目まぐるしく動く欧米メディア界 ―紙が消える、タブレット版好調、次は何か

G. Kobayashi

G. Kobayashi

小林恭子(在英ジャーナリスト)

 新聞はいつか、消えてゆくのではないかー?一種の悲壮感を持って、そんな声がささやかれてきた。

 それが英国でいよいよ現実化したと思わせたのが、今年3月だ。主要高級紙の1つ「インディペンデント」(1986年創刊)が、月内で紙版の印刷を止め、電子版オンリーになると発表したからだ。新聞界のニュースサイト「プレス・ガゼット」によると、過去10年間に約300の地方紙が廃刊となったそうだから、全国紙インディペンデントの紙版廃止はその流れの一環だった。

 それでも、全国紙の紙版廃止は衝撃度が大きい。英国では店頭で新聞を買う人が多く、昨日まで棚に並んでいたインディペンデントが姿を消したことで喪失感があった。

ベルギーのテロの様子を1面に出した「インディペンデント」(左)と「i(アイ)」

ベルギーのテロの様子を1面に出した「インディペンデント」(左)と「i(アイ)」

 その後を追うように「消えた」のが2月末に創刊したばかりの「ニュー・デー」だ。

 ニュー・デーは、インディペンデントの簡易版で人気の新聞「i(アイ)」の路線を狙ったもの。デジタルでニュースを読む人が増え、紙の新聞はどこも窮地にあるが、唯一の例外がアイ。インディペンデント本紙の記事を簡潔にし、レイアウトを大幅に変えた新聞で、価格が本紙の4分の1ほど。「20分で読める」をうたい文句としている。

 ニュー・デーもアイと同様に小型タブロイド判で、短時間で読める新聞だった。「政治的に中立」、「明るいニュースを前向きに伝える」をモットーに、アイよりは10ペンス高い50ペンスで販売した。しかし、政治姿勢を明確にするのが特徴である英新聞界で十分な存在感を発揮できず、販売部数が採算ラインに届くことができなかった。5月上旬、廃刊となった。

「アイ」の2-3面は「ニュース・マトリックス」と題され、紙面全体の構成を見渡せる

「アイ」の2-3面は「ニュース・マトリックス」と題され、紙面全体の構成を見渡せる

 インディペンデントは店頭から消えたものの、アイは相変わらず好調だ。本紙が電子版のみに移行すると同時に、アイは地方出版社ジョンストン・プレスに売却され、今でも発行が続いている。

 興味深いのは、電子版のみになったインディペンデントやアイのその後だ。アイの方はインディペンデントの読者が流れ込んだのか、4月の発行部数は前年比5%増の約28万部となった。インディペンデントも有料購読者が増え、創刊以来、初めて黒字化したという(プレス・ガゼット、5月9日付)。紙版廃止に伴って人員削減を行い、これまでのように印刷や配送のコストがなくなったことが功を奏したようだ。インディペンデントはウェブサイト上で記事を無料で出しているが、有料購読者(月に12.99ポンド=約1950円)になると、タブレット上で紙版を読むようなレイアウトで閲読できる。

 

タブレットに絞るカナダの「ラ・プレス」

 

 新聞デザインの大家として知られる米国人マリオ・ガルシア氏が「世界で最高のタブレット版新聞」と誉めたのが、カナダ東部ケベック州(フランス語圏)の「ラ・プレス」紙(創刊1884年)のタブレット版(「ラ・プレス・プラス」)だ。

「ラ・プレス・プラス」のダウンロード紹介画面

「ラ・プレス・プラス」のダウンロード紹介画面

 紙の新聞の購読者が激減する現状を前にして、同紙の出版人・社長のギー・クレビエ氏がタブロイド版の開発を決定。約4000万カナダドル(現在のレートで約33億円)を投入して、2013年からサービスを開始した。購読料は無料だ。「ネットでニュースを無料で閲読する傾向はこれからも変わらない」と社長が判断したためだ。

 アプリをインストールしてみると、色使い、複数の画面のコラージュ、動画や音声の組み合わせなど、舌を巻くようなデザインになっている。ある歌手の記事を閲読しながら、音声を聴き、クリックすると楽曲を買えるようにする仕組みもある。

WAN-IFRAのウェブサイトで「ラ・プレス・プラス」の成功例を話すクレビス社長の記事

WAN-IFRAのウェブサイトで「ラ・プレス・プラス」の成功例を話すクレビエ社長の記事

 広告収入で成り立つタブレット版を出しながら、紙版は広告収入および購読料が収入源という2本立てをラ・プレスは続けてきた。

 しかし、今年1月から、土曜日に発行される週末版をのぞき、平日版の新聞を停止してしまった。ここでも「紙が消えた」のである。クレビエ社長によると、停止後から5月までに、「ラ・プレス・プラス」の読者が30%増加したという(世界新聞・ニュース発行者協会=WAN-IFRA=ウェブサイト、5月27日付)。平均訪問者は毎日約26万人。平日は平均40分、土曜は60分、日曜は50分滞在するという。広告収入の82%以上がデジタル(タブレット、モバイル、デスクトップ)から生じている。同社はタブレット上でどんな広告がどのような読者の行動を促すかについて、タブレット版開始前に相当の調査を重ねており、こうした努力が実を結んでいるのだろう。紙版は消えても、新たな道を切り開くことができるーインディペンデントやラ・プレス・プラスはそんな実例だった。

 しかし、紙版の経営の苦しさはどの著名新聞でも変わらない。

 デジタル化を率先してきた英ガーディアンは部数の下落が続き、今春以降250人程度の人員を削減中だ。約1300人のスタッフを抱える米大手ニューヨーク・タイムズは200人程度の削減予定と報じられ、タイムズ側は「噂だけだ」としたものの、パリにある印刷所と支局を大幅縮小することを認めている。

 米ボストン・グローブ紙はカトリック教会の児童虐待スキャンダル隠しを暴いた。その報道が「スポットライト」という映画になり世界中から称賛されたが、ここも人員削減の波に揺れている。

 

次を担うメディアはどれか?

 

 6月上旬、「明日のニュース」と題されるイベントに足を運んでみた。短い動画ニュースを配信する米「Now This」のエイサン・ステファノパウロス社長が登壇者の一人だった。

 新聞社は自社サイトに来てもらうことで収入を得ようとするが、Now Thisは自社ウェブサイトを持たない。動画はソーシャルメディアを含むマルチプラットフォームに配信され、プラットフォーム内で視聴される。3年前に創業したばかりだが、すでに月間160億の動画ビューを記録している。「スピード感を大切にしたい。動画に『いいね!』が一つでも付くと、責任を感じる。読者に気に入ってもらえるような動画を出さなければ、とー」。社長の言葉が新聞メディアの編集責任者の声にだぶった。