テレビ・食

H.Sekiguchi

H.Sekiguchi

関口 宏

 「日本のテレビ、いつも誰かが、何か食べてるねぇ」
 アメリカ人の友人からそう指摘されて、(確かに・・・・・)と思いました。
 つまり、朝から晩まで、どこかのチャンネルで、誰かが何か食べているのが、今の日本のテレビです。

 夕方のニュース番組の中でも、必ずと言っていいほど食べ物が出てきて、「それって、ニュースじゃないんじゃない?」てな批判もあるようですが、何処もかしこも、食べ物企画をぶつけ合っています。

 私の知人のプロデューサーが、その夕方のニュース番組に配属された時、「俺は食い物企画は断じてやらん!」と豪語して、半年、もちませんでした。
 「あれねぇ、・・・・・無理だ! やらんとこっちが潰されてしまうんですわ!」これが彼の言い分。つまり視聴率戦争の中では、ニュースよりも食べ物の方が、圧倒的に強いということなのでしょう。だったら「ニュース番組」の看板を下ろして、素直に「料理番組」にしてしまえば良いのに・・・・・と思うのですが。

 しかし、夕方のニュース番組に限らず、アメリカの友人が言うように、それこそ四六時中、テレビが食べ物の映像を流し続けているのは、制作者側から言えば、割と安価で手軽に番組が出来ることもありますが、それが視聴率に反映されないなら、そうした企画は成立しないわけで、食べ物映像には、視聴者が飛びつきやすい何かがあることも事実なのです。つまり、食べ物テレビの推進者は、視聴者自身でもあるということになるのです。

 では、それほど食べ物に引きつけられやすい日本人とは何なのでしょう。
 「グルメ」なのか、ただの「食い意地」が張っているだけのことなのか・・・・

 私自身は、そりゃ美味しいものが嫌いなわけもなく、テレビの番組の中で、色々貴重な食べ物を教えていただきましたが,本当の根は、戦中戦後の何もない、芋、すいとん育ち。故に満腹感最優先の、ただの「食い意地」派なのですが、「君!一日三回、しかも残りの人生の食事の回数は限られているのだから、一食たりとも疎かにしてはならぬ!」なんてことを言う人がいると、(・・・・・ついて行けない)と内心思っている私がいるのです。

テレビ・食

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 またその人は、こうも言うのです。
 「君!考えてもみたまえ。日本人のどの家庭にも、ましてや学生のアパートにすら、世界三大料理、つまり和・洋・中の食器が用意されている。それは日本人がグルメであるという立派な証拠だ!」
 つまり、茶碗・洋皿・ラーメンどんぶりがあれば、それだけで、世界三大料理を使い分けていると仰りたいようで、確かにそんな国は日本だけなのかもしれませんが、(それって・・・・グルメ・・・・えっ?・・・・いや・・・・それが、食い意地が張っている、ということなのでは・・・・)と納得がいきません。

 一昨年、わが日本の「和食」が、ユネスコ無形文化遺産に登録されました。
 「ほら見ろ!日本人がグルメであることを世界が認めたじゃないか!」とグルメ派は鼻息が荒いのですが、ちょっとお待ちいただきたい。
 それは、朝からトンカツ、昼に天丼、夜は焼き肉、帰宅前のラーメンを、世界が認めた訳ではありません。

テレビ・食

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 「一汁三菜」。
 四季の恵みを生かし、栄養バランスも良く、しかも質素であることに評価が下されたわけで、グルメの意味に、豪華さとか、高級さがつきまとうなら、それはどこか、お門違いなのかもしれません。

 そして、都市型の食生活に慣らされてしまった我々にとって、和食の神髄に迫ることは、到底不可能な時代になりました。
 それは、欲しいと思えば何でもある。だから、ひとつひとつの有り難みが希薄になりがちで、残飯を大量に作り出す実態は、本来の「和食」の質素さを逸脱しているし、文化遺産としても、許されることではない筈です。

 しかも、日本の食料自給率は50%に届かず、万が一の時には、国民の半分が餓死するという現実。「グルメ」だの「食い意地」だのと言ってる前に、「食」にたいする危機感を持たなければならないのかもしれません。

 だから、それこそ逆説的になりますが、「和食」が無形文化遺産に選ばれたということは、今の日本人に警鐘が鳴らされていると捉えた方が良いようです。

 実際、ある料理学校の先生が、「文化遺産を戴いたのは有り難いことですが、それを守る責任は想像以上に重いものがあるのです。つまり「和食」が、すでに滅びつつある文化遺産であることを、指摘されたことと同じですから」と仰っていました。

 余談になりますが、私としては、この文化遺産指定を、同じ日本人として誇りに思う一方、心配になることがあるのです。
それは、文化遺産指定のもうひとつの要素が、「和食」独特の「旨味・うまみ」にあるからです。これは日本人が営々と築き上げて来た「和食」の命なのですが、世界の人々にとっては、聞いた事も見た事も、口にすることもなかった「未知の味」だったのです。

 しかし、この文化遺産指定により、「旨味・うまみ」は世界の人々の知るところとなりました。そしてやがては、昆布だの鰹節の、世界的な奪い合いにならなければ良いがと、老婆心、いや老爺心が働いてしまうのです。

 さて、その世界文化遺産に指定された「和食」を生んだ日本人のあなた。
 あなたは「グルメ派」ですか?それとも「食い意地派」ですか?
 「さーっ、あなたはどっち?」・・・・・そんな番組もありましたっけ・・・・。

テレビ屋 関口 宏