「商品」とは

M.Kimiwada

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君和田 正夫

「新聞社からテレビ局へ移って感じた違いはなんですか」という質問を何度も受けました。社長になって最初の印象は「自社製品をすべて見ようとしてもできない。こんな珍しい仕事はそう多くないだろう」ということでした。そう答えると、質問された方はたいてい怪訝な顔をされましたが、この第一印象はずっと尾を引きました。おかげで「新聞とテレビの違い」から始まって「メディア企業と一般企業の違い」まで考えさせられました。

 

「商品」とは

「商品」とは

 

 もちろんその後、さまざまな新聞との違いを経験したり、実感したりすることになりました。文字と動画の違いはもちろんですが、例えば業法の有無があります。テレビ局には放送法があり、「意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること」という第4条が有名です。テレビ局が社説を持たない根拠にもなっています。これに対応する法律は新聞にはありません。「いや、日刊新聞法があるよ」という反論が出るかと思いますが、この法律の正式の名称は「日刊新聞紙の発行を目的とする株式会社の株式の譲渡の制限等に関する法律」という長ったらしい名前の法律です。文字通り変な人間に新聞が乗っ取られないように株式の譲渡を制限できる法律で、会社法の特別法という位置づけです。

 上場・非上場の違いについても後日、触れてみたいと思いますが、まずは自社の商品を見られない、ということについて。

 新聞社時代は朝・毎・読・日経の4紙、または5紙を基本に購読していました。朝、自分の会社である朝日新聞を読みます。他紙は朝日に載っていない記事があるかないかが中心です。すべて克明に読むと、1紙だけで2~3時間かかってしまいますので、ざっと読むというより、目を通す、という方がいいでしょう。ということで、曲がりなりにも、全紙に目を通した、という気分になれます。

 ところがテレビの場合は、その気分に全くなれません。当たり前と言えば当たり前なのですが、寝ている間も番組は流れています。通勤時間帯、会議中、食事中、いつも流れています。

 毎朝、会社では前日の視聴率表が配られます。「おっ、このドラマ20%を超えたか」と喜んでみるものの、前夜は飲み会で見ていなかった、ということが日常的でした。お客さんに「あの番組よかった」と言われて、あわててビデオを見たこともありました。

 「自社製品を見られない珍しい仕事」と書いたのは、新聞と比べた場合より、一般企業と比べた方がさらに分かりやすいと思います。例えば自動車メーカーを例にして考えると、自動車メーカーの経営陣は、自社の製品を全部見ることができるし、運転することもできるでしょう。場合によってはライバル会社の車を試運転することもできるでしょう。食品会社の経営陣は食品の試食をすることによって自社製品を味わうことができます。

 なぜそれができるか、一般商品は規格化が可能だからと考えます。商品は普通、技術上・法律上、安全上などの問題をクリアしたり、マーケットリサーチをしたりして生産に入ります。しかしテレビ・新聞を中心にしたメディアに「規格化」ほどなじまないものはないでしょう。番組や記事はどれ一つとして同じものはありません。似ていてもどこか違っています。

 規格化と根っこは同じで、もうひとつ一般企業の商品・製品と異なる、と感じたことがあります。

 テレビ局には放送法で定められた「番組審議会」があります。外部の方々に番組への意見、提言などを述べていただき、番組の質向上を図るものです。「3・11」に関連する報道について、番組審議会で出た意見が忘れられません。正確な発言内容は手元にありませんが、私なりに理解した内容は次のようなものでした。

 「メーカーだったら、発売した製品のあそこが悪かった、ここを改善すべきだった、と発売直後から言うことはない」

 そうでしょう。規格がしっかり定められているのです。とりわけ生命や健康にかかわるような業界では、企業の存廃に関わりかねません。これに対し、番組では「あのデータを入れておけばよかった」とか「こちら側の発言も入れるべきだった」といった反省は日常的に行われています。この点は新聞や雑誌も同じで、その反省をすることが、また逆にメディアの「良心」と評価されることも多くあります。ただ「良心」と言うべき部分の裏に、反省をどう生かすか、という経営上の問題が潜んでいることを忘れてはいけないと思います。

 経営上の課題の一つとして、永年積み重ねられてきた失敗や成功の体験をマニュアル化して、その体験を生かす方法が取られています。社内に何重かのチェック機能や「手引書」があります。それでも問題はおきます。

 もうひとつが本当の経営上の問題です。質量とも十分な人材が確保されているか、いないために起きたとすればどうするか。いまどき人を増やす経営者は馬鹿と言われかねません。人材は永遠の課題です。

 手前みそですが、この難問に少しでも風穴を開け、「メディアのすそ野を広げたい」というのが、当塾の願いです。