志村一隆
週刊文春の「ユニクロ潜入記」には、お店の景気によって働きたくてもシフトを減らされ、収入が減ってしまうバイトの悲しさがルポされている。バイトのシフトで人件費が調整される。よく「米国企業レイオフ4000人」とかいうニュースが流れるが、それと同じ。その昔、すぐレイオフする米国的経営手法と、終身雇用の日本的経営と、どちらがいいのかよく議論された。もう最近は日本的経営を行う経営者がいなくなって、そんな議論も成り立たなくなってきた。というか、企業は社会の公器なんていうと、経営側からそんなんじゃ市場の競合に勝てないと逆ギレされそうだ。
働く側の意識も変わっている。アパレル会社の社長曰く、ショップ店員は、社員よりバイトの方が時給がいいので、バイトで入って、30代後半になっても非正規のままの人もいるとのこと。彼の会社には、40歳で結婚していて、時給950円の男性がいるらしい。
それでも仕事があるだけまだマシなのか。近所のクリーニング屋が、先日店仕舞いしてしまった。そこのバイト君はまだ25歳。違う店舗に移動なのかと思ったが、クビになっていた。まだ次の職場が決まらない。
そんな話を聞いていると、そりゃモノも買わないだろうと思ってしまった。空き地は次々とマンションが建ち始めている一方で、仕事が決まらない人もいる。企業は儲かるのに、従業員はその恩恵を受けていないというが、従業員の給料が増えなければその企業の商品だって売れないだろう。景気はいいのか悪いのか。
不安革命
千葉市で地域活性化に携わってきたコミュニティペーパーの編集長が「もう『一致団結』なんて言葉は死語だ」と言った。確かに、40年前に千葉市の新興住宅地に引越してきた人たちと、最近幕張のマンション街に引越してきた人たちでは、人種が違う。
それでも、もっと大きな移民国家の米国で、トランプ氏は低所得者層を一つにまとめた。マスメディアが国民を一つにするという議論をあざ笑うように、Twitterで暴言を吐き続けながらも、支持が増えていった(1, 2)。
国民国家は想像の共同体であり、頭脳が作るイメージである。その一体感をどこまで想像させられるか?その空間や時間を広げるのが、テレビや新聞メディアだ、というのが今までの考えだった。しかし、その役目をSNSが担ってしまった。
ただ、トランプ氏のメッセージは、失われた栄光を取り戻す点にある。しかし、クリーニング屋のお兄さんや時給900円の男性は、取り戻すべき過去の栄光もないし、何より、人工知能やロボットに仕事が失われていく未来への不安が大きい。
教育革命
効率性を追求せざるを得ない経営側に対して、働く側はどうしたらいいのか。先月書いた「コンビニ人間」のようにマニュアル労働をこなすしかないのか。それがイヤなら学び続けなければならないんだろうか。
数年前、米国で大学の授業を動画で配信するサービスが注目された。それを始めたベンチャー企業は、いま企業とコラボし、その企業の新規分野の人材育成カリキュラムを提供しているそうだ(3)。人工知能やらビッグデータだの宇宙とか、新規分野に必要なスキルを持った人材教育は、今の学校制度では追いつかない。そこで、彼らがカリキュラムを組み立て、生徒を募集し、就職も斡旋する。
考えてみれば、今までの教育は、学校だろうが学習塾だろうが、教える内容は一緒だった。それは大学を頂点にした学歴尊重が天動説のように揺るぎなかったからだ。しかし、世間のニーズはどんどん変わる。教える「内容」自体を作り出さないと、それに対応できないのが、これからの教育界隈である。
便利革命 – How からWhatへ
技術の活かす方向性も新たな段階に入っている。1950年代以来、生活を電化して「便利」にすれば製品はたくさん売れた。エンジニアは洗濯や料理する「時間」を短くするアイデアを出せばよかった。2000年以降ネット化・デジタル化は、お店に行かなくてもモノが買えるという「空間」のアイデアだった。ほとんどのイノベーションは、今までの生活を「便利」にすることに使われてきた。
そんな「便利」革命も、それで置き換えられる生活シーンはもう少ない。新しいサービスを生み出せないから、価格競争になり、それがバイトにも影響する。世の中の閉塞感はそんなところが原因だろう。(イノシシですら渡って来る小豆島の話「幸せって何だ」やブータンの話「ブータンの幸せは足るを知る」も参考)
これからのテクノロジーの使い方は「どうやって」じゃなく「何」をするか?HOWからWHATがキーワードだろう。つまり、何かを「ゼロ」から考える必要がある。難しい。
学歴革命
ゼロから何かを考える夢想や想像は企業より個人の得意分野である。だったら、これから数十年は個人が活躍できる時代ではないのか。ただ、その鍵は、既存のシステムの外で教育を受けることにあるだろう。
映像のイノベーションは、国家に管理されているテレビ領域の外側にできた。それと同じで、学歴社会=一流企業の外側にも、新しい「教育」と「職業」ができるだろう。小池都知事が私学無償化を打ち出したり、奨学型給付金も議論されている。教育は経済合理性がないものだから、せっかく税金を使うなら、既存の学歴社会を強化することより、もっと新しいアイデアに想像力を使って欲しい。
クリニーニング屋さんの兄さんは、激しすぎる社会変化と変わらない学校・学歴信仰のギャップにもがく一人だろう。そんな人がテクノロジーを学び新しい「職業」を生み出すような教育を受ける。誰もが目の前の一流大学に行きたがるが、30年後の未来を生き延びるには、いまは誰も注目していない道筋で行くのがいいと思う。
(参考)
- This Political Theorist Predicted the Rise of Trumpism. His Name Was Hunter S. Thompson. Susan McWilliams, DECEMBER 15, 2016, The Nation 米国在住森下暁さんが紹介してくれた記事。60年代の米国暴走族?”Hell’s Angel”は「tattoo(刺青)」でエリートを威嚇し、2016年のブルーカラーは「投票」で憂さを晴らした。トランプ氏が公約を守らなくても、投票した人は文句を言わない。なぜなら、投票は現実への憂さ晴らしだからという分析。つまり、トランプ支持(Trumpism)とポピュリズムは違うという指摘。面白いです。
- ‘Deplorable’ and proud: Some Trump supporters embrace the label, William Cummings, USA TODAY, September 12, 2016 これも森下さんに教えてもらった記事。”deplorable”は「哀れな」という意味。ヒラリー・クリントン氏がした9月の失言、”You can put half of Trump supporters into what I call the basket of deplorables”をTシャツにしている。森下さんによれば、トランプ支持者たちは、団結せずにトランプ支持を推進した。ポピュリズムとは明確に違うとのこと。
- MOOCブームの火付け役 大学教育より職業訓練に夢中、Tom Simonite、MIT Technology Review、2016.12.15
- 横江公美さんの「トランプ勝利の秘密(2016年12月号)」では、最高裁判事の指名、労働組合などの票を狙ったトランプ氏の選挙戦略が分析されている。