「流されやすい」時代に

M. Kimiwada

M. Kimiwada

君和田 正夫

 テレビ朝日の社長時代、毎年一回、海外IRに出張しました。外国の投資家に経営内容や経営方針を説明し、株式を買ってもらおう、という狙いです。Investors Relations の略ですが、「海外にゴルフをしに行くのですか」と聞かれたことがありました。IRを「1ラウンド」と読んだジョークでした。

 英国のIRでこんな質問をされたことがあります。
「なぜ日本のテレビは個性的な番組を作れないのか。なぜ同じような番組ばかりになるのか」

 私の答えは簡単でしたが、相手が納得したかどうかは分かりません。
 「個性的な番組は作ろうと挑戦しているし、実際、そこから生まれた番組もあるのだけれど、成功するとどの局も同じような番組作りを始める。つまり個性的な番組の賞味期限が極めて短くなっている」

 3月末から4月初めの期末期首の特別番組はその典型、と言うべき編成でした。参考までに、その代表例として歌番組を見てみましょう。

 3月31日『全90曲!! 一挙公開!! 名曲ベストヒット歌謡』(テレビ東京)
 4月3日『あなたが聴きたい歌の4時間スペシャル!』(TBS)
 4月4日『アイドルから歌姫まで~不滅の歌謡曲』(テレビ朝日)

 わずか5日の間に、そっくりな歌番組がスペシャル番組として組まれ、日本中に流れたのです。いずれもゴールデンアワーの3時間、4時間番組でした。これもかつての成功体験の先例があり、その再現を狙って横並びになったのでしょう。

 

「流されやすい」時代に

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ほとんど東京で制作、の意味

 

 地上波は歴史も長くなったので、平準化されて、似た番組が増える、という傾向が続いている、と言えそうです。その点、BS放送は歴史も浅く、目下、視聴率競争からも解放されているので、個性的な番組が生まれやすい環境にあります。実際、地上波に飽きた人たちがBSに流れています。ところが、最近はそのBSでさえ、あやしくなってきた。似た番組が増えてきているのです。鉄道・船・バスの旅といった旅もの、童謡・唱歌から流行歌などの歌もの、洋画や浮世絵などの解説や美術館巡りの美術もの、そして最近では地上波とは一味違うニュース番組の競演になっています。

 似たような番組が並ぶ、そしてそれが日本全国どこででも見ることができる、ということには、メディアの世界でも東京一極集中が進んでいることを意味しています。

 歌番組は単なる例として挙げましたが、ほかのテレビ番組もほとんどはキー局と言われる5局(日本、TBS、フジ、テレ朝、テレ東)が東京で作っています。各キー局は作った番組を系列の地方局を通じて日本全国に発信します。しかしながら、東京発の番組だらけになっては、県域免許を持っているローカル局の存在意義が問われかねません。そこで総務省は地方のテレビ局が自身で作る「自社制作番組」の比率を10%程度に上げるよう、要請してきました。放送法の精神は放送の「多様性」「多元性」「地域性」です。しかし、今でも10%に満たない局は多いはずです。つまり90%前後がキー局の制作ということになります。

 

県紙1紙は戦前の置き土産

 

 一極集中は政治・経済だけの問題ではなく、情報もその例外ではない、ということです。一極集中には効率的な面と同時に弊害もあります。場合によっては怖さといった方がいいのかもしれません。昔の例を挙げてみます。テレビが誕生する以前の話です。『新聞法制研究―報道・言論に対する法的規制を中心にー』(金子喜三著・芦書房)の内容を引用して、私なりの解釈で紹介します。

 昭和6年、満州事変を機に言論統制が強まりました。その後、戦争のための国家総動員態勢が強化され、第二次世界大戦開始の翌年、17年には新聞の統廃合が一挙に進められました。例えば東京都は「全国紙3紙、東京中心のブロック紙1紙、業界紙1紙」といった具合です。大阪、名古屋、福岡もこれに準じて新聞の数が決められました。これらの都市以外の各府県はわずか1紙だけでした。その結果、昭和11年ころの新聞紙は、日刊紙以外も含めて全国で1000を超えていた(正常的な日刊紙は200足らず)のが、わずか55紙まで減ってしまったそうです。その間、全国的な通信社は同盟通信社のみとなりました。著者は嘆きます。

 「新聞の本来的使命、自由主義的色彩を失って、戦争指導者の御意(ぎょい)」のままに動かねばならなくなった」

 新聞社の数が多ければ多いほど、総動員に向けた言論統制がしにくい、新聞用紙の需給がひっ迫した、ということも統廃合のいい口実になったようです。多様な言論を認めない統制がどんな結末を生んだか、申し上げる必要はないと思いますが、報道機関も重大な戦争責任を負うことになりました。「御意のままに」と言わんばかりのNHK籾井会長には肝に銘じて欲しいと願うばかりです。

 この体制は現在につながっています。現在、県紙と呼ばれる新聞社はおおむね一県に一紙です。沖縄や福島の二紙は、例外的と言っていいでしょう。もちろん現在は県紙以外の新聞、例えば全国紙はどこでも読めるようになっています。

 

「中道のつもりだったのが、今は左と言われる」

 

 テレビは民間放送連盟加盟社だけで127社あり、しかも一県に複数局があります。しかし、ほとんどの番組が東京発ということは、NHKと民放キー局5局で日本全国をカバーしている、ということです。今、表向きの言論統制はしにくい時代ですが、自らの意思で同じ方向に流れるということの方が問題は深刻かもしれません。結果的に自ら情報の多様性・多元性を狭めている、つまり、言論の自由を煙たがる人たちから見て、テレビは「恐るに足らず」、ということになりかねないからです。世論が一つの方向に流されやすい、一つの色に染まりやすいという状況に拍車をかける役割を担う恐れを感じざるを得ないのです。

 原子力発電所問題や集団的自衛権、それに関連する対中国、対韓国問題、教育改革、TPP、農業、消費税…数え切れないほど多くの課題、問題を抱えた現在、メディアに求められていることは、多様な発信源を持つことであり、各局横並びの番組を作らない、という痩せ我慢ではないでしょうか。4月16日付の朝日新聞朝刊(オピーニオン)で大沼保昭・明治大学特任教授は「日本の愛国心」というタイトルで次のように指摘しています。

 「現在のいびつな状況をつくり出した大きな責任は、『愛国』『誇り』の論者と過去を『反省』する論者を対立させるという『激論』の図式で人々の思考に影響を与え続けてきた日本のメディアにあるのではないか」

 なるほど、と思いました。身の回りに「自分は長い間、中道か中道右派だと思ってきたけれど、最近は左と言われるようになってきた」という人が複数いるからです。対立する意見の紹介が「激論」型になりやすく、その結果、中間の意見が存在感を失い、右か左か、敵か味方かの二者択一的なレッテル貼りにつながっている、ということでしょう。自民党も昔の「ハト派」が少なくなりました。そして何よりも、日本全体の軸が右に傾いたことが「中道」の人たち、「中間の人たち」に影響していることは間違いありません。

 こうした状況を打破することは容易ではありませんが、一つは地域情報の発掘だろうと思います。地域で生活する人たちのさまざまな表情、さまざまな出来事はそれぞれ個性的です。地域の匂いが画一的な番組作りと一線を画すことになります。幸い、ローカル局では様々な試みが行われています。今週の「オープントーク」に北海道テレビの樋泉実社長が地方局の試みと挑戦を書いています。是非お読みください。

 問題はそれが、その地域での放送にとどまり、全国に紹介される機会が少なすぎることです。新聞や通信社も同じ状況です。全国紙や通信社の地方要員は減る傾向にあり、地域情報より、東京情報が優先されています。要員問題は別の機会に書きたいと思います。

 もうひとつは、地上波だけで考えるのではなく、BSやCSを活用することです。BSも成長してきましたし、テレビ局は複数のCSチャンネルを持つようになりました。BS、CSとも「東京発」ですが、地上波とは違う、思い切った内容の番組作りが可能なはずです。

 テレビを中心に取り上げましたが、テレビは戦前の新聞の轍を踏まないことです。一つの方向に流れることは、歯を食いしばってこらえなければなりません。「楽しくなければテレビじゃない」それだけで済む時代は終わりを迎えつつあるように思えます。