『新蕎麦』の季節

H.Sekiguchi

H.Sekiguchi

関口 宏

 「啜る」・・・・・「すする」と読みます。
とあえて申し上げますのは、漢字の難しさだけではなく、最近、「すすれない」若者が増えていると、長年の友人で、熱海で「大江」という蕎麦屋を営む亭主が嘆いていたからなのです。

 

新蕎麦の季節

新蕎麦の季節

 

 「えっ?えー・・・・・じゃぁ、蕎麦をどうやって食うんでえぃ?」

 なぜか蕎麦屋では、多少私の中に残っている江戸っ子の血が喋り出すようで、子供の頃、よく親父に連れられて行った神田や浅草、上野あたりの蕎麦屋を思い出すのです。
 子供にはなかなか蕎麦の旨さは分からず、「とんかつか、すき焼きの方が良かったのに」と思いながら、仕方なく鍋焼きなんぞを、フーフーいいながらやっておりましたが、私よりもはるかに江戸っ子の血が濃い親父は、はじめ蕎麦味噌、板山葵(いたわさ)あたりで一杯やって、程よき所で「お銚子もう一本、と、ざる!」を注文。そいつを軽くすくって、ツーッ、ツーッと流し込み、クッと猪口(ちょこ)をあけて、「ゆとっ!」と奥にむかって催促しました。
 「ゆとっ!」と言うのは、蕎麦湯を入れる「湯桶」のこと
 「蕎麦湯」と言うより、「ゆとっ!」と言った方が歯切れがいいと、江戸っ子は感じていたのでしょうか。

 

湯桶

湯桶

 

 ところで、その蕎麦に「新」のつく季節になりました。
 「新そば、入りました」の垂れ紙に、「待ってました!」とばかりに飛びつく「そば通」も多いはず。
 「だけどね、外国産じゃーね」と友人の亭主。
 「しかも、旨い!なんて言われたひにゃー・・・・・・」
 「え?なんで?」
 「・・・・・新蕎麦は、か・お・り。旨味は、少し置いた11月から12月頃なんで・・・・」
 「ふーん・・・・・」
 それほどこだわりもない私としては、香りがよけりゃ「旨い!」と言ってしまいそうで、内心、「気をつけよっと!」と思いました。

 10年ほど前、ちょっとした「蕎麦ブーム」が起こり、そろそろ定年を迎えようとしていた団塊世代の男性達に、「定年後の生き方」について聞いたアンケートで、「蕎麦でも打って・・・・・」という答えが上位を占めたことがあったのですが、「馬鹿じゃない!みんながみんな蕎麦打って、どうすんのよ!」と、残間里江子さんが怒っていました。
 団塊の世代には、戦後の日本を偏らせた責任を、もっともっと感じて欲しいのにと、残間さんは言いたかったようですが、同じ男として、分からんでもないのです。
 長年苦楽を共にした仕事仲間と別れ、一人になって、新たな何かに熱中するなかで、自らの来し方を振り返りたいというような想いが、蕎麦打ちに走らせたのでしょう。

 

そば打ち

そば打ち

 

 「でも・・・・・蕎麦打ちを舐められてもねー」と友人の亭主。
「誰でも彼でも上手く行くってーもんじゃなし、玄人でも、いつも同じものに仕上がるわけじゃないんすよ。機械打ちなら多少似たようなものにはなりますが、それじゃーただのビジネス。手打ちとなれば、こちとらの体調、粉の具合、水の状態から温度、湿度・・・・すべてがいつも同じってーわけには行きませんから、どれだけその日の最良を目指せるか、結局はいつも自分との闘い。
 それが上手くいって、客席から、ツーッ,ツーッていう、蕎麦を啜る心地よい音が聞こえて来たとき、蕎麦屋冥利に尽きる、てなことでしょうか」
 「そうか・・・・・やっぱり蕎麦はツーッ、ツーッか・・・・・」
 「ええ、ズリズリ、ムシャムシャじゃー、折角の蕎麦が死んじまいますな」。

 私自身は「そば打ち」でも「そば通」でもないのですが、親父もやっていたツーッ、ツーッには同感。そこで出て来たのが冒頭の「すすれない」若者の話。
 「本当なんすよ。すするってーことを知らない若ぇ奴が、やたら口に蕎麦を頬張って、ぐちゃぐちゃぐちゃぐちゃ。見てるだけでも気持ち悪くなりますよ」
 「・・・・・でも、何ですすれないかな。スパゲティと同じように考えだしたかな」
 「いやいや、彼らのまわりに、『粋』に蕎麦を食べる人がいなくなったんでしょうね」
 「うーむ・・・・・」と黙り込んでしまう私がいました。

 「でも、あまり通ぶるのも何ですな」と続ける亭主。
 「よく、打ちたて、挽きたて、茹でたて、に拘る人がいますが、あれは嘘。蕎麦は少し間を置いて、味が馴染むまで待つ方が旨くなるんですよ」
 「へぇ・・・・・」
 「そして出たなら、さっさと食う。のびちまう前にね」

 そしてもうひとつ。固い蕎麦を、腰があると勘違いしている人が意外に多いとか。
 いやいや、蕎麦ひとつでもなかなか厄介ですね。

 

新蕎麦の季節

新蕎麦の季節

 

 それでも新蕎麦が出回るうれしい季節。
 是非、ツーッ、ツーッとお楽しみいただきたい。

テレビ屋  関口 宏