『夢を追う』

林 由樹

 「子どもに『アンパンマン』は見せたくない」
 グループ討論で、同じ班になった女の子がこう言った。大学で履修している教職の授業中のことだ。

 

アンパンマンは教育番組か

 

 討論のテーマは、「アニメ『アンパンマン』は、教育番組として成り立ちうるか」。「『アンパンマン』は、優しさや他者を助け合う心を養う良い教育番組だ」という肯定的意見に対して、「おなかを空かせている人々に自分の『顔』をあげるなど、自己を犠牲にしてまで他者を助けるのか」という批判的意見が聞こえてきた。

 『ドラえもん』や『クレヨンしんちゃん』などのアニメは「国民的アニメ」と称され、多くの日本の子どもたちが接してきた。私も、保育園の頃、親が迎えに来るまでの時間、他の園児や先生と一緒に見るアニメが大好きだった。中でも、特に好きだったアニメが『それゆけ!アンパンマン』だ。『アンパンマン』のオープニング曲が流れるとわくわくしたのを今でも覚えている。

 

保育園で「お母さん、まだかなあ」

 

 ある日、親の仕事が長引き、私は遅くまで保育園に残っていた。他にも5、6人の園児がいた。『アンパンマン』はエンディング部分に差し掛かっている。「お母さん、まだかなあ」そんなことを考えていると誰かが話しかけてきた。塚谷くんという、普段はあまり話さない男の子だった。

 「ゆきちゃんは、誰が好き?」
 「『アンパンマン』の中で、誰が好き?」塚谷くんは重ねて尋ねてくる。
 「ドキンちゃんかな」そのときの私は、見た目の可愛さや声から判断してなんとなくそう答えた。
 「そっか。僕はね、アンパンマンが好き!」
 「そうなんだ」

 私は、塚谷くんがアンパンマンを好きな理由を聞かなかった。今となっては、理由は分からないが、人見知りの激しかった私は、どう話したらよいのか分からなかったのかもしれない。

 それからも、塚谷くんと話すことはほとんどなかった。そして、小学3年生で塚谷くんは大阪に引っ越し、転校した。

 

10年経っても「アンパンマンそのもの」

 

 あれから10年以上経ち、成人式を迎える前に保育園の同窓会を開くことになった。卒園以来会っていなかった友人もいるため少し緊張していたが、すぐに打ち解けることができた。「私ね、来年から就職で、保育士になるの」という友人もいた。皆の近況を聞くのが楽しかった。そんなとき、誰かに話しかけられた。

 「久しぶり!覚えてる?」

 あの塚谷くんだ。私も人見知りが落ち着いたせいか、10年ぶりというのに会話がとても弾んだ。塚谷くんは、今は大阪の大学で国際関係を学び、将来は途上国で開発をしたいという。

 「困ってる人のことを助けたい。人の役に立てるってすごいことやと思わへん?」

 そう話す彼の眼は輝いていて、まるで「アンパンマン」そのものだった。