関口 宏
BS-TBS「人生の詩」で、初めて保阪正康さんにお会いしました。ノンフィクション作家、特に昭和史研究の第一人者。「東条英機と天皇の時代」「昭和陸軍の研究」など数多くの著作をお持ちで、最近では「昭和の怪物 七つの謎」が話題になりました。私も何冊か読ませていただき、一度お会いしてみたいと思っていたのです。
さぞや堅い方なのだろうと緊張気味にご挨拶をしたのですが、意外にも柔らかな対応をして下さり、番組の録画もスムーズに進みました。こちらの目をしっかり見ながら、真摯に、逸らさず受け答えして下さり大変助かりましたし、お話を伺ううちに、そのお人柄の原点が垣間見えてきました。
お聞きしたところによれば、これまで取材した人の数は述べ4000人を超えるとか。しかも楽しい話ではありません。取材する人とは、何らかの戦争体験を持つ人々で、それまで固く口を閉ざしてきた人がほとんど。家族にも友人にも語らずに戦後を生きてこられた方からどう話を聞き出すのか、その苦労の積み重ねが保阪さんの使命を結晶化させたと思われました。
しかしこの話には驚かされました。
「誰でも心の奥深くでは、誰かに話しておきたいと思う気持ちを持っているものです」。
戦争というものは人間そのものを変えてしまいます。人の心に潜む修羅の想念がむき出しになって、普段の自分では考えられない行動にも走ることを、私は書物や先輩の話、残された映像などから教えられました。そして後に我に返って、その醜い自分を悔い、貝のごとく口を閉ざしてあの世まで持ち去る人がほとんどではないかと私は思っていたのです。
確かに家族や友人には、その自分らしくない自分を知られたくない神経は働くものの、人とは、ふとした時に誰かに話しておきたいという衝動に駆られるものだそうで、人間の内面とは如何に複雑なものなのか、改めて考えさせられました。
だから保阪さんは取材場所を吟味するそうです。相手方の御宅などは以っての外。普段くつろいでいる場所などでは、心奥の言葉は生まれないと仰います。
時には川岸に二人っきりで座り込んで話を聞いたこともあるそうで、水の流れを眺めるうちに、複雑な内面に少しずつ変化が現れたのでしょうか、貴重な体験談を聞かせていただけたこともあったそうです。
更にもう一つ。メモを取らないこと。メモを取ること自体が相手を緊張させてしまいますし、会話が自然に流れなくなるのだそうです。録音もNO !
最近では便利な手の平サイズの小さな録音機もありますし、スマホでも音が録れるようになりましたが、全てNO ! これも相手に緊張感を与えてしまうのだそうです。
そして聞いた話をまとめ、もう一度史実に照らして検証してみるのだそうですが、また人間というものは複雑なもので、残念ながら史実に合わない話も時々
あるのだそうです。でもそれは「悪意ではない」と保阪さんが仰るところが保阪さんらしさでしょうか。史実に合わなくとも本人はそう思い込んでいるのだろうし、人間の根底には、自ら関わったことをどこかで悪いこととは思いたくないという神経も働くのかもしれません。
ですから苦労されて取材したもの全てが使えるわけではないのでしょうが、それを承知の上で貴重な証言を選び出し、後世に伝えようとなさっている姿に頭が下がります。
「平成」の終わる今年、お会いできたことを嬉しく受け止めました。
テレビ屋 関口 宏