「バリアフリー」という言葉を一人歩きさせないために。障害当事者からの提言。

Y. Hori

Y. Hori

堀 雄太

 「バリアフリー」という言葉を一人歩きさせないために。障害当事者からの提言。

 「バリアフリー」という言葉を耳にしたことがない方は、おそらくいないのではないかというほどに、日本でも定着しつつあります。しかし、その一方で、「バリアフリーとは何ですか?」という問いに対して、正確に答えられる人も少ないのではないでしょうか。答えられたとしても、「車椅子の通行をしやすくするためのスロープ」などの回答が大半だと推測できます。かく言う私も、以前までは明確に答えられませんでしたし、今でもあやしいものです。ただ、私の場合、始末が悪いのは、私自身「障害者」であり、「被バリアフリー」の当事者だからです。

 言葉自体は定着・浸透しつつありますが、その意味や在り方について深く考えられていないのが、現在日本の「バリアフリー」なのではないでしょうか。私自身の反省の意味を込めながら、「バリアフリー」について考えていきたいと思います。

 

 

そもそもバリアフリーとはなんなのか?

 

 言葉の定義として、内閣府の障害者基本計画の中に、次の一文があります。

社会のバリアフリー化の推進
 障害の有無にかかわらず、国民誰もがその能力を最大限発揮しながら、安全に安心して生活できるよう、建物、移動、情報、制度、慣行、心理などソフト、ハード両面にわたる社会のバリアフリー化を強力に推進する。
 また、ユニバーサルデザインの観点から、すべての人にとって生活しやすいまちづくり、ものづくりを推進する。
 社会全体でのバリアフリー化を推進する観点から、企業、市民団体等の取組を積極的に支援する。
(下線筆者)

 およその言葉の定義は掴めるのではないでしょうか。そして、今、「バリアフリー化」に
向けて政府一丸となって急ピッチで政策が進められています。

 

バリアフリーが推進される理由

 

 急ピッチで進められる背景として、ひとつは、2020年の東京パラリンピックの開催、そしてもうひとつは、2020年までに(海外からの)「訪日観光客数2,000万人計画」があります。

 東京でパラリンピックが開催されることで、日本国内はもちろん、世界各国から障害を持った方が東京(日本)に集まってきます。さらに、選手やチーム関係者、および付き添いの方がおよそ2週間程度の開催期間を過ごすための施設や交通網の整備(バリアフリー)が必要になってきます。

 さらに、「訪日観光客数2,000万人計画」という壮大な計画があります。日本政府観光局(JNTO)の調査によると、訪日観光客数は2013年では1,036万4千人、2014年では1,341万4千人なので、2020年までにその数はおよそ2倍になる試算です。今後、世界各国からの観光客が飛躍的に増えていくこと想定される中、必然的に障害者観光客も増えることでしょう。さらに、観光誘致については東京一極集中ではなく、日本全国が対象となり、各自治体のPR活動が進められています。つまり、徐々にではあるとしても、日本全国でのバリアフリー化というものが、必須の状態にあるわけです。

 また、2013年に障害雇用率の引き上げに関する法改正があり、現在日本在住している障害者の社会進出が進んでいることもバリアフリー推進の大きな要因です。パラリンピックや観光を外的要因とすれば、雇用推進は内的要因と言えます。

 そうした様々な状況が後押しをする中で、以下の資料に示されるように着々と社会の至る所でバリアフリー設置が増え、更なる増加計画が立てられているのです。

 

国土交通省データ

国土交通省 バリアフリー施策の現状(整備目標の達成状況)

出典:国土交通省「バリアフリーの現状」(詳しくはリンク先をご覧ください)

 

 

本当にバリアフリーは進んでいるのか?

 

 「日本国内でバリアフリーを推進していこう」という機運が進む一方で、冒頭でも書いたように、「じゃあ、バリアフリーとは何か?」という問いに対して、答えに窮する状況であるのが今の日本社会です。

 「バリアフリー」は本当に進んでいるのか?と感じてしまう、象徴的なニュースをご紹介します。

 

カナロコ 2014年8月29日(神奈川新聞NEWS&COMMUNITY)

カナロコ 2014年8月29日(神奈川新聞NEWS&COMMUNITY)

出典:カナロコ 2014年8月29日(神奈川新聞NEWS&COMMUNITY)

 

 少し長くなりますが、冒頭(問題の要約)部分を引用します。

 横浜市で今年(2014年)に入り、地域活動視線センターなど小規模障害者施設の新設、移転が軒並みストップしている。「福祉のまちづくり条例」のバリアフリー基準を満たす新築や賃貸物件の確保が難しいためだ。障害者団体は「バリアフリーのために施設が造れなくなるのは本末転倒」と困惑。条例の対象施設を現行の全施設から、県条例と同じ床面積500平方メートル以上に緩和してほしいと訴え、署名活動を始めた。市も障害者団体も福祉の進展を目指していることに変わりないが、厳しいジレンマに直面している。
 バリアフリー法は、不特定多数や主として高齢者や障害者が利用する建築物などを新築、増築、改築、用途変更する際には通路や駐車場、出入り口、廊下、階段、傾斜路、エレベーター、車いす用トイレなどの項目について細かくバリアフリー基準を義務付けている。対象は2千平方メートル以上だ。
 各自治体は条例で基準の上乗せを行っているが、県が対象面積を500平方メートル以上としたのに対し、福祉の先進自治体を自認する横浜市は0平方メートル以上、つまり全施設とした。2012年度には関連条例を「福祉のまちづくり条例」に一本化し周知を図ってきた。
 そこで問題が生じたのが、地域活動支援センター(旧地域作業所)など市内に約400ヵ所ある日中活動系の小規模障害者施設だ。条例の一本化後、「指導が強化されたと感じる。そのため、新設、移転の見通しが立たなくなった」とし障害者地域作業所連絡会(市作連)全会長の佐藤文明さんは語る。市作連が5月、加盟団体を調査したところ、新設予定7件のすべてが土地探しを含め難航し、移転予定10件も難航か困難を予想していたという。このため、市作連、市精神障害者地域生活支援連合会(市精連)などの市内の障害者団体5団体は26日、対象床面積を500平方メートル以上に緩和するよう求める署名運動を行うことを決めた。(後略)

 要点を抜粋すると、バリアフリー設備が施された障害者施設をつくることが義務づけられる中、基準を満たすための資金などが間に合わず、結局、施設をつくることが出来ずに、いつまで経っても障害者福祉が進んでいかない、という法制度(条例)と現場の矛盾が発生しているわけです。

 今回は、一例を挙げるに止めておきますが、実際問題として、バリアフリー施行側と現場の声とのミスマッチは数多くあります。

 私自身も右足義足ですが、見た目ではほとんどわからないので、トラブルを避けるために混雑時の電車では、優先席にはなるべく座らないようにしています。また、両足義足である友人の話によると、車椅子用のスロープは、上っていくのに膝を曲げる必要があって、義足の人間にとっては階段よりむしろ上りにくい、のだそうです。他にも、視覚障害者向けに地面に設置されている点字ブロックですが、あれは、車椅子ユーザーにとってみては、道が凸凹することになり大変危なかったりします。一方で良かれと思ったバリアフリーでも、もう一方では難儀の元になったりするのです。

 余談になりますが、障害者雇用を推進するための会社を立ち上げた社会起業家(健常者)の自宅兼オフィスが、駅より徒歩15分程でわかりづらい道のり。さらに、その建物は段差が多く、一般的に考えられるバリアフリー「車椅子のためのスロープ」さえ設置されていない、という障害者にとって優しい要素が一つもないという状況でした。結局、障害者事業に携わる当事者でもそのレベルですので、バリアフリーという概念はまだまだ日本には本当の意味では定着しておらず、これからの考えていく分野であると私は考えます。

 

ありきたりだけど、「心のバリアフリー」がとても大事

 

 そういった観点から言うと、内閣府の障害者統計の中にある

 「すべての人にとって生活しやすいまちづくり」
の部分がクリアできなくなってくることになります。政府が声高に「バリアフリー」を叫ぶ中で、実際に使用する人たちがちゃんと恩恵にあずかれていない他、あちらを立てればこちらが立たず、というような状態が放置されてしまっています。この時に重要になるのが、以下の一文だと考えます。またしても障害者統計から引用すると。

 「(前略)ソフト、ハード両面にわたる社会のバリアフリー化を強力に推進する。」

 ハードが制度や実際のモノなどであるとすると、ソフトは「人の心」になります。使い古された表現かもしれませんが、「心のバリアフリー」こそが、実はとても重要なのです。その際、健常者(バリアフリー非対称者)側からの「思いやり」も大事でしょうが、それに期待する(待っている)だけではなく、障害者側(バリアフリー対象者)からの発信も必要です。「自分は、障害があって物理的に〇〇が出来ないから、こういうことをやってほしい、こういうモノがほしい」など、こうした発信も「心のバリアフリー」だと考えます。

 健常者側にも障害者側の声に耳を傾けてもらう必要はありますが、より良いバリアフリー社会を築いていくためには、障害者と健常者が意見を言い合う場の創出が求められてくるのです。もっと言うと、障害者間でも同様です。もちろん、障害者側に対して、「急に発信しろ」というのも乱暴な話かもしれませんが、ゆっくりでも確実に進めていく必要があるわけです。それは、2020年にパラリンピックがあり、観光客が増え。日本が世界から注目されている現状があるからです。

 東京パラリンピックや訪日観光客増加を見越して、バリアフリーについてもっと考えていく必要があると、いわば義務的に書いてしまいましたが、バリアフリーは一過性であってはならないことも述べたいと思います。

 

バリアフリーは継続性(アップデート)こそが重要

 

 ここで私が取材した、視覚障害者の世界を劇的に変えた点図(点字)ソフト開発者・藤野稔寛氏の話を書かせていただきます。

 藤野氏は、内閣府主催「バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者表彰:平成26年度」で、「内閣府特命担当大臣表彰優良賞」を受賞しました。藤野氏の受賞内容は以下の通りです。

 「盲学校教諭として授業を行う傍ら、授業で使う教材を作成するため、図形点訳ソフト『エーデル』を開発し、フリーソフトとして提供。以来20年以上に亘り改良を続けている。『エーデル』は誰もが簡単なパソコン操作で精密な点図を作成し、点字プリンタで大量に印刷することが可能なソフトであり、理数系図書の図やグラフ、地図、絵本の点訳等、全国の盲学校等で普及・利用されている。」
「平成26年度バリアフリー・ユニバーサルデザイン推進功労者表彰式(第13回)受賞者概要」より)なお、個人での同賞受賞は大変珍しくあります。

 藤野氏に、受賞の感想をお聞きしました。

視覚障害者の世界を劇的に変えた点図(点字)ソフト開発者・藤野稔寛氏

視覚障害者の世界を劇的に変えた点図(点字)ソフト開発者・藤野稔寛氏

 「盲学校の先生、点字ボランティアなど多くの方から『ああしてほしい、こうしてほしい』という声に応えていたらこんなに年月(20年以上)が経ってしまったという感じです。だからモチベーションとかやり続けられた理由は自分では分からないですね。元々は、自分の目の前にいる一人の生徒のために、好奇心から、エーデルを開発しただけ。だからソフトも無料ですしね。ただその結果、逆にいろんなところから要望を頂けて、それに対して改良を重ねていったわけです。」

 このお話を聞いた時に、現在のバリアフリー推進において、施設の増加や法制度の充実が為されたとしても、2020年が過ぎた後に、そのまま立ち切れになってしまったら、何の意味もないと感じました。その後に継続していくためにも、障害者や事業に関わる当事者から率先して要望などの声を上げていくことが必要なのです。
 ※藤野さんのインタビュー記事全文はこちら。

 

成長産業であるバリアフリー分野を社会で育てていく

 

 最後に、バリアフリーは今後の発展の可能性が強い分野であることをお伝えします。今回はご紹介できませんが、今、日本ではバリアフリー関連(福祉なども含む)新しいアイデア(モノ、制度など)が続々と生まれてきており、日本の動きは世界からも注目されています。言うなれば、世界をリードする日本の新しいお家芸(産業)になりつつあると私は感じています。繰り返しになりますが、先進的かつ継続的により良いアイデア(モノ、制度など)をつくっていくためには、障害者側からの発信と、耳を傾け一緒に取り組んでいく健常者サイドの取り組みが必要なのです。

(堀雄太氏の寄稿)

  1. 社会の「潤滑油」バリアフリー ~障害者と健常者の共生社会を目指して~(2017年1月)
  2. 障害者と健常者の世界をつなぐ“翻訳”目指す(2014年11月)