志村一隆
沖縄国際映画祭で桃井かおり監督・主演の「火 Hee」を見た。これはとても深い映画だ。主人公の女性はオトコを家に連れ込む母親を見ながら育った。その後アメリカに渡り売春で生計を立てているが、あるとき自分の客に娘を差し出してしまう。そして、その時客と娘がいた家に「火」を放ち二人とも燃やす。
彼女は放火殺人で捕まり精神科医に延々と自分の人生を語り続ける。それをアップで捉え続けるカメラ。観客はスクリーンいっぱいの主人公と対峙し彼女の人生を聞かされる。
映画終了後の舞台挨拶で桃井かおりさんが「精神科医の役者が無表情な人で困った(笑)」と言っていた。自分も不思議だなぁと思っていた。桃井さんの凄いところは、そこで「普通の人って、誰も話を聞いてくれないんだ」ってことに気づいた点だろう。
「女優のような職業をしてると、インタビューも多いし周りの人がいつも自分の話を聞いてくれている。でも普通は、自分の話を聞いてくれることは滅多にないってことに気づいた」
母親、客、娘、誰も主人公の女性の話を聞いてくれなかった。「話を聞くのが私の職業ですよ」と言う精神科医も聞いてない。彼は女性の話をカメラで撮影している。ついに女性は精神科医でなくカメラに向かって話し始めたりする。カメラに表情はない。そしてカメラの向こうにいる精神科医も表情がない。
小説では女性の孤独感を「火」で表現している。血を見る殺しではなく、全てを消してしまう火を使うところに深い孤独感が表現される。それを桃井さんの映画では「カメラ」を使って表現していた。
「映画や演劇は役者と観客が同じ熱量を持ってないと成り立たない」と言っていたが、そんなところも桃井さんの伝えたかったところだろうか。最後、女性は感極まったか涙を流してしまう。その涙は、彼女の絶望の火を消化するのだろうか。
(オマケ)
- 精神科医は家族団欒のシーンでさえ、全面音楽がかかっていて何を話しているかわからない。
- 「火 Hee」は2016年夏公開予定。
- ちょうど沖縄では親戚が集まってお墓参りする「シーミー(清明祭)」の時期だった。また「洗骨」という風習もあるらしい。土葬して白骨化した骨を洗って壺に入れるという。魂は戻ってくる。先祖は自分たちを守ってくれるという考えと「火 Hee」の孤独感とのギャップがすごかった。
- 映画祭では鉄拳さんと法務省保護局がコラボして「社会を明るくしよう運動」のパラパラ漫画上映会もあった。全国には保護司が48,000人もいて、ボランティアで少年の更生を手伝っている。保護司の方が、罪を犯した少年が鑑別所に入るときに「待ってるよ」と一言かける。それで少しは救われるという。「火 Hee」の女性はそうした一言でも欲しかったのだろう。
- 独立メディア塾「コラム」関口宏さんのBS-TBS「人生の詩」に桃井かおりさんが出演されていた。オススメ。