ネット中立性議論から見えるグローバル社会の方向性 – CES2018 –

志村一隆

 CESでは、連邦通信委員会(FCC)の委員長のトークセッションが開かれます。今年は、連邦取引委員会(FTC)委員長とセットだったので楽しみにしていました。ところが、FCCアジット・パイ(Ajit Pai)委員長は欠席。「身の危険を感じいている」とのこと。会場前は、荷物検査や警備の犬がおり、モノモノしい雰囲気でした。

緩和されたインターネット規制

 なぜ、FCC委員長は身の危険を感じているのでしょうか。理由の一つに、FCCが2017年12月14日に下した決定があります。「Restoring Internet Freedom Order」というもの。”Restore”は「元に戻す」という意味です。なにを戻すのでしょうか?

 2015年から現在まで、FCCのインターネットへの姿勢は、消費者寄りでした。2015年3月に決まった「Open Internet Order 」は、当時問題になっていた特定サイトへのアクセスを制限するといった通信会社の行為を「インターネットへの脅威(Threat of Internet Openess)」とし、彼らへの規制を強めようというものでした。

 どうして米国の通信会社がそういった行為をすると問題になるのか?それは、米国ではネット回線をユーザーに提供している企業が少ない点にあります。消費者の選択肢は地元のケーブル会社かAT&T、Verizonといった大手企業しかありません。消費者へのラストワンマイルを大手企業が寡占状態で抑えているのが、コンテンツ提供者と消費者にとってボトルネックであるというわけです。

 米国らしいのは、この問題を、経済でなく「平等なインターネット」という「理念」に置き替えている点です。「全ての人が平等にアクセスできなければならないインターネット(または、そのコンテンツ)」を「ネット中立性(Net Neutrality)」という理念にまとめると、「中立や多様性を守る市民やIT企業」対「強欲な資本主義、大手企業」という構図が明確になります。

 FCCの昨年12月の決定は、大手企業側である通信会社への規制を緩和したものでした。これに、「ネット中立性」支持派が反発し、パイ委員長が身の危険を感じているというわけです。

ネット中立性を守るための視点

 面白いのは、パイ委員長もネット中立性支持派も、「インターネットはオープンで自由なものであり、イノベーションの源泉である」と考えている点です。ただ、この「ネット中立性」を守るために、どんな規制が必要か?その視点が違っているのです。

 パイ委員長はこう言っています。「2015年以降、通信インフラへの投資が減少した。そのため次世代に必要なネットワークインフラが整備されていない」IoTが広まる近未来、通信インフラの整備は必要不可欠。まずは通信会社への規制を緩和しなければ未来はないということです。

 当然ながら、通信会社はこの決定を強く支持しています。AT&Tは、2017年12月14日に出した声明で「我々が回線速度を遅らせたり、特定サイトを監視したり、ブロックすることはない。インターネットは今までと同じように存在する」と言っています。また、米国ケーブルテレビ連盟(NCTA)のパウエル委員長は、同じく「今回の決定で、通信会社が回線速度を遅らせたり、特定サイトをブロックすることはない。そんなことをしたら、ユーザーからクレームが来る。それはサービス提供者にとっても不利益だ」と述べています。心配するなというわけです。

 ただ、過去通信会社は何度も特定サイトへのアクセスを制限しています。2008年FCCは、通信会社ComcastがP2PサイトBit Torrentへのアクセスを制限していたことを認めました。また2014年にはNetflixがComcastやVeraizonを同じ事象で訴えています。スマートテレビ勃興時も、ケーブルテレビが特定アプリへのアクセスをシャットアウトしました。巨大企業がイノベーションを排除することを、我々は経験から学んでいます。

 それでも、FCCが規制緩和に踏み切ったのはなぜなのか。これから必要不可欠な5Gネットワークの整備のためなのか?そのための費用負担とセットなのか?その結果、どんな未来が来るのか?どう読み取ればいいのでしょうか。

通信会社とメディア企業の統合がネット中立性に及ぼす影響

 ひとつ注目すべきは、インターネットを取りまく市場プレイヤーが、買収・合併により、巨大化していることです。通信会社は、今やメディアやハリウッドスタジオを傘下に置いています。それに数年前は、新興勢力だったIT企業も巨大化しています。(参考:米国メディア企業の買収戦略 2018年1月号

 通信会社は基本国内市場を相手にする企業ですが、こうしたメディア・コンテンツ企業を通じて、グローバル市場の収益を自社に取り込むことができます。世界のインターネット人口は、まだ全体の半分と言われています。参入余地はありますが、中国、インド、アフリカの新興勢力と競争していかなくてなりません。

 CESのセッションで、FTC委員長は「(企業が)大きいことは悪か」への質問に「必ずしもそうではない。合併・買収で市場プレイヤーが減り、消費者の選択肢が減ることが問題と考えている」と答えていました。

 今回のFCCの決定は、理念や多様性よりもスピード、経済合理性を優先した判断です。アクセス制限が起きても、理念でなくビジネス上の問題としてFTCが処理するのでしょう。

 また、規制は国内の問題ですが、ビジネスはグローバルに広がっています。5GやIoTなどネットワークで繋がるのは、家電からホーム、クルマ、都市計画にまで広がります。その市場に圧倒的なユーザデータを元にした中国のIT企業が競争力を持ってきているときに、アメリカはどう成長するのか?やはり「大きく」ないと勝てないのではないか。そんな危機感が「経済的合理性」が優先する判断に繋がったのではないでしょうか。

 今回の決定は、こうした国家、国境、グローバル市場、テクノロジーが絡み合ったうえで、未来をどう読み解くか?を考えさせられる判断です。

(参考)

  1. アジット・パイ委員長は、自分が委員だった2015年に”Open Internet Order”に反対している。(FCCの意思決定は、委員4名、委員長1名の多数決で行われる)
  2. ネット中立性を巡るFCC規制緩和と強化:インターネットを、普遍的サービスとみなし通信キャリアと同じ”Title Ⅱ”に指定、様々な規制を課す(規制強化)のか、情報サービスとして”Title Ⅰ”とするのかの攻防である。
    1. 2005年8月 Policy Statement :FCCが初めてネット中立性に関する4原則を示した。
    2. 2008年8月  Memorandum and Order:冒頭、”We consider whether Comcast, a provider of broadband Internet access over cable lines, may selectively target and interfere with connections of peer-to-peer (P2P) applications under the facts of this case.”とある。その後、Comcastが提訴、裁判所はFCCにサービス停止などの権限が無いとした。
    3. 2014年8月 Statement by FCC chairman Tom Wheeler on broadband consumers internet congestion,  その後Netflixはお金を払って帯域を確保した。
    4. 2015年3月 Open Internet Order
    5. 2017年 Statement of Chairman Ajit Pai  “Under Title II, investment in high-speed networks has declined by billions of dollars. Notably, this is the first time that such investment has declined outside of a recession in the Internet era. When there’s less investment, that means fewer next- generation networks are built.”
    6. 2018年1月 Restoring Internet Freedom Order
  3. GoogleやAmazonといった大手IT企業が加盟するInternet Associationは「どのウェブサイトが有益かどうかは、通信会社ではなく消費者が決めるのだ」と主張。通信会社の投資コストへの言及はなく、議論はスレ違っている。
  4. 2017年11月 AT&T Statement on FCC Vote to Restore Internet Freedom:”We do not block websites, nor censor online content, nor throttle or degrade traffic based on the content, nor unfairly discriminate in our treatment of internet traffic.”
  5. 2017年12月 Statement of Michael Powell, President & CEO, NCTA – The Internet & Television Association Regarding the FCC’s Action to Restore Light-Touch Regulation to the Internet ” ISPs have stated repeatedly that they do not and will not block, throttle or unfairly discriminate in how internet traffic is delivered.”
  6. マイケル・パウエルNCTA会長は、2001-2005年までFCC委員長を務めている。
  7. 学術論文, 林秀弥、名古屋大学、 「ゼロレーティングとネットワーク中立性」総務省学術雑誌『情報通信政策研究』第1巻第1号(創刊号) 2017 年 11 月
  8. 日本ではネット接続するときに多様な選択肢があるため「ネット中立性」問題が存在しない。実績寿也、九州大学、「ネットワーク中立性問題について」、日本ネットワークインフォメーションセンター