新聞記者になりたい君へ

T.Kasuya

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粕谷卓志

 

 3月。メディアを目指す学生諸君たちにとって、本格的な「就活」時期を迎える。放送キー局のアナウンス部門など、独自のスケジュールで進んでいるところもあるが、新聞社などはこれから次々と募集要項が公表される。
 筆記試験問題の作成、一次面接、二次面接、最終面接と長く新人記者採用に携わってきた身には、この時期になるとキラキラした若者たちの目を思い出す。
 私は記者になりたい」。その熱き思いをいかに伝えるか。
 皆同じようなリクルートスーツに、どこかの就活塾での模範解答のような金太郎あめ面接トークでは聞く方の心を打たない。
 面接する側が長かった私からみた、皆さんへのメッセージ。私的なアドバイスではあるが、参考になるならばうれしい。

 

志望動機は明快に!

 

 「どうしてわが社に入りたいのですか?」「志望動機はなんですか?」。
 ほとんど、間違いなく聞かれる。分かりやすく明快に答える学生に好感を持った。「情報の先端にいて、伝えるべきことをいち早く人々に伝えたい」「好奇心旺盛でそれを仕事に生かしたい」「私の書く記事で生きる勇気を与えることができたらいい」。答えはたくさんある。回りくどい理由はいらない。ただし、なぜ志望するのかのエピソードは持っていた方が良い。

 私の場合は、小さいころからの夢だった。小学校の卒業作文で、将来の夢に「新聞記者」と書いた。
 大学生の時に家の近くで火事があった。大きな火事で犠牲者も出た。そのときこちらはやじ馬で、警察が張った警戒線の外側から見ていた時、自社腕章をした 新聞記者がやってきて、警察官に「やあ」と片手を挙げて現場に入っていくではないか。そうか、記者になればもっと現場近くまで行ってこの目で見られるんだ、と思った。採用面接の時も「夢を実現したい」と話し、理由もそのことを話した記憶がある。

 一方で、「記者は議論好き」と考えているのか、メディア論やマスコミ論をかざし、わざと難しく話しているのではないかと思うような論を展開する受験生もいる。いかがかと思った。私は、単純明快がいい。

 「私は頭を下げるのが苦手で、営業などには向かないと思うので」という受験生がいた。記者は名刺一枚で誰にでも会える可能性を持つ。だからこそ腰も頭(こうべ)も人よりずっと低くなくてはならない。私が所属した会社への世間が持つ印象は残念ながら「上から目線」だった。大半の記者はそんなことはないのだが、一度思われた印象を払しょくするのは並大抵ではない。
 この受験生にはお引き取り願った。

 

熱意の伝え方

 

 最終面接では少なくても数十人、年によっては100人を超える受験生と会う。1次、2次ではその何倍にもなる。熱意はみんな持っている。その中でいかに「面接官」の心に入り込むかだ。熱く語りかけるだけでは必ずしも伝わらない。面接官は人によって経験の長短はあるにせよ、ジャーナリズムの世界で生きている人たちだ。学生諸君がこの人たちとジャーナリズム論を戦わせても無意味だ。むしろジャーナリストになるためにこれまでどんな生き方をしてきたかを知ってもらった方がずっといい。
 
 そのためにエントリーシートに何を書くかは面接官の目を止めさせる重要な入口だ。
 ボランティア活動や海外へバックパック旅行などを学生時代の活動として書いてくる学生は多い。その中身にもよるのだが、こんな人情に触れた、心のふれあいの大切さを学んだ、など同じようなパターンが目立つ。これも、書くなら自分しか体験できなかった身近な独創的なことを書いたほうが良い。

 ある女子学生は自分が所属した体育会系クラブのマネジャー時代に経験したことを書いた。その合宿所が火事になって学生たちが焼け出された。各社の記者が取材に訪れたが、記者たちの取材態度の悪さと記事になった事実関係の違いに愕然としたという。「だから私が記者になってきちんと取材をし、ちゃんとした記事を書くしかないと思いました」。彼女の志望動機だった。

 男子学生は学生時代に過ごしたサークル活動欄に「座禅同好会」と書いた。興味を持った私たちはその活動内容を聞いた。概要を話した後、求めにも応じて座禅を組んだ時にする般若心経をとうとうと唱えた。忘れられない面接になった。

 ある女子学生は、亡くなった自分のおばあちゃんとの交流を書いてきた。日常のやり取り、しぐさ。どこにでもある光景だが、読んでいる人を温かくさせ女子学生とおばあちゃんの人柄が浮かび伝わってきた。この人が書く記事を読んでみたい、と思わせた。

 面接した人間が忘れないくらいだから、いずれの学生も合格した。いま、第一線で活躍している。

 2次面接でも「なるほど」と思わされたことがある。私がデスクの時だからかなり古い話ではある。
 当時、私のいた新聞社は入社試験改革で2次面接に進んだ学生には「スーツ姿」を禁止し、「普段のラフな格好で来てください」と呼びかけた。とはいえあまり奇抜な格好の学生は少なかった。仮に白田緑さんとしよう。彼女は真っ白なトレーナーにまばゆい緑色のスカート姿でやってきた。やがて彼女の面接になり、私たちが「鮮やかな色合いですね」と尋ねると、彼女は「はい、私は白田緑ですから」と笑って、しかしきっぱりと答えた。

 

新聞は最高の参考書

 

 私のいた新聞社では、筆記試験の問題をデスククラスの社員が一人一問単位で考え出題した。ただし、自分の考えた問題が採用されるかどうかは知らされないので公正性は担保されている。大半は新聞に載っている範囲で考える。だから、新聞は最も身近な参考書になる。

 

新聞記者になりたい君へ

新聞記者になりたい君へ

 

長文作成は「真似」から

 

 いま、SNSやツイッターなど、短い文章で伝えあうことが普通に行われる。だから、学生の多くは長い文章作成に慣れていない。しかし、新聞社の採用試験で出題される作文や論文は800字から1000字で書くことが定番だ。長い文章を書きなれていない身にとっては果てしない字数だ。
 どうするか。新聞の一面コラムを読み、書くことをお勧めする。朝日新聞なら「天声人語」、毎日新聞は「余録」、読売新聞は「編集手帳」といった具合だ。皆、その社の「名文記者」が執筆している。その文章はほぼ、「起承転結」にまとめられている。
 例えば「天声人語」の場合、句読点を入れて600余字にまとめられている。長さの感覚を体で覚えるためにまずは読むことだ。書くことに慣れていない人なら写経のように写す。読んで写すうちに「起承転結」とは、がわかり600字に慣れてくる。
 それからテーマを決めて書いてみる。これまでに出た、各社のお題でもいい。ちなみに朝日新聞の採用サイトhttp://www.asahishimbun-saiyou.com/
では過去の試験問題3年分がアップされている。「論文」ではあるが、自分の身近なエピソードをいれてわかりやすく書くことが肝要だ。

 

新聞・テレビの現状と未来

 

 その現状はというと、どちらも「未来は明るい」とはいいがたい。しかし、絶望的でもない。要はこれから新聞、テレビを担うあなたたちがどうしようとするかだ。
 いま新聞の発行部数は残念ながら右肩下がりである。日本新聞協会によると、2000年、いまから15年前には全国で約5300万部、1世帯あたり1.13部あった新聞発行部数は2014年には4500万部、1世帯あたり0.83部まで落ちた。多くの地方紙の発行部数は各数十万部なので、50万部の新聞が16もなくなってしまったことになる。
 テレビの総世帯視聴率(HUT)も1980年代にかけては19時から22時までのゴールデンタイムで80%近くあったが、これも近年は60%台まで落ちた。
 インターネットやSNS、CS放送やBS放送など読者、視聴者の選択肢が広がり、新聞テレビが従来のような必需品であるとユーザーが感じなくなったためだ。

 では、既存メディアは絶滅危惧種になってしまうのか。
 努力を怠ればそうなるだろう。しかし、私はまだまだ希望はある、と信じている。
 取材して、調べて、聞いて、自分の目で見て、伝える。インターネットのニュースもそれを取材しているのは、ほとんどがプロの記者だ。偶然居合わせた人がツイッターなどで迫力ある映像を伝える場合もあるが、それを体系的に、わかりやすく伝えるのはメディアの力だ。
 偶然居合わせた人も含めて、いつの時代でもメディアは「現場主義」だ。それを歴史に残す「記録」として、活字と映像は不可欠である。技術の発展でIT化省力化がどんなに進もうと、見て聞いて調べて伝える記者の仕事はなくならない。

 熱い情熱を注げる人が、一人でも多く「記者」になってほしいと願っている。