ジャーナリズムの株価

M. Kimiwada

M. Kimiwada

君和田 正夫

 6月は株主総会の季節でした。上場企業も非上場企業も「結果」を求められる時代ですが、メディアも例外ではありません。メディアにとって「結果」とは何なのでしょう。

 新聞社からテレビ会社に移って、決定的に異なる体験をしたのは海外での「IR=投資家への広報活動」(注1)でした。IRは投資家に経営の内容などを説明することです。「私たちは頑張っています。どうぞ、テレ朝株をもっと買ってください」とお願いし、株価の上昇を狙うわけです。一方、新聞社は「日刊新聞紙法」(注2)によって守られている、と言っていいでしょう。株式を無関係な第三者が買うことはできない、と定款に謳うことができるのです。社内での売買価格も長い間固定されたままですから、日常、株価を気にする必要はまったくない、と言っていいでしょう。

 

守られている新聞社

 

 私の最初のIRは米国とカナダでした。当時、(多分今も)外国人投資家は「ROE=自己資本利益率」(注3)という指標を使ってしきりに経営の効率化を求めたものです。株価の上昇と配当の増額が主な要求ですが、そのための役員派遣の要求もありました。どんぶり勘定だったメディアの経営に「指標」が持ち込まれるようになったのです。ある投資家から次のような質問とも追及とも取れることを聞かれました。

 「お前は現在のテレ朝の株価は高いと思っているのか、安いと思っているのか」

 当然のように「安すぎる」と答えました。上場時、1株4万円だった株価が、半分の2万円も切っていたからです。彼の追及は続きました。

 「それなら、お前は全財産をなげうってでも自社株を買うべきではないか」

 明らかに私を試していることが分かりました。社長が自社株を買うためには正当な手続きを踏まない限り、「インサイダー取引」とみなされる危険性が高いのです。「ノー」という答えをしながら、私はまったく別のことを思い浮かべていました。

 

テレビへの「敵対的買収」

 

 新聞時代の1996年に、ソフトバンクの孫正義氏とFOXのルパート・マードック氏がテレビ朝日の株式21.4%を買収する“事件”が起きました。日本のメディア界への「外資侵入」です。それ自体驚きをもって受け止められましたが、「敵対的買収」として、政府・自民党から強烈な批判が寄せられました。「親会社の朝日新聞は何をしているのだ。外資に電波を握られていいのか」。私は買い戻しを担当させられました。

 翌97年に、両氏が買収した額417億円と同額で買い戻しました。テレ朝は3年後の2000年に東京証券取引所第一部に上場し、海外の投資家にまでIR活動を広げるようになったのです。劇的変化と言っていいでしょう。2000年代は、TBS対楽天、フジテレビ対ライブドアという大型の買収騒ぎが続きました。「会社はだれのものか」と「メディアはだれのものか」という古くて新しいテーマ二つが頭の中で交錯しました。メディアの企業価値とは何か、株価で表現できるのか、という迷路から、私が出られなくなった瞬間でもありました。

 

発表の場は読売、産経

 

 安倍首相は5月3日の憲法記念日に、読売新聞紙上で「2020年施行」を目標に憲法改正を目指す方針を表明しました。また6月24日には自民党の改憲案を秋の臨時国会に提出することを明言しました。こちらは産経新聞の「正論」路線の懇話会での発言です。憲法改正に大きな影響のあるニュースですが、質問されることを嫌う安倍首相は発表の場に国会や自民党内ではなく、自身の考え方と近い一般紙2紙を選んだわけです。もし読売、産経が株式を公開していたら、株価は上昇したのでしょうか、下がったのでしょうか、影響なしだったのでしょうか。同じことをテレビで行ったら、どうだったのでしょうか。

 テレビでは難しい、少なくともNHKを除く民放では難しいと言っていいでしょう。自民党があれほどうるさくいっている「放送法」違反になる恐れがあるからです。政治的に公平であること、意見が対立している問題については出来るだけ多くの角度から論点を明らかにせよ、という4条を盾に、自民党はこれまでもテレビ局に「公平」を求めて来ました。メディアは権力の監視役と言われますが、監視される側でもあるのです。ですから安倍首相は新聞を利用できても、テレビでは出来ない、というジレンマを抱えているのではないでしょうか。

 

「メディア」と「ジャーナリズム」の違い

 

 「迷路」の中で考えることは、「メディア」は儲けなければいけない、「ジャーナリズム」は儲けを考えてはいけない、この二つを両立させるにはどうしたらいいか、ということです。朝日新聞時代から考えてきたことは、不動産事業などで稼ぐ、報道部門は売れるか売れないか、読まれるか読まれないか、を気にせず、取材、執筆に専念する、ということでした。

 <注1>Investor Relation
 自社の株が適切な評価を受けるこを目標に、企業が投資家に対して経営・財務状況や経営方針を説明する広報活動。

 <注2>正式名称は「日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社の株式の譲渡の制限等に関する法律」。省略して「日刊新聞紙法」と呼ぶ。株式の譲渡人についてその会社の事業に関係するものに限ることができる。1909年(明治42年)に言論統制のために制定されたのは「新聞紙法」。戦後の1949年(昭和24年)に「出版法及び新聞紙法を廃止する法律」によって廃止された。

 <注3>Return On Equity
 経営の効率性を示す財務指標。株主が投下した資本で、純利益を割った比率。企業が株主資本を使ってどれだけ利益を挙げているか、を示す。