むし返される放送法の議論

M. Kimiwada

M. Kimiwada

君和田 正夫

 「放送法」を巡る議論がかみ合っていません。高市総務相の「電波停止」発言をきっかけに「放送法は倫理規定なのか」「行政処分ができる法規範」なのか、という根源的な論議が蒸し返されています。政治的公平性についても「一つの番組で判断するのか、一定期間の番組全体で判断するのか」というところが大きな争点になっています。

 

「電波停止」という強い表現

 

 放送法に対する従来の考えは「倫理規定」であり、「一定期間の番組全体で見た公平」でした。私が現役の時もその考えは踏襲されてきましたが、高市総務相は、「電波停止」という強い言葉を使って従来の考えに風穴を開けたいと、こだわっているように見えます。しかも「番組全体で判断」の考えは変えずに「全体を判断するためには一つ一つの番組を見なければならない」という、反対論を逆手に取ったような理屈を展開しています。安倍首相もこの考えを支持しています。

 テレビがこれほどいじられるのは、新聞には取り締まる法律(注1)が無く、テレビにはあるからです。加えて新聞はほっておいても部数は減り続け、影響力は減少していく、という権力者の判断があるかもしれません。そうなれば、コントロールしなければいけない対象は、テレビということになります。テレビをコントロールすると、うまく行ったら親会社の新聞にも影響を与えられるかもしれない・・・、いやその前に、新聞はすでに軽減税率で頭を撫でたから大丈夫という、安心感もあるでしょうか。

 

「介入から独立」の歴史

 

 前回「過去と未来は親子関係」で書きましたが、戦前、NHKはラジオを通じて国民の戦意高揚に全力を挙げました。そうした反省から政府の介入から独立した放送を目指したのが放送法です。

 「政治的公平」について、BPO(放送倫理・番組向上機構)の「放送倫理検証委員会」が明快に判断した事例があります。「番組全体」という点に着目した事例です。

 2011年(平成23年)6月30日 「放送倫理検証委員会決定」第11号と題した記録に経緯と判断が示されています。それによると、視聴者から「BS11 “自”論対論 参議院発」は「政治的公平性」に問題があるのではないか、という指摘が寄せられたと言います。BS11は比較的新しい局です。「BS11」は、<注2>参照。

 「委員会決定」によると、指摘された番組は2011年1月12日から3月30日までの3ヶ月間(ワンクール)、11回放送されました。前年の参院選で野党が勝って、再び「ねじれ国会」になったので、野党第一党である自民党参議院議員を主役にした番組も面白いのではないか、と企画されたと言います。

 

「3ヶ月間、自民党議員だけの番組」

 

 番組の構成は司会進行が山本一太議員と丸川珠代議員。毎回、自民党の参議院議員がゲストで、11回で24人、延べ43人の自民党議員が出演しました。

 委員会の結論は「特定の政党の議員が司会者とゲスト全員を独占、その構成のまま3カ月にわたり放送されており、その結果、政治に関する特定意見のみを視聴者に継続的に提供することとなっており、その形式上、明らかに一党一派に偏し、政治的公平性を損なったと言わざるを得ない」

 私はこの番組を全く見ておりませんが、この構成だとどう考えても公平とは言えないでしょう。司会役の丸川議員はテレビ朝日のアナウンサーでした。社員時代、放送倫理について研修は受けていなかったのでしょうか。司会者として「公平性に問題あり」と考えなかったのでしょうか。政治的公平などを謳う放送法第4条は、テレビ局員が必ず学ばなければいけない最初のテーマです。

 

「憲法草案」に「公益」「公の秩序」

 

 放送法の問題は言論の自由に直結することですが、自民党が日程に上げ始めた憲法改正にはもっとストレートな形で言論への挑戦があります。

 自民党の憲法改正草案(2012年4月27日発表)は前文や9条に目が行きがちですが、憲法論議の前提には言論の自由が保障されていなければいけません。現憲法の(集会、結社及び表現の自由と通信秘密の保護)を保証する第21条は以下の通りです。

 第21条 集会、結社、及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。

 2 検閲はこれをしてはならない。通信の秘密は、これを侵してはならない。

 これに対して自民党草案21条は、タイトルを(表現の自由)と単純化し、二項目の文言はそのまま踏襲しています。ところが二つの文章の間に別の項目を「2」として新設しています。検閲と通信の秘密は「3」になっているのです。新設の「2」は次の通りです。

 2 前項の規定(集会、結社、言論、出版その他一切の表現の自由を保障する=筆者注)にかかわらず、公益及び公の秩序を害することを目的とした活動を行い、並びにそれを目的として結社をすることは、認められない。

 

解釈の余地が広すぎる憲法草案

 

 この一文で政治家や官僚が得意とする「解釈の余地」が大幅に生まれるのです。「公益及び公」とは何か、ということは古くからある議論です。その「秩序を害する」とは何か、「害することを目的とした活動」とはどのような活動を指すのか。文筆活動も対象になるのか。「結社」とはどのような状態を指すのか。

 数えたらきりがありません。要は「言論の自由は権力者の手の中にある」と言っているのと同じです。そうなれば「放送法」どころではありません。

 夏の参院選はこうした重大な問題を含んだ選挙になるのですが、憲法論議がどこまで深く戦わされるのか、不安に感じます。

 酒の席でこんな冗談が流行っているのだそうです。
「北朝鮮のミサイル発射を一番喜んでいる人はだーれだ」
「安倍首相」
 ピンポーン

 日本の危機が声高に叫ばれるほど、国民の間から、多様な議論が消えていくのです。最近の日本にそれを強く感じます。

 BPOの委員会は次のように指摘しています。

 「どれだけ多様な政治番組があるかが多様性を旨とする民主主義の成熟度を測るバロメーターになると言っても過言ではない」

<注1> 日刊新聞法(正式名は「日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社の株式の譲渡の制限等に関する法律」という、乗っ取り防止策。紙面の内容に関する法律ではなく、会社法の特別措置として制定された。

<注2> BS11 同社の会社沿革によると、1999年、ビックカメラが衛星放送の番組及び普及に関する調査研究を目的として設立。2007年、BSデジタルハイビジョン放送(BS11)開始。2014年民放連加入、2015年、東証1部上場。売上高(平成26年9月~27年8月)は約88億6500万円。経常利益約19億1000万円。資本金41億8319万8千円。

 

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独立メディア塾 第2回優秀賞(2015年)に関して

 

「独立メディア塾」は今年、3年目に入りました。1月21日に東京のプレスセンターで、2年間お世話になった方々へお礼を申し上げ、3年目へのご支援をお願いする新春パーティーを開きました。150人もの方々においでいただきました。今年も宜しくお願いいたします。

ご報告が遅くなってしまったのですが、当日、2015年一年間の作品の中から私達の独断で優秀作品を選ばせていただき、賞金と記念品を贈らせていただきました。授賞された方々をご報告いたします。

2016年 受賞者

2016年 受賞者

<登竜門>
西野由季子『フランス電子書籍マンガ考』(3月)
竹内    千絵『「忘れてくれない社会」で生きるということ』(4月)
堀  雄太『「バリアフリー」という言葉を一人歩きさせないために 障害者からの提言』(5月)

<オープントーク>
安田菜津紀『傷ついていくのは誰か』(8月)
小林 恭子『欧州国内で育つイスラムテロリスト』(9月)
池田 敬二『現代によみがえるボリス・ヴィアンのシャンソン「脱走兵」』(11月)

<ドキュメンタリー>
秋田朝日放送『あきた舞妓派遣会社設立』(5月)
長崎国際テレビ『長崎ぶらぶら旅 軍艦島』(6月)
『同 原爆資料館』(8月)
テレビ神奈川『元BC級戦犯 92歳の男性』(10月)
『学徒勤労動員 学び舎のない青春』(11月)
『川崎在住の広島被ばく経験者 語り継ぐということ』(12月)