脇浜紀子
今年2月、神戸の街に衝撃が走った。神戸市の人口が福岡市に抜かれたのだ。福岡市の発表によると、2015年の国勢調査結果の速報値(10月1日現在)で、福岡市の人口は153万8510人となり、神戸市を650人上回ったという。この結果、横浜市、大阪市、名古屋市、札幌市に次いでの「政令指定都市の人口5位」の座を福岡市に明け渡すことになった。阪神大震災直後の1995年の国勢調査で人口減があって以降は増加が続いていたが、本調査では0.4%の減少であった。
すでにこの事態を覚悟していた神戸市の久元喜造市長は、2年前の自身のブログに「我が国の人口が減少している中で福岡市の人口が増え続けているのは、福岡市が九州の中枢都市であり、福岡県を含むほかの地域から人口を吸収し続けているからです」と記述している。しかしながら、福岡市が九州の中枢都市であったのは今に始まった事ではない。ここへきて福岡が神戸を凌駕することになった具体的要因はなんであろうか。
「大阪って言うなよ」の脊髄反射
さて、今回、関西のメディア・ジャーナリズム研究会でお会いした志村一隆さんから「『大阪から見たテレビの可能性』的な論考を書いてみませんか」とお誘いをいただいた。半ば反射的に次のような返信をしてしまった。「『大阪から見たテレビの可能性』ということですが、『関西から』でも問題ないでしょうか」。過剰反応である。志村さんに他意があろうわけはないのだが、筆者自身は冒頭の文章からお察しの通り神戸在住であり、概して「神戸っ子」は街への愛着が強く、大阪と同一視されることが耐えられないのだ。
そんなわけで、在阪局勤務だからって「大阪」って言うなよ、と脊髄反射してしまったのだが、そんな個人的な「けったくそ」は別にしても、「関西」を「大阪」に無意識に代表させてしまうことに、今のテレビが時代の要請に応えられない要因が内在しているのではないだろうか。
言うまでもないことだが在阪民放テレビ局に対する放送免許は関西2府4県(大阪・兵庫・京都・滋賀・奈良・和歌山)を放送エリアとして付与されている。エリア全体にきちんと放送を届けるだけでなく、エリア全体の話題をバランス良く取り上げるというのが報道機関でもあるテレビ局には期待されているはずである。しかしながら、実際は本社のある大阪の話題に偏ってしまっている。大阪府知事、大阪市長を務めた橋下徹氏をめぐる一連の報道を思い出してほしい。大阪のことは洪水のように報じられたが、この間、兵庫県知事や神戸市長などその他エリア内自治体の首長の動静が在阪のテレビ局から伝えられることはほぼなかった。ちなみに私の勤務する読売テレビには報道記者が約50人在籍するが、大阪以外には、神戸支局に4人と京都支局に3人配置されているだけである。
きめ細やかな福岡の「県域免許」
これに対し、福岡県の民放地上波テレビ5局の放送免許は原則は福岡県内だけの「県域免許」である(実際には佐賀県の全域などでも受信できる)。すべての局が福岡市内に本社を構えている。この内、テレビ東京系のTVQ九州放送以外の4局は何らかの形で平日に自社制作の情報番組(定時ニュースを除く)を放送している。この放送時間をざっと累計すると、4局で3795分(63時間15分)となった。つまり毎週63時間強の映像情報が福岡市にあるテレビ局から発信されているのだ。「自社制作」というのは東京、大阪のキー局、準キー局から送られてくる番組ではなく、福岡のテレビ局自身で作る番組だ。福岡放送の「めんたいワイド」に代表されるこうした情報番組では、きめ細やかな生活情報はもちろんのこと、市内・県内で行なわれているイベントも数多く取り上げられる。百貨店で行なわれている物産展の生中継などは定番のコンテンツだ。神戸市内の百貨店の物産展は在阪局ではめったに取り上げられない。大阪市内で同様の物産展(しかもより規模の大きい)をやっているからだ。
また、読売テレビと同系列の福岡放送の報道記者は15人。人口500万人の福岡県内をカバーする人数としては決して十分とはいえないが、読売テレビが人口550万人の兵庫県内をカバーするために手当てしているのが4人であるのを考えれば、取材量に自ずと差はでてくる。ちなみに、神戸市に本社を置くテレビ局として、系列を持たない独立局のサンテレビがあるが、現在、平日の帯情報番組は制作していない。特番やニュース番組で地域の情報は取り上げられてはいるが、定時ニュースを除いて毎週63時間以上という福岡のボリュームには及ぶべくもない。
映像情報量の差が蓄積
筆者は、こうした地上波局からの映像情報量の差が蓄積された結果、神戸と福岡の地域情報発信力に大きな差ができてしまったのではないかと考えている。人口の増減には直接影響しないにしても、街の魅力(あるいは課題)を地域内の人と共有し、地域外の人にも知ってもらうためにはメディアで情報発信する必要があり、それは街の「力」の一つになっている。中でも「映像」はいまやソーシャルメディアを介してどんどんシェアされていくので、地域から映像情報がどれだけ生み出される環境があるかでさらに格差が拡大していくのだ。
参考までに、youtubeとGoogle(動画)で、「神戸市」「福岡市」というワードで何件ヒットするか検索してみた(2016/6/2に大阪市内で検索)。結果は、youtubeで「神戸市」は約261,000件、「福岡市」は約461,000件、Google(動画)で「神戸市」は約290,000件、「福岡市」は約552,000件であった。内容は精査していないし、テレビ環境との因果関係は定かではないが、この2倍近い差は映像情報格差を示す一つの数字ではないだろうか。
人口減に直面し、神戸市は「神戸2020ビジョン」を策定し、スローガンとして「若者に選ばれるまち」を掲げている。今の若者は特に「映像」で情報を得る傾向が高いことを考えれば、現メディア環境を見直すことは急務であろう。
テレビのフロンティアは地域情報
なんだか神戸市民の恨みごとのような文章を並べてしまったが、「『公共の電波』を使っているのだから在阪局はエリアの2府4県を公平に取り上げるべきだ」などと批判の声を上げる気はない。そんな段階はもはや終わっている。発想を変えれば、むしろ既存のテレビ局にはチャンスではないか。神戸にも神戸以外の兵庫県にも、京都にも滋賀にも奈良にも和歌山にも、まだ映像化されていない情報が山ほどあるのだ。アナログ地上波1チャンネルの時代ではない。地デジでは最大3チャンネル流せるし、IPに載せれば出口はいくらでも増やせる。過去60年間培った質の高い映像を作る力、熾烈な視聴率競争を続けながら養った「チャンネルを変えられない」番組制作力で、未開拓の地域情報を手がけることにこそ「テレビの可能性」はあるのではないか。Netflixには物産展の中継はできないのだから。少なくとも今のところは。