色を知れば、人生が変わる!

K.Hashimoto

アーティスト、カラー・コンサルタント
橋本佳代子

 あなたは今、何色の服を着ていますか?なぜその色を選んだのでしょう?

 似合うから。好きだから。流行だから。無難だから。特に考えもせずなんとなく選ん
でしまった、などなど。様々な理由があることでしょう。けれど、あなたが身につけて
いる色は、周りの人に『あなたはどんな人か』というイメージを伝えています。色は人
の印象を決定する大きな要素です。だから、色を知れば、人生が変わってしまうかもしれません。

  『色』って何でしょうか?

 

安倍、トランプ両首脳のネクタイ外交

 

 4月17日に安倍晋三首相が米国を訪問し、トランプ大統領の別荘「マールアラーゴ」で出迎えを受けた際、2人のネクタイの柄が同じだったことが、アメリカのメディアで紹介され、日本でも話題になりました。全く同じ濃紺に太めの白い線が入ったレジメンタルタイは、「偶然の一致だった」と安倍首相は説明したとのことです。

トランプ大統領に出迎えられ、握手する安倍首相=4月17日、フロリダ州パームビーチ(共同)

 

 その真偽のほどはともかく、視覚イメージは思考を通さずにダイレクトに訴えかけるので、ほとんどの人は「二人は仲間であり、協調している」と受け取ったでしょう。レジメンタル(regimental)とは英語で「連隊に属する」という意味があり、それは特定のグループに属することを意味しています。ネクタイのレジメンタルストライプは、元々イギリスの軍旗をベースにしています。学校や団体はそれぞれ固有のレジメンタルタイを持ち、制服の一種のようなもので、本来その組織に属している者しか着用することは許されないものなのです。

 人間にとって情報の8割以上は視覚からとされており、実際に、色彩の影響力は、想像以上に大きいものです。だからこそ、時の支配者たちは、民衆を支配するために、色を効果的に活用してきた歴史があります。階級や職業によって色分けしたり、位が一番上の人しか使えない色を禁色として定めたりして、カリスマ性や支配性を高めました。

 

人は見かけで判断する!? ケネディのイメージ戦略

 

 人の第一印象は3~5秒で決定され、その判断は5割以上が視覚情報からのもの(注1)
とされています。さらに第一印象がその後のイメージを形成してしまい、良い印象を持てば良い印象のまま、悪い印象を持てば悪い印象のままでいることが多い(注2)というのです。いかに視覚情報による印象が大切かということが、研究でも明らかになっています。

 視覚によるイメージ戦略に長け、絶大な効果をあげたのは、米国のJ.F.ケネディ大統領です。1960年のアメリカ大統領選で、ケネディが彼よりも優勢だったリチャード・ニクソンを破り大統領になれたのは、全米史上初めて行われたテレビ討論会でのイメージ戦略によるものでした。二人の見た目は対照的でした。ニクソンは「討論の内容こそが大事である」と考えていたため、外見には気を使うことがありませんでした。病み上がりで顔色も悪く、おまけに膝も怪我をしていて、疲れた様子でした。一方ケネディは、日焼けしていて精悍で若々しく、テレビ用にメークもしていました。

ケネディとニクソンの最初のテレビ討論会(1960年)[CNN politics “The day politics and TV changed forever”より(AP)

 当時アメリカで一般に普及していたのは白黒テレビでしたが、かえって二人のコントラストは浮き彫りになりました。ニクソンが着ていた薄いグレーのスーツは背景に溶け込んでしまい、濃いブルーのスーツをスマートに着こなしたケネディと比べると、ぼやけて冴えない印象を与える結果となってしまいました。討論をラジオで聞いた人々は「話の内容はニクソンが勝った」と考えましたが、テレビで見たより多くの人々はケネディの”テレビ映え”に魅了され、ケネディが勝利しました。今では、ケネディが着ていた濃いブルーのスーツが、大統領選のテレビ討論会で候補者が着るスーツの色の主流となっています。

 これ以降、アメリカの各種選挙で候補者たちは、専用のカラーコンサルタントやイメージコンサルタントを採用し、色の設定、服装、髪型、メイクアップなど見栄えをよくするための戦略を立て、好印象を与えるようイメージコントロールに努めています。

 

トランプ大統領も活用している「赤」のパワー

 

 ケネディ大統領の登場から約60年経った現代社会では、赤いネクタイをパワータイと
呼び、赤色の効果を利用しています。歴代のアメリカ大統領も、自分の強さ、情熱、パ
ワー(権力)を示したいときは、必ずと言っていいほど赤いネクタイで演説や会見に臨んでいます。実はネクタイは、面積こそ小さいけれども、相手に与える印象は予想以上に違ってきます。

 トランブ大統領のネクタイで印象が強いのは「赤」でしょう。「赤」と一口に言って
も、明暗や彩度の高低などにより、いろいろな「赤」があります。トランプ大統領は、鮮やかで明るい赤であることが多く、自身の髪や肌の色にマッチし、魅力を最大限アップさせる「赤」が選ばれています。「赤」が持つイメージから「活発・リーダーシップ・熱意」をアピールし、さらには「怒り」や「戦い」までも連想させます。だからといって、いつも「赤」のネクタイというわけでなく、巧みに使い分けられています。大統領就任式のためにワシントン入りした時は「青」のネクタイ、就任式の際は「赤」のネクタイ、と色を変えました。そこには「誰にどう見られたいか」を意識した徹底したビジュアルイメージ戦略があります。

 

気づかぬうちに色の影響

 

 私たちは普段自分の思考や意思、理性で物事を判断しているつもりでいますが、気づかぬうちにかなりの部分で視覚や聴覚、嗅覚といった感覚器官の影響を受けています。思考を通さずに感覚によって無意識のうちに判断してしまうことを、心理学の新理論では「身体化された認知」(embodied cognition)と呼んでいます。色彩の影響は「身体化された認知」の典型的な例と言えます。色は黙って効果を発揮しています。

 赤色の影響力についての研究によると、赤を身につけた女性を、男性は魅力的でセクシーと感じます。また、赤を身につけた男性を、女性も同様に魅力的でセクシーと感じますが、同時に地位が高く支配的であると感じる、とされています。(注3)色による判断は、私たちが無意識のうちに常に行っています。例として挙げた「赤」だけでなく、色ごとにそれぞれの効力があるのです。

 

色と心と体の関係は

 

 では、それほど影響力を持つ『色』とは、一体何なのでしょう。こう言うと不思議に思うかもしれませんが、色というのは、実際には物体に付いていません。あのアイザック・ニュートン(イギリスの物理学者 1642-1727)が「色彩は光そのものである」という言葉を残しているように、色彩は光なのです。

 太陽から地球に降り注ぐ目に見える電磁波は、可視光線=光と呼ばれています。光の中には虹色の束が含まれていて、プリズムによって分光すると、虹色のスペクトルが現れます。光が色として見えるのは、光を受けると物体が反射し、反射している光の色を、私たちが感知してるからなのです。反射光は私たちの目に届くと、信号化されて大脳に送られ、初めて色として認知されます。

可視光線には虹色が含まれている

 色の情報は心にも体にも様々な影響を与えます。「赤」はアドレナリンの分泌を促し、交感神経を刺激し、血圧や脈拍を上げ、活発にさせ興奮をもたらします。対照的に「青」の場合は、セロトニンの分泌を促し、副交感神経を刺激して、血圧や脈拍を下げ、鎮静とリラックス効果をもたらします。

 「緑色」はストレスの解消や安心感をもたらします。森林浴による安らぎの効果は、緑色の効果によるところが大きいと言えるでしょう。現代の脳科学では、色とホルモンの関係が明らかにされてきています。

 

カラーコミュニケーション

 

 視覚を通じて入り、信号化された色は、瞬時に体中に情報として伝えられていき、私たちの心身に様々な効果をもたらすことは、おわかりいただけたでしょうか。言葉でなくて、色によって伝わってしまうメッセージやイメージを、カラーコミュニケーションと呼んでいます。

マンセル色相環。色相環とは、色相をスペクトル(光の波長)の順序に配列した円環状の図表。マンセル色相環は、国際的に通用する。(wikipedia)

 それぞれの色が持つ代表的なイメージ例を挙げてみると、
 「赤」は情熱・行動・外交的
 「オレンジ」は社交的・食欲増進
 「黄」は明るい、知性・論理
 「緑」はバランス・中庸
 「青」は誠実・穏やか・内向的
 「紫」は神秘的・高貴
 「ピンク」は愛情、優しさ

 色が伝えるイメージは、国旗から製品・商品のカラーリングや、企業のロゴカラー、環境デザイン、インテリア、衣料等々、ありとあらゆるものに活用されています。色は商品の売り上げさえも左右します。会社のシンボルカラーは、企業イメージを言葉にしなくても人々に伝えることができるため、コーポレートカラーは会社にとって極めて重要な意味を持っています。人間も身につけている色のイメージで印象づけられてしまうのは、色が持つ力によるものです。

 

色は人間ならではの体験

 

 色彩とは感覚であり、人間ならではの”体験”とも言えます。人間と他の生物とは、色の見え方が違います。例えば、鳥には紫外線が見え、犬やネコや牛は二色型色覚(注3)です。牛は人間のようには色を認識できないので、闘牛士が振る赤い布に興奮しているのは、赤によってアドレナリンを誘発された人間の方でしょう。

 また、人それぞれによって色の感じ方は異なり、男女、年齢、人種、季節、文化・環境などによって、色の見え方は違うということが、すでに研究によって明らかにされてきています。

 例えば、男女の場合。ニューヨーク市立大学ブルックリン校の心理学教授、イズリエ
ル・エイブラモフ氏が率いた研究(注4)では、男女の色の見分け方に違いがある、と示唆されています。女性は男性よりも色を識別する能力に優れており、男性は女性よりも細部の素早い変化を遠くからとらえる能力に優れているとのこと。原因は、人類が狩猟採集生活を送っていた過程で、男女の役割分担が違っていたためと考えられています。

 色の見え方については、2015年に、インターネットに掲載されたドレスの写真をめ
ぐって、世界中が沸き、話題になったので記憶にある方もおられるでしょう。同一のドレスの色が、人によって見え方が違い、「白と金」に見える人と、「青と黒」に見える人に二分されました。これは脳の視覚系の錯覚によるものなのですが、人によって色の見え方が違うということを、ネットでの論争を通じて世界中の人が共有できた良い例となっています。

 

『色』で人生が変わった

 

 私自身は人生のターニングポイントに色と出会いました。若い頃、仕事も人間関係も恋愛も健康面でも、あらゆることが上手くいかなくて、大いに悩み、そして挫折していました。そんな時「写真の撮影を手伝って欲しい」と、ある写真家から声がかかり、オーストラリアへ行くことになりました。軽い気持ちで、何の期待も抱かずに出発しましたが、目をみはるほど素晴らしい世界が待っていたのです。

 オーストラリアの広大な大地では、すべてが大自然の統治するがままに存在していました。太陽は分け隔てなく無償で全ての生き物の命を育んでくれています。その包容力は私までも受け入れてくれた、と思えました。

 「地球に存在するだけで価値がある。幸せであっていいんだよ」と。私は歓びで満たさ
れ、絶望感は生きる希望へと変わっていきました。

 あらためて360度見渡せる大自然の荒野に立ってみると、地球は美しく、荘厳で、神秘や輝きに満ちあふれた世界に見えました。まるで『楽園』か『パラダイス』でした。

 それまでは、黒・紺・白・灰といった色合いしか身に着けられず、色を特に意識したこともありませんでした。けれどこの体験を境に、ぼんやりとした墨絵のように感じていた世界は、イキイキと鮮やかで色彩豊かな世界に一変してしまいました。

 絵を描いていた私は、色に出会った時に受けたインスピレーションから『パラダイス』
をテーマに制作しました。カラフルな作品は企業の広告や販促物、カレンダーなどで起用されて仕事になっていき、やがて、色についての相談やセミナーなどのオファーをいただくようになり、色彩研究へと向かうことになりました。

 

夢を見ないAI,総天然色で見る人間

 

 地球上に全く同じDNAを持つ人間はいません。色を感知すると、心にも体にも人それぞれの色の波動が伝えられ、影響を受けています。この複雑で高度な機能を持つ生命体を複製して創ることが果たしてできるでしょうか。AI(人工知能)は高度な知的能力を持ち、休みもせず、眠りもせず、働き続けることはできるでしょう。けれど、私たち人間は総天然色の夢見る力を持っています。夢を描くことができるのです。色を知り、その効果を活用すれば、人生が変わることでしょう。

 色は人それぞれの体験です。自分が感じている色は、自分だけの色。人間の脳の中にこそ、色は存在しています。

(注1)メラビアンの法則…アメリカUCLA大学の心理学者、アルバート・メラビアンが1971年に提唱した概念のこと。人の第一印象は3~5秒で決まり、初対面の人物を認識する割合は、見た目などの「視覚情報」が55%、声の質や口調などの「聴覚情報」が38%、話の内容や言葉の意味などの「言語情報」が7%と言われている。

(注2)初頭効果…ポーランド出身の心理学者、ソロモン・アッシュが1946年に行った
実験で証明した、印象形成において、最初に示された特性が、後の評価に大きな影響を与える心理効果のこと。

(注3)テルアビブ大学社会科学部心理学科教授、タルマ・ロベール著書『赤を身につけるとなぜもてるのか?』より。原題は『Sensation: The New Science of Physical
Intelligence』

(注4)二色型色覚…色覚の基礎になる錐体細胞を二種類持つ能力のこと。一般にヒト以外の多くの哺乳類(イヌやネコなど)が持つ色覚であり、ヒトの三色覚より色の区別が苦手で、ある程度の判別は可能だが識別が出来なかったりする。

(注5)2012年に「Biology of Sex Difference」誌に発表された研究結果。