科学の不正、そしてSTAP細胞

一丸節夫3

S.Ichimaru

一丸節夫

 自然科学は事実を探求する学問です。そして研究のすべての過程で不正は許されません。昨今世間を騒がせているSTAP細胞は、その研究発表の過程で非行があったかどうかが大問題となっています。以下その件につき考えましょう。

 

 科学の上での非行とは

 

 2010年、D. Goodsteinが“On Fact and Fraud:Cautionary Tales from the Front Lines of Science (Princeton Univ. Press)”(事実といんちきについて:科学の前線からの教訓話)を出版しました。彼は、カリフォルニア工科大学で40年以上にわたって物理学とその応用の教育や研究に携わり、とくに1988年から2007年までは科学倫理担当の副学長として様々な“科学上の非行”を処理し、講義もしてきた人物です。

 本書の主題は科学研究の発表にまつわる諸種のインチキです。まず、何をもってインチキと判定するかについて、著者は、内容の“fabrication”(作り事),データの“falsification”(変造),論文の“plagiarism”(盗作) の3点をその要件とします。そして、ほとんどすべての科学といんちきの問題には、次のいずれか (または、すべて) が介在するといいます:

1 地位・金銭上の圧力:
 しかし (無名・高名を問わず) 科学者の大部分がこの圧力にもかかわらず、いんちきとは無縁なのは事実です。とくに金銭上の動機は皆無と云ってよさそうです。でも、一部には金銭がらみの問題がありそうなことも、じつは想像に難くないのです。

2 実験結果はこうなるに違いないとの思いこみ。

3 厳正な意味での実験の再現性が必ずしも期待できない分野:
 再現性は生物科学と他の分野で明らかに異なります。生体組織は多様であり、たがいにさまざまに異なっています。ですから、たとえ二つの検体をできるだけ同一に準備し、同一の手段で実験をしても、同一の結果が得られるとは限りません。たとえば、2匹の実質的に同一のマウスに、同じ発がん性物質を等量だけ処方しても、同様の腫瘍が同じところ同じ時に発生することはまずないのです。

 

 STAP細胞

 

 理化学研究所 発生・再生科学総合研究センター(神戸市)の小保方晴子ユニットリーダーらは、2014年1月28日の記者会見で、マウスの体の細胞を弱酸性の液体で刺激するだけでどんな細胞にもなれるまったく新しい万能細胞の作製に成功したと発表しました。そしてその詳細を、彼女を筆頭著者とする二編の論文で、科学誌NATURE 2014年1月30日号に公刊しました。そのタイトルは 「刺激により惹起された体皮細胞の多能性機能転換」と「リプログラムにより多能性を得た細胞のもつ双方向発達可能性」です。この新たな万能細胞は“Stimulus-Triggered Acquisition of Pluripotency”の頭字語から「STAP細胞」と名付けられました。

 ところが「ネイチャー論文に不自然な点がある」と、インターネット上などで専門家からの指摘を受け、2月中旬から理研は調査を開始しました。最初に指摘されたのは、マウスの胎盤をとらえた2枚の画像についての“画像の使い回し”疑惑でした。また、遺伝子を解析した別の画像に、加工した跡にも見える不自然な線が入っているとの指摘もありました。

 この問題に対する理研の調査委員会は、3月14日の中間報告を経て、4月1日に最終報告を公表しました。それは、小保方ユニットリーダーの研究不正行為を2点で認定したのです。まず、別の実験画像を切り張りした行為は改ざん、博士論文と酷似した実験画像を使った行為は捏造にあたるとしました。さらに、彼女以外の共著者に研究不正は認められないとし、研究不正の責任を彼女一人に負わせたのです。
小保方は4月8日この報告への不服申立書を提出し、結果の再調査を求めました。すなわち、実験画像の切り張りは、研究結果に影響のない部分のデータを見やすくするために加工したもので、改ざんにはあたらない。また、捏造とされたものは、悪意のない画像の取り違えであり、正しい画像データが存在していると反論したのです。

 小保方論文は不正でしょうか? 前掲の書の3要件に照らすと、“データの変造”が絡むので明らかに不正です。しかし、その書は135ページ以下に“Caltech Policy on Research Misconduct”(研究上の非行に関するカルテックの処方) を記載し、研究上の非行の定義としては、例の3要件に加え、

Research misconduct does not include honest error or differences of opinion.

が明記されています。つまり、単純な失策や見解の相違は研究上の非行にはあたらぬというわけです。

 小保方論文がこの見地からしても不正と断定できるかどうかは疑問です。いずれにせよ、この問題についてはより公正な立場からの判定が求められます。

 

 一つの要因

 

 今回のSTAP細胞問題には“金銭がらみ”の要因が深く関わっているようです。それは、理研を「特定国立研究開発法人」に指定し、研究者に高給を認めるなど予算措置で優遇された世界最高の研究機関にしようとの法案を、文科省主導で今国会中に成立させようとの動きに関係があります。

 1月28日の華やかな理研主催の記者会見、4月1日の最終報告ではうってかわって研究不正の責任を今度は小保方一人に帰し、その記者会見もそこそこに野依理事長以下調査委員全員がうち揃って下村文科相のもとに謝罪に馳せ参じた姿、その翌日には同じ面々が今度は自民党議員団を釈明に訪れる姿、いずれも筆者には見るに耐えない光景でした。

 

 STAP細胞問題の本質

 

 この問題が世上の脚光を浴びる中、一体“STAP細胞”は存在するの? が論議をよびました。筆者は“存在するに違いない”と思っています。理由は次の通りです。

 数十億年の昔、この地上に初めて生命体 (=細胞) が生まれた時のことを考えましょう。その時には他に生命体がなかったのですから、最初の細胞は生物学的な因果律には依らず、物理・化学的な刺激のみを媒介に生まれたと想定すべきでしょう。また、生物はその進化の過程で“突然変異”により“種の多様化”を成し遂げたとも云われています。この場合も生物界の“常識”を離れた要因が介在したと想定せざるを得ません。そしてそれらは広く“STAP細胞現象”の一環と見なすべきではと推論する次第です。

 もちろん、実験室で生命の起源や突然変異を解明することは至難でしょうし、その実験の再現性に至っては、冒頭で述べた状況もからみあわせると、望外とも見られます。

 しかし夢は持ち続けるべきです。