありますが、そこにはいつも「今日が初めて!」の精神が必要なのかもしれません。

 

マンネリ

マンネリ

 

 さてそこで、冒頭の居酒屋での「さめちゃったかなぁー」。
この国の行方を大きく左右するこの問題。冷ますも冷まさないもメディアの役割には大きなものがあると思われます。
少なくとも、メディアに携わる私達自身が「マンネリ!」に陥らないように気をつけねばならないのでしょう。

「ポン!」

テレビ屋  関口 宏