西野 由季子
Japan Expoというお祭り
毎年7月第一週目の週末にパリで開催されるJapan Expoは今年で16年目に突入する。すでにマスコミでもお馴染みのフランスにニッポンを売り込むお祭りだ。本来は日本の商材をはじめ、伝統、文化、技術の展示会であるが、一番の賑わいを見せているのはゲーム・アニメ・マンガのコンテンツ群。
COOL JAPANのもっともHOTなジャンルだ。
私は電子書籍の編集者をしており、昨年から日本のインディーズマンガを電子書籍でフランスにて販売する、という事業を開始した。
実を言うと、これがなかなか難しい。日本での調査や予測が裏目に出る。フランスの出版市場は27億ユーロ、そのうち電子書籍のシェアは3.1%。フランスの人口は日本の半分。書店の数は1/5。しかし、出版点数は日本とほぼ同じ。1人あたりの読書数のポテンシャルは高いと推定できた。実際、「フランス人は本を愛する国民性」と仏メディアは枕詞に使うほど自負がある。書店数の少なさも、通信販売や電子書籍の購入に好都合の背景であるはずだ。
しかし、結果が出ない。何がいけないのか。何をすればいいのか。
手がかりがあるに違いないと、2014年7月2日、羽田からとにかくJapan Expoにすっ飛んでいった。
Japan Expo2014は、15回目の開催を記念して5日間に開催を延長して行われた。近年の来場者は20~23万人。20~30代の男性がメインの来場者だ。平日だというのに、会場は午後には結構な混み具合になり、歩きにくい。土日となると家族連れもどっと繰り出し、ラッシュアワーのように人が入り乱れる。
会場は東京ビッグサイトほどの大きさであろうか、左手にゲームのブース、右手にアニメ・マンガのブースと分かれていた。
一見して、ゲームブースのほうが派手で盛り上がっている。新作の先行デモンストレーションを巨大スクリーン上で展開する各社ブースでは、何のゲームをしているのか見えないほどの人垣でワァワァと歓声に包まれる。
一方のマンガブース。そもそも展示物が原画やフィギュアと静的であることは否めないが、あちこちでお気に入りのキャラのコスプレをしたファンが、楽しそうに練り歩いている。
そして、大手出版社の販売ブースになると、ここぞとばかりに買い物をする大勢のマンガファンで溢れ、すごい勢いでクレジットカードやユーロ札が飛び交っている。
特に10周年を迎えた独立系出版社(フランスのマンガ出版社の多くは大手出版グループのコングロマリットである)の「キューン」社の活気は一際目立った。キューンは青年マンガをメインとする、目利きの出版社。ジャンプ・マガジン系の「Action & Adventure」という少年マンガに飽きたファンの受け皿となっていると思われる。
少規模出版社ゆえに、陳列点数に制限のある書店の棚割りから外れることも多く、近場の書店で入手できないファンが、EXPOに来て買い込んでいるという背景があるようだ。
とはいえ、フランスのマンガ人気の不動の1番手は大手出版社が刊行する「ONE PIECE」次に「NARUTO」。この10年不動のツートップだ。
タイトルの人気は、まずアニメ放送から始まり、次にその原作のマンガへと広がっていくという流れがある。1980年代、日本のアニメがフランスのテレビでおびただしいタイトル数を放送してきた時代から変わらない。
2000年以降、地上波から有料チャンネルへアニメ放送は移動していったが、アニメ放送の有無はマンガのメガヒットと密接に関係している。
Japan Expoでも「ONE PIECE」のコスプレに最も遭遇した。そして、さすがのマンガファン、さすがの日本オタク、登場人物のマントに書かれた「正義」の文字はさながら日本で見る漢字そのもので、少しのレタリングの狂いもない見事なものばかりだったのは、フランスにおける日本文化の深度を端的に表しているのではないだろうか。
漢字だけではない。「マンガで見るものを食べてみたい」そんな人もいる。20ユーロもする「BENTO」、1個4ユーロの「ONIGIRI」にも長蛇の列ができている。年に一度の大イベントだ。財布の紐も緩むのだろう、EXPOで見た一番長い列の先にあったのはATMディスペンサーだった。
「フランス」だから、電子書籍が売れない?
ここで見る限り、マンガ市場は元気がいい。紙版より3割ほど安価な電子版はお金を持たない若年層にうってつけのはずだ。
そう思っていた。しかし、電子書籍となるとまったく売れない。とくにAmazonは厳しい。これは私が出版した電書マンガに限ったことではなく、「ONE PIECE」や「NARUTO」でも電書版は売れていないのだ。14年11月に来日した「NARUTO」をはじめ主要なメジャータイトルを擁するKANA社のクリステル編集長は、紙版のマンガに対して電書版の売上は3%止まりだと語った。KANA社で実施したアンケートでもKindleでの閲覧は無きに等しいという結果だったそうだ。
ああ、やっぱり。フランスとAmazonは本当に上手く行っていないのだ。
フランスが通称「反アマゾン法」を施行したのは2014年7月。本の無料配送で顧客を引き抜いていくAmazonの商法と、それに追随するネット書店から、国内の書店を守るのが目的だ。もともとフランスの本の流通は日本の出版界の再販制度と似ていて、出版社が決めた価格は、どこの書店へ行っても安売りされずに保たれる。例外として5%の割引が認められていた(1981年当時の文化相ジャック・ラング=Jack Langの名前をとったLang法は、書籍を5%以上割り引いてはいけないと規定している)。電子書籍の価格もどの出版社でも同じ(例えば、Amazonではどの出版社もマンガ1冊4.99ユーロ)。非常に業界の団体意識が強く、Amazonへの対抗心は強烈なものだった。この法律によってAmazonは「送料無料」と5%割引いう大きな武器を封じられた。
しかし、Amazonはしたたかだ。「書籍を含む配送1回につき0.01ユーロ(1.4円)の送料」で法律の壁をいとも容易く乗り越えてきた。
フランスの小売業界にとってAmazonはどのように脅威なのだろうか。
ヨーロッパ第3位、世界でも第6位の経済規模であるフランスのeコマース。市場は年々拡大、インターネット人口の約8割がネット通販の利用者といわれている。そして、その1位はAmazonである。フランス大手国内チェーンのfnac(フナック)は3位、そして5位のプライスミニスターは楽天が買収した(ランキングは2013年Fevad 「2013年主要指標」。2013年1-3月の来訪者のべ人数)。Amazonはまさしく既存企業を脅かす存在になっている。
それもそうであろう。フランスの若者はAmazonが大好きなのだ。
「日用品を買う、小さな買い物もAmazonで済ませている」「すぐに届く」「決済も簡単」。購買意欲旺盛な30代男性たちはこう答えた。
国内の通販fnacなどは? 「欲しい商品がない」「サイトが使いづらい」。
何人かに聞いてみて、やっとAmazonを利用していない人を見つけた。「ネットショッピングはfnacで。だって実店舗があって信用できるし、前から通って慣れているから。でもAmazonのデリバリーの早さは一度体験してみたいね」。そう50代の男性は語った。
付け加えると、彼らはAppleも大好きだ。フランスでタブレットといえば、みなiPadしか思い浮かべない。電子書籍を読むのもiPadかPC。フランスが法律で守ってまで売上を期待しているfnacは電子書籍分野を楽天koboと提携しているため、AmazonやiBooks storeと同じ電子書籍が並んでいる。その上、fnacはKindleに対抗して専用端末「kobo by fnac」まで作ったが、Kindleもkobo by fnacもiPadの前では何の存在感もない状態だ。
ではAppleの電子書籍ストアiBooks storeはどうだろうか? Amazonに並ぶ主要プラットフォームだ。「Amazonがダメなら Appleがあるじゃない!」そう気を取り直した矢先、Appleはフランスを含むヨーロッパ数か国で、電子書籍についての購入ポリシーを2015年1月末に変更した。
「購入2週間以内であれば、返品は全額返金する」。
読み終わったら、返金すればいい。繰り返せばいつでもダタで電子書籍が読み放題。マンガなんか格好の餌食だ。現に、私の仲間は、ポリシー変更後に急にヨーロッパのみで何冊もコミックの返品が来はじめていると語っている。
苦戦していると噂されるiBooks Storeへユーザーを取り込むための施策だろうが、出版社にとっては死活問題だ。
そして何よりも懸念するのは「フリーコンテンツにのみ反応する読者」を更に量産してしまうことだ。「優良なコンテンツは対価を支払わないと得られない」ということが、いい作品を世に送り出す土壌であると日々活動している私は絶望すら覚えた。
こんなフランスで、電子書籍は本当に売れるのだろうか?
電子書籍は根付くのか?
フランスは自国の文化と伝統を愛してやまない国民性として知られている。そして本を大切に扱う習慣がある。バンドデシネというフルカラーの美しいビジュアル本の蔵書の伝統があるから、連載ものの読み捨てマンガ誌は廃れて無くなってしまった。そのフランスが飲み込まれまいと対抗しているアメリカ企業のパワフルなグローバル化。その軋轢は、Amazonから本や電子書籍を購入することを国策として阻み、Appleでは電子書籍の著者や出版社にマネタイズの機会を奪う結果となった。
翻って日本を見てみると、日本における電子書籍普及の牽引役は間違いなくマンガだ。シリーズ化したパッケージ商品という特性が、消費者の電書デビューの敷居を低くし、リピート購入をマストにさせる。スマートフォンに最適化させたLINEマンガやcomicoなどのスキマ時間を埋めるアプリが充実しているため「電子マンガ慣れ」していることもある。日本のマンガ・アニメ文化を逐一追従してきたフランスでは、この現象は起こっていない。スマートフォンで電子化された本を読むという習慣がそもそもないことも、若者が「マンガは電書で。そして電子書籍の世界へ」とならない一因であろう。
では、フランスは、電子書籍がまったく浸透していないかといえば、そうではない。例えばeコマース全体の売上でみると、2012年、わずか2%であった電子書籍の購買率は2014年は26%に達している(Statics調べ)。では何を読んでいるのかと言えば、約8割が文芸書と実用書で占められている。マンガは8%だ(Jetro調べ)。
電子書籍の購入が増えていけば、相対的に電書マンガの購買数も上がるはずだ。だが、フランスの出版関係者ですら、その期待に消極的である人も少なくない。なぜなら、彼らもなぜ電子書籍のマンガが日本のように爆発的に売れないのか、原因も対策もわかっていないからだ。
専門家でも売り方がわからない電子書籍。渡仏の際に、マンガ読者たちのナマの声を聞いてきた。データでは出てこないソースだ。そこにヒントがあったように思う。
「日本で売れているものを、とにかく読みたい」
「マンガを読む時には、詳しい人からおもしろい作品をおすすめしてもらっている」
「電子版を読むことに抵抗はない。だって海賊版のwebサイトでよく読んでいるから」
「電子版でおもしろかったら紙版もたぶん買う」
「好きなマンガは手元に置いておきたい」
フランスのマンガファンは子どもから大人までと幅広い。子どもはむしろアニメファンである割合のほうが多いので、コア読者はハイティーンから30代。とくに30代は1980〜2000年代の、日本アニメの絨毯爆撃ともいえるシャワーで育っているので、日本コンテンツへの理解と愛着は日本人と変わらないほどだ。その世代は今、働き盛りで可処分所得も多い層でもある。彼らは電子書籍マンガの一番の潜在顧客である。
さらに誤解を恐れず言うと、フランス人の傾向として、「知的階級」「中流以上の家庭環境」に読書習慣がある。「知的階級」は電子書籍市場の8割である文芸書と実用書を購入している経済的にも恵まれた子弟だ。もちろん重複もするが、「中流以上の家庭環境」という層は、経済的、教育的に上位に近い水準の家庭に育った人たちである(参考:フランスの短大を含む大学進学率は58.3%、日本は61.5%。GLOBAL NOTEより)。
マンガが好きで、読書を習慣にしている人を見ると、「オタク」の域に達した人が多いのが特徴的だ。この人達こそが、「電子書籍で、もっと知らないマンガを、お金を出して、読みたい」という背景を持っているのではないかと推察している。
今、日本で売れているマンガは、ほとんどが翻訳されて売られている。しかし、「日本で売れているのに、まったくフランスに行ってないマンガ」がある。同人誌を中心にしたインディーズマンガだ。日本で700億円といわれる同人誌市場を、フランスはまだ知らないのだ。
今の同人誌のレベルはとても高い。商業誌での連載経験を持つ人もゴロゴロいるので、画力の高さは、フランスに輸出されている作品レベルと遜色ない作品も多いのだ。
また、フランスでの日本マンガは、基本的に雑誌連載されたものをまとめた単行本で、連載に最適化したテンポと構成になっている。
それに対して、同人誌は枚数や制作時間の制限がゆるやかなので、商業誌ではできない表現が可能だ。時間をかけた描き込み、スケール感のあるコマ割り、ダイナミックな見開き、人気取り優先で方針転換していかない一本筋の通ったテーマ。
そうした優れた読み応えがあるのは、インディーズマンガならではの面白さだ。だから私は、「フランスのマンガオタクたちに作品を届けねば!」と奔走しないわけにはいかないのだ。
「ONE PIECE」ほどのメガコンテンツでさえ売れないという冷えた電子書籍マーケットの中で戦うための、ひとつのヒントが「おもしろいマンガは人にオススメしてもらう」だ。つまり「リコメンド機能」がマンガを発見する重要な動機なのだ。
フランスではお気に入りの書店に通い、客の趣味趣向を熟知した店員が、客に「君の好きそうな本」をオススメすることが多いとも聞いた。これを電子書籍の販売戦略に取り込めないだろうか? ソーシャルリーティングに繋げられないだろうか?
まだ見ぬファンたちへのアプローチ方法に特効薬は思い浮かばないが、「読者とのつながり」を中心としたプロモーション展開を日々考えている。
電子書籍の売り方は、日本でも難しいものだ。しかし、「読みたい本を手軽に入手し、紙でも電子でも、TPOに応じて好きなように読みたい」という読書行動は今後、世界的になっていくであろう。
フランスに向けて、今あれこれとトライ&エラーを繰り返しながら、3年後には「日本のおもしろい同人誌もフランスで手軽に読める」「日本のインディーズは国境を越えるコンテンツである」が当たり前になる日を夢見ている。
そして思うのである。「フランスのオタクどもよ、待ってろよ!」と。
(図「日本とフランスの比較」データ参照)
1) International Publishers Association
2) みずほ銀行産業調査部
3) 公益社団法人全国出版協会
4) Le Motif