君和田 正夫
新年おめでとうございます。「独立メディア塾」は多くの方々のご支援で満一年を迎えることができました。心から感謝いたします。気持を新たに2年目に臨みたいと思います。これまで以上のご支援をお願いする次第です。
昨年暮れに行われた突然の選挙は、政治の状況や日本の選挙制度が抱える欠陥を、図らずも浮き彫りにしてくれました。今年は戦後70年、少子高齢化、年金、格差など多くの問題を抱えた日本の進路に強い不安を覚えた選挙でした。
本当に「大義なき選挙」だったのでしょうか。私には国民のための大義ではなくて「安倍首相自身の大義」があったと思えます。それは「憲法改正」と、それを実現するための「長期政権」の確立です。
衆議院議員の任期は4年ですから、今後、解散がなければ、2018年まで議員でいられます。来年9月の自民党総裁選で安倍首相が再選されれば、やはり同じ2018年まで首相の座を維持できます。来年4月の統一地方選を乗り切り、2016年の参院選で保守が3分の2を確保できれば、心置きなく憲法改正ができます。今年から2018年の4年間は日本の進路を決める大事な時期になります。
首相は正面から憲法議論を
今度の選挙で首相は「憲法改正」ではなく「アベノミクスの継続」と消費税の先送りを争点に掲げ、完勝しました。選挙は過去の成果に対する評価であると同時に、将来の政策に対する評価・期待でもあるはずです。本来なら憲法改正も重要な争点にすべきでした。選挙後、首相は国民にじっくり説明し、理解を得てゆきたい、と表明しました。首相の発言に大いに期待したいと思いますが、本当にそう思っているのだろうか、という不安も生じます。これまで首相は憲法や安全保障の問題を国民の前で正面から議論することを避けてきたからです。「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」は法令に基づく審議会ではなく、私的諮問機関と呼ばれるものでした。懇談会の人事も「お友達」を集めたという批判を受けました。肝心の憲法も改正ではなく解釈の変更を選択しました。2018年までの4年間、私たちはこの問題について小手先の対応策ではなく、国民的な議論を正々堂々としようではありませんか。「国民の理解を得る努力」という首相の言葉をしっかり覚えておこうと思います。
絡み合う3つの決定と日銀
18年までの政治日程の中で、「アベノミクス」と「憲法改正」をどのように位置づけるか、という難しい問題が出てきます。「アベノミクス」はリスクをはらんでいます。金融主導というより、金融だけに頼った政策だからです。
選挙の一カ月ほど前の10月31日、日銀は政策決定会合を開いて、さらなる金融緩和策を決めました。銀行などから買い入れている長期国債の保有残高を50兆円から年間80兆円に相当するペースで増加させることが骨子です。マーケットはすかさず反応し、株は急騰し、円安になりました。
同じ日に、年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)は年金を運用する構成比を変更することを決めました。GPIFの運用資金は120兆円とも130兆円ともいわれる世界最大級の年金基金です。日本株式の運用を従来の12%から25%に引き上げることを決めました。投資家を含む株式関係者は当然、大歓迎でした。外国株も同様に25%になりました。こうして運用枠が増えた分だけ、国内債が従来の60%超から35%に下げられました。株への投資はそれだけリスクが高まった、ということです。
同じ日に決められた二つの金融政策は表裏一体です。日銀が国債を買い入れる役、GPIFが株価を維持・引き上げる役を担ったのです。
そして11月18日、首相が解散の発表にあたって、消費税10%への引き上げは17年4月まで先送りすることにしました。しかも、経済の状況によって増税を見直す事が出来る、という景気弾力条項を撤廃し、再度の延期はしない、と退路を断ったのです。財政再建への道がまた遠のいた、と感じた人、増税は困るので延期でよかったと思った人、さまざまだったでしょうが、私は延期せずに引き上げるべきだった、と思いました。
財政再建は、日銀が政府の財政政策とどうかかわったらいいのか、という問題につながっていきます。黒田日銀は財政政策に積極的に関わってきています。この問題についてはアドルフ・ヒトラー時代のドイツがよく引き合いに出されます。ドイツは第一次世界大戦中そして大戦後の1920年代にハイパーインフレ(超インフレ)に襲われました。戦費調達のための国債を中央銀行であるライヒスバンク(シャハト総裁)が引き受けた結果でした。第二次大戦でも再び国債引き受けを行い「ライヒスバンクの資産のほとんど全部が国債である。その結果、ライヒスバンクはまったく流動性を失い、経済界が信用供与を求めたさいに必要な信用を供与することもできない状況」(『健全通貨』W・ホッケ著・吉野俊彦訳)になりました。そこでヒトラーに無制限な支出を抑え、赤字国債の発行を抑制することを「極秘文書」(注)という形で要求せざるを得なくなってしまいました。ヒトラーは当然のように無視しました。
もちろん現在の日本では戦費調達のための国債発行は考えられません。しかし財政赤字解消を先送りする先導役になる危険性を抱えていることは多くの識者が指摘する通りです。だからこそ、黒田日銀総裁は財政赤字縮小の努力を政府に強く望んでいるのです。それなのに消費税10%を先送りされ、日銀ははしごを外された形になりました。財政の規律と金融秩序が崩れた国家に将来展望はないことは、政治家の皆さんも重々承知の事だと思いますが、今、その直前に来ているのです。
「アベノミクス」は株高と円安で支えられている、と言えます。円安は国民の富を海外に流失させている側面がありますが、円安については、別の機会に書きたいと思います。
「アベノミクス」は「出口」にたどり着けるか
そこで憲法改正との関係ですが、超金融緩和をいつ終わらせるのか、よく言う「出口論」が問題になります。首相は選挙期間中「経済の好循環が生まれようとしている。それをさらに推し進める」と明言しています。また、財政健全化の目安になる基礎的収支(プライマリーバランス)を20年に黒字化する目標も堅持する考えです。出口論と財政健全化は密接に関連していると考えるべきです。しかしながら、消費税10%を先送りした結果、20年の目標が達成できると考えている人は、全くと言っていいほどいなくなりました。
17年4月に経済状況が回復していても、いなくても消費税は10%になります。ここで「アベノミクス」は大きな岐路に立つことになるのです。金利・株式・為替すべてに影響が及ぶ「出口」にたどり着けるのだろうか、という深刻な問題です。首相は第三次内閣の発足にあたり、「アベノミクスの成功を確かなものとしていくことが最大の課題」と述べると同時に、憲法改正について「歴史的なチャレンジ。衆参それぞれで三分の二の構成になるよう努力する」と表明しました。経済政策を最優先することは選挙の公約でもありますが、参院で三分の二を確保するために、むだな予算の削減、赤字削減が本当にできるのか、という心配が生まれてきます。財政再建に道筋を付けずに、憲法改正を優先させるとしたら、相当な強硬路線を取らざるを得ないだろうと予測します。
新年を迎えてこれから数年間、私たちには政治を注意深く見守っていくことが求められています。戦後70年をどう総括するのか、有権者が考えなくてはなりません。外交の基本を好き嫌いに置いてはいけないし、「金融や財政の話は難しい」といって、見かけの株価や為替相場に一喜一憂してはならないと思います。政治を監視できるのは有権者である私たちです。
<注>この文書は「1939年1月7日付 アドルフヒットラー宛 ライヒスバンク理事会の上申書」として出された「極秘文書」。ヒトラーは激怒し、銀行の正副総裁らを罷免した。大戦後の戦犯裁判の最終弁論ではシャハト総裁は「ドイツ経済を戦時体制に導いた張本人」(『ヒトラーを支えた銀行家』ジョン・ワイツ著・糸瀬茂監訳)とされたが、この文書のおかげか、無罪になった。旧日銀法(1942年制定)は、ナチスによって制定されたライヒスバンク法と類似していたが、現在は改正され、日銀による国債引き受けはできない。