トランプ時代に浮遊するメディア

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K.Takekuma

武隈 喜一

 12月19日、各州の選挙人投票によりドナルド・トランプ大統領の誕生が確実になった。1月6日の連邦議会両院合同会議で選挙結果の確定、承認の手続きを経て正式決定になる。反トランプの人びとは、トランプ政権移行チームの危険な閣僚人事やその場しのぎの雇用対策に絶望した選挙人たちが、一般投票の結果を覆す造反行動を取り、19日の選挙人投票でヒラリー・クリントン候補に票を移すことに最後の望みを託していた。だが、その希望もついえた。アメリカは民主主義的な手続きに忠実であった。リベラル層には、日々の政権移行ニュースを聞くことに嫌悪を感じる「ニュース疲れ」が広がっている。

 

Facebookはメディアかテクノロジーか

 

 トランプ当選に衝撃を受けたアメリカのメディアは、いまだに戸惑いと混乱の中にあるように見える。新聞やTVといった「主要mainstream」メディアだけではなく、トランプ当選の原動力になったと言われるFacebookやTwitterなどのデジタル・メディアも「捏造ニュースFake news」の温床として、選挙期間中、事実の歪曲や意図的な虚偽情報を野放しにしてきた責任を問われ、「はたしてFacebookはメディアなのかテクノロジーなのか」という議論も巻き起こっている。その結果Facebookは外部のジャーナリスト集団によるファクトチェックを取り入れることになった。
 新聞各紙、FOXニュースを除くTVネットワーク各社にとって衝撃だったのは、出口調査や世論調査に基づく当選予想を外したことだけではない。

 

ニューヨークとワシントン中心の取材

 

 選挙結果を読み誤った原因については、開票日の直後にThe New York Timesのエグゼクティブ・エディター、Dean Baquetが率直に書いている。
 「もっと地方に出て、私たちがいつも喋っている人とは異なるさまざまな人々と話をすべきだった。ことにニューヨークの報道組織にいる人間は、ニューヨークはリアルな世界ではない、ということを肝に銘じるべきだったのだ」。
 またThe Washington Postも、
 「大卒の都市住民で、多くがリベラルなジャーナリストたちは、これまでにもましてニューヨークやワシントンDCや西海岸に住み、働いている。大陸中央部の共和党支持地帯を2、3日取材し、錆びついた工業地帯の炭鉱労働者や失業した自動車販売員にインタビューする時でも、われわれは彼らを真剣に取り上げなかった。あるいは真剣さが足りなかった」
 と、その原因を認めている。その背景に、地方新聞の衰退と、ローカルTV局の制作する地域ニュースの弱体化、そしてローカル・ニュースを全国に吸いあげる仕組みの欠如があることは確かだ。

 

一度も開かれない記者会見

 

 エスタブリッシュとなったジャーナリストたちを「敵」と喝破したトランプ候補は、この格差を的確に見抜いていたと言えるだろう。
 当落予想が外れたことよりも主要メディアにとってショックだったのは、勝利後のトランプ・チームが、主要メディアとの正常な関係を築こうなどはこれっぽっちも考えず、慣例を次々に破って政権作りを進め、独自の広報活動を行ったこと、そして人種差別的政策を声高に叫ぶインターネットのオンライン・ニュース“Breitbart“のようなalt-right(オルタナ右翼)の宣伝媒体の責任者Steve Bannonの如き人物が政権中枢に入ったことだ。
 この1か月あまり、新聞・TVはトランプ・チームの型破りなメディア対応に振り回されてきた。トランプ次期大統領は7月27日以来、記者会見を一度も開いていない。恒例の当選会見もなかった。大統領の日常をウォッチして詳細に伝えることを職務とするホワイトハウス記者団にも特権的なアクセスを認めていない。閣僚人事から中国への対応にいたるまで、140字の一方的なTweetを繰り返すだけだ。そこでは1700万を超える一般のフォロワーとホワイトハウス記者団の間に何の違いもない。
 しかも話題になりそうなTweetは、朝のTVニュースショーを狙って早朝に発信し、夜は夜でTVのニュースを細かくウォッチし、感想を即座にTweetする。12月11日には「いま@NBCNightlyNewsを見た。バイアスがかかっていて不正確でひどい。あらゆる点で。あれ以上ひどいのは無理だ」という辛辣なTweetを発信している。そこにはメディアと対話を試みる姿勢は一切ない。

 

「脆弱な言論」の自覚と「既得権」の狭間で

 

 当初はこうした姿勢を扱いあぐねていたメディアの側にも、新しいアプローチを模索していこうという機運が出始めている。その根には、アメリカの言論の自由は、自分たちが思っていたよりもはるかに脆弱なものであり、不断に守ろうと努力することによってしか言論の自由は保てない、という危機感がある。また十代の女性向けのファッション雑誌 ”TeenVogue” が、トランプの政策について連載解説を始めるなどの新しい試みも始まっている。
 ところが、こうしたなか、TVや新聞の20人ほどの記者たちが、「冬のホワイトハウス」と揶揄される、フロリダにあるトランプ家の豪華別荘に招かれ、トランプ次期大統領とオフレコを条件に会談するという事態が起きた。その中にはFOXやMSNBC、Bloomberg、The New York Timesの記者もいる。記者会見を開かないトランプに業を煮やしたジャーナリストたちが、最高権力者の意思を直接聞くためにオフレコに応じて集まったと弁明しているが、会場からTweetされた写真には、豪勢な食事と、トランプ次期大統領をにこやかに囲むグループ写真がある。
 「エスタブリッシュ」と名指された既得権から身をもぎ離し、次期政権が次々と繰り出す政策にアメリカのメディアが立ち向かうことができるのか――見通しはけっして明るくはない。(2016年12月20日)