好きな本を10分間、朝の読書

E.Otsuka

E.Otsuka

朝の読書推進協議会理事長
大塚 笑子

 「朝の読書」を御存じでしょうか。学校の授業が始まる前の10分間、毎朝、本を読むという取り組みです。声を出して読むのではなく、黙読です。生徒だけでなく教師も参加します。みんなが同じ本を読むのではなく、それぞれが前もって選んでおいた好きな本を読むのです。朝のホームルームなどを活用している学校が多いようです。

 この取り組みは、28年前、私が自分の担任するクラスでスタートさせました。日本で初めての試みだったのですが、教師をはじめ生徒みんなでできる簡単な取り組みですので、実施している学校は、全国27,605校に広がりました。内訳は小学校が16,754校、中学校が8,634校、高校が2,217校です。(2月1日現在、朝の読書推進協議会調べ)

 文部科学省は「学びのすすめ」と題する「確かな学力向上のための2002アピール」の中で、指導に当たって5つの方策を明らかにしました。その4項目目に「朝の読書」が明記され、全国の学校に向けて推薦されました。

 

感想文など求めない

 

 「朝の読書」実践の原則は4つあります。極めてシンプルです。

 ・みんなでやる。
 ・毎日やる。
 ・好きな本でよい。(ただし、マンガや雑誌、週刊誌はダメ。これらは黙っていても家庭でたくさん読んでいる)
 ・ただ読むだけ。(感想文や記録のようなものは一切求めない。夏休みの読書感想文とは違う)

 「朝の読書」のねらいは、子供たちが本を読むことの楽しみや喜びを素直に感じることができる機会を作ることです。自由や開放感を味わい、想像力や感性、洞察力や探究心、心の癒しなどを培うことです。そして、生徒と教師が一緒に読書をすることで、共に学び、共に歩んでいきましょう、ということです。毎朝、新たな気持ちで学校生活を始められます。

 

荒れた学級が蘇った

 

 荒れていた学校や学級が「朝の読書」で蘇ったという教育現場の声が、新聞や教育雑誌などに取り上げられています。なぜ「朝の読書」にそんな力があるのでしょうか。その点について考えてみたいと思います。

 ある生徒の話です。漢字が多い本を読めない生徒に、灰谷健次郎の『兎の目』を薦めました。本文にはルビがふってあって読みやすいのです。すると彼女はクラスの後方にある学級文庫に行き、探し始めました。ところが目は本の背を追っているのですが、見つけることができません。私はハッとしました。すぐに彼女のところに行き「いざ読もうと思うと迷っちゃうよね」と言って本を取ってあげました。彼女はタイトルの「兎」という漢字が読めなかったのです。

 しかし、彼女にとって、この本との出会いは幸運でした。本の楽しさを初めて知った彼女は灰谷作品をむさぼるように読んでいきました。自分にも本が読めるという喜びと自信を得たように見えました。

 こんな例もあります。昔は学校で読書をする生徒は、勉強家で、仲間と少し距離がある存在だと思われ、いじめの対象になりがちでした。しかし、クラス全員で「朝の読書」をすることで、休み時間に一人で本を読んでいても誰もなんとも思わなくなりました。それは、読書が特別なものではなくなったからです。なんとも思わないどころか、こんな光景が生まれました。成績不振で、やんちゃな生徒が、読書好きで成績良好な生徒に「何かおもしろい本を教えて」と尋ねたのです。日ごろ友達からあまり声を掛けられなかった生徒は、ぱっと明るい表情になり、笑顔で応え、それがきっかけで仲良くなりました。和やかな輪がクラス全体にまで広がりました。本は生徒同士のコミュニケーションの源、コミュニケーションの輪の泉だと私は思っています。いじめがなくなる理由の一つはここにあります。

 どんな本がオススメですか?とよく尋ねられます。「朝の読書」は、この本を読みなさい、という強制はしません。好きな本を選べることが読書好きになるきっかけになるのですから、強制は厳禁です。参考までに26年度に小学校の「朝の読書」で読まれた本の上位20冊をご紹介します(別表)。中学・高校では『図書館戦争シリーズ』『カゲロウデイズ』『空想科学読本』『謎解きはディナーのあとで』などが共通して読まれています。高校生らしいのは『学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話』という本が上位20位に入っていることでしょうか。

(別表)オープントークに着く表。朝の読書読まれる本20冊

 

 勉強がわからなくてもよいと思っている生徒は一人もいません。みんな勉強ができるようになり、みんなに認められたいと思っているのです。毎日少しずつでも本を読み続けることで漢字が読めるようになり、読解力が身につきます。また、クラスが静かになり、和やかになることによって、スムーズに授業に移行することができ、より集中して取り組めるのです。生徒に落ち着きが出て、学習内容への理解も深まっていくのです。そうすると教師も生徒の変化に気づきやすくなります。これがいじめがなくなる二つ目の大きな要因です。「先生、何読んでるの?」「これ、おもしろいよ」と生徒が本を紹介してくれるようにもなるのです。

 

子供に語り掛ける一冊の本

 

 本は、いろいろなことを与えてくれます。感動があり、楽しみがあり、思考があり、想像があり、夢があり、希望があり、癒しがあります。さまざまなストーリーが持つ力が、個々の生徒の内面を耕していきます。毎朝、静寂に包まれて本の中に身を置き、今風にいえば、「思考のバーチャルリアリティー」を体験するのです。たとえ10分間とはいえ、喧騒の日常生活の中での静かな読書の時間は、安らぎと考える力を子供たちに蘇らせます。

 長年クラス担任をしていると、朝登校する生徒の顔を見ただけで、目を見ただけで生徒の心のありようが手に取るようにわかるようになります。

香川県立高松東高等学校の読書風景

香川県立高松東高等学校の読書風景

 部活動に燃え、早朝練習に励むために颯爽(さっそう)と登校する生徒。志望する大学を目指し学業に燃えている生徒。友達と語らいながら和やかに登校する生徒。家庭の経済的な事情で進路変更も視野に入れなければならない生徒。家庭でのさまざまな問題を抱え、疲れきった重い足取りで登校する生徒。友達と心が通じ合わなくなった生徒。等々、複雑化する社会を生きる子供たちは、みな大なり小なりさまざまな悩みや問題を引きずりながら登校してきます。

 学校での1日が始まる朝に、10分という短い時間ですが、子供たちのそれぞれの思いに1冊の本が優しく語りかけてくれます。どの子にも分け隔てなく語りかけてくれる本。1冊の本が命を救い、生き方を示唆し、乾いた心を潤し、その人の心の支柱になってほしいのです。