松本 健太郎
記憶を外部化するためのデジタル記録媒体が多様なかたちで発達を遂げた今、学問的な知の価値や、学問的なコミュニケーションをめぐる状況は、以前と比べて大きく変化したように思われる。かつて大学受験が「戦争」に例えられた時代、あるいは、学歴が「信仰」になぞらえられた時代においては、詰め込み式教育の所産として、授業や参考書を通じて暗記した内容を、テストの際に正確に活かしうる知性――換言すれば、インプットとアウトプットが限りなくイコールに近づくような知性――が肯定的に評価されていた節がある。しかしながら、そのような機械的な暗記をベースとする能力が、従前どおりの価値を維持するとは考えにくい。
知識伝達型授業の終焉
じっさい、大学のイメージ、あるいは、学問のイメージは、ずいぶんと様変わりしたといえるのではないだろうか。検索エンジンからあらゆる情報を容易に引き出せるようになった現代社会にあって、大学教員の多くはみずからの講義の場で、または演習の場で何をなすべきか、ある種の迷いを抱え込んでいるように思われる――つまり一方通行の知識伝達型の授業は、従来どおりには受け入れられなくなりつつあるのだ。
近年、大学教育の現場では、(心理学者であり、高等教育研究者である溝上慎一の言葉を引用するならば)「知識伝達型講義を聴くという(受動的)学習を乗り越える意味での、あらゆる能動的な学習」として“アクティブラーニング”の重要性が叫ばれ、また、コミュニケーション能力や企画力、課題発見能力や課題解決能力の獲得を指向するPBL(Project-based learning)が推奨されつつある。そのこと自体が逆説的に、そうでもしなければ成り立たない大学教育の危機を浮き彫りにしつつあるようにも思われる(そもそも学生がみな、学問に対して能動的であるとするならば、誰が声高に“アクティブラーニング”を主張する必要があろうか)。
ともあれ学問をめぐる文脈、および大学教育をめぐる状況が大きく変容しつつあるなかで、各大学では近年、さまざまな形態で試行されているのがPBL、すなわちプロジェクト型の学びである。かくいう筆者もその一環として、二松學舍大学で主宰するゼミナールを通じて、地域社会との結びつきを構築するようなイベントを学生たちとともに数多く手がけてきた。
たとえば2014年には沖縄県の瀬底島で「学生映画コンテスト」を開催したり、さらに2016年には岡山県の倉敷市で体感型推理イベント「刑部大輔の事件簿」を開催したり、といった具合である。
大学から一歩踏み出して
そしてその延長で、学生主導によるプロジェクトの成果として2017年5月に刊行されたのが『メディアをつくって社会をデザインする仕事:プロジェクトの種を求めて』(ナカニシヤ出版)である。これは大学で実践するプロジェクトのヒントを、大学から足を踏みだして「社会」に求めることを目標に掲げて企画されたものである。
本書では急速に変容しつつあるメディア社会の「今」を把捉するために、
・バイオテクノロジーに関する研究・開発・出版などを行っている「リバネス」
・中高生向けのオンライン学習塾をしている「アオイゼミ」
・「生き抜く力を、子ども・若者へ」を理念にしている教育NPO「カタリバ」
・被災地復興に取り組む人のための新聞「東北復興新聞」
・ローカル鉄道に触れ地域活性化のノウハウを探る「ローカル鉄道・地域づくり大学」
・沖縄を本拠にするプロバスケットボールチーム「琉球ゴールデンキングス」
といった社会や文化をめぐる既存の枠組みをデザインしなおすようなプロジェクト、あるいは(コミュニケーションやコミュニティを媒介するという意味での)「メディア」を取りあげている。各分野、それも先端的な領域で「メディアをつくって社会をデザインする仕事」に従事する方々に、学生編者たちが事前のリサーチをもとにインタビューをおこなった。記事を編集し、さらに私がエッセイをつけて解説をくわえている。
「大学」と「社会」の関係
学生編者から投げかけられた質問の数々――
「そのプロジェクトを着想するきっかけになった出来事とはなにか」
「そのプロジェクトを構成している要素はなにか」
「そのプロジェクトを遂行するうえで発生した問題とはなにか。また、それをどのように解決したのか」
「そのプロジェクトは、そこにかかわる人々や社会にどのような影響をもたらしたと考えられるか」「そのプロジェクトは、社会においてなにとなにとを繋ぐ、もしくは媒介するといえるのか」
等々は、なんらかのメディアをつくり、それによって社会のあり方をデザインしていくための「文
法」を浮きあがらせているようにも思える。
付言しておくと、本書の目的は自己啓発にあるわけでも、社会事業をめぐるノウハウの集成にあるわけでもない。自分と社会のそれぞれ、あるいは両者の関係性をデザインしなおすきっかけを提供することこそが目的である。むろんこれは数あるPBLの事例のひとつにすぎないわけだが、それでも、本書は「大学」と「社会」との関係、「都市」と「地域」との関係、さらには「研究」と「ビジネス」との関係などを問いなおし、大学教育の「今」にふれるための有意義な視点を数おおく含んでいる。