君和田 正夫
「私はあんたが嫌いだ」とジョン・フォード。じっとにらみ返すセシル・B・デミル。フォードは『怒りの葡萄』『我が谷は緑なりき』『駅馬車』などを作った映画監督。デミルも『十戒』『平原児』『地上最大のショウ』などを作った映画監督。アメリカ映画史上に輝く二人の名監督の対決は、マッカーシズムが吹き荒れるさなか、ブラックリストに他人の名を売るか売らないかの戦いでした。
1950年10月22日、アメリカ映画監督組合は特別臨時会合をビバリーヒルズホテルで開きました。テーマは共産主義にかぶれていそうな人間や言動の持ち主を組合に通告することの是非です。通告を義務付けよう、というのがデミルの主張でした。第二次世界大戦で日本、ドイツ、イタリアのファシズムを破った米国は、次の標的を共産主義に切り替えていました。デミルは国の政策に従って赤狩りに協力し、反対意見の組合会長を追い落とそうと謀ったのです。当時、会長はジョゼフ・L・マンキーヴィッツ。『クレオパトラ』『去年の夏 突然に』などの監督です。激しい議論の応酬が夜遅くまで続きました。
『十戒』を二度作った男の敗退
4時間が過ぎたころ、野球帽の男が手を挙げました。「私の名はジョン・フォード。西部劇を作っている」と速記者に向かって名乗りました。以下、『わがハリウッド年代記』(ロバート・パリッシュ著、鈴木圭介訳・筑摩書房)から引用します。
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「この部屋にいる誰よりもセシル・B・デミル以上にアメリカ大衆が見たいもののことを知っている人間はいないと思う。(略)私は彼を尊敬する」。そこでフォードはまっすぐ部屋の反対端のデミルの顔を見つめた。「だがC・Bよ、(デミルのこと)私はあんたが嫌いだ。あんたの主張とやらも嫌いだし、今晩ここで言ったことも嫌いだ。ジョー(会長のこと)は中傷された。謝罪の言葉があってしかるべきだと思う」。(略)デミルはまっすぐ前をにらんだまま動こうとしなかった。三十秒後、フォードがようやく口を開いた。「(略)私は提案する。デミル氏と評議委員の監督諸氏全員は辞任すること、そして我々はジョーに対し信任の票を投じること、だ。それからみんな帰って寝よう。明日は撮影がある」。(略)
私たちはこうしてマンキーヴィッツの代表者権を守り、紅海を二度までも分けた男、一度目は1923年にセオドア・ロバーツとともに、二度目は1956年にチャールトン・ヘストンとともに海原を分かった男を一敗地にまみれさせたのだった。
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韓国の現代版「マッカーシズム」
それから67年後、「マッカーシズム」の現代版、といったニュースが、お隣の韓国から入ってきました。文化体育観光大臣が職務乱用の罪で逮捕されました。朴槿恵大統領に批判的な映画監督、俳優、作家など文化人のブラックリストを作り、公的支援の打ち切り、処罰、検閲などに利用した、との疑いです。一万人がリストアップされていたという報道もありました。
「一万人」が事実とすれば、相当前から準備されていた、と考えられます。「マッカーシズム」はわずか10人のリストで火ぶたが切られたのです。フォードがデミルを切り捨てた3年前の1947年10月23日、米下院の非米活動委員会はハリウッド関係者11人を召喚しました。ドイツの演出家のベルトルト・ブレヒトは外国人として別扱いされたため、委員会に敵対的だった残りの10人が「ハリウッドテン」と呼ばれ、歴史に名を刻むことになりました。10人のうちドルトン・トランポは『ローマの休日』の作者として有名です。ブレヒトは『三文オペラ』などで日本の演劇界に影響を与えました。
10人は証言拒否などで全員「議会侮辱罪」が適用され、ハリウッドから追放されました。『ハリウッドテンとマッカーシズム』陸井三郎・筑摩書房)によると「ハリウッドテン」 を突破口に映画、演劇、ラジオ、テレビなどでおおよそ600人がブラックリストに載せられ、やがて組合、公務員など一般人にも広がって行きました。
「共謀罪」は宗教を敵視するのか
マッカーシズムや韓国の話は、昔の話、別の国の話と片付けていいとは思えません。日本でも「共謀罪」の新設が議論されています。国会でこれまで何度も廃案になったり継続審議になったりしてきたいわくつきの法律です。犯罪の計画段階で処罰しようとすることが、内心の自由や思想の自由を侵す恐れがある、当局が恣意的に運用する恐れがある、といったことで反対意見が強かったからです。「共謀」という以上、そこには密告、スパイと言った臭いまで漂ってきます。
しかし安倍首相が東京五輪・パラリンピック開催国の責任として成立を目指すと表明しているため、政府は「テロ等準備罪」に名称を変え,対象犯罪を絞り込んで成立させようとしているようです。
しかし国際的なテロ対策と言えば、イスラム教が主たる「仮想標的」にされているように思えます。実際、トランプ大統領が難民などの入国を停止する大統領令に署名してからの国際的な混乱を見れば明らかです。
対象になった7カ国、イラク、シリア、イラン、スーダン、リビア、ソマリア、イエメンは、まさに国際的ブラックリストに載せられたのです。しかも根拠がはっきりしないまま。トランプ大統領は「イスラム教徒の入国禁止措置ではない。国の安全のためだ」と声明を出しましたが、宗教との関連を抜きにテロ対策を語ることが、いかに難しいか、いかに嘘っぽいかを明快に示しています。
そう考えると、宗教と密接な関係を持つ公明党はなぜ「共謀罪」あるいは「テロ等準備罪」に反対しないのか、という大きな疑問に突き当ります。676もある対象犯罪を280前後に減らしてくれれば、今国会への提出に公明党は同意する、と報道されています。(1月28日、産経朝刊)。国家の安全にかかわる、と言っている法律を、自民党はまるでバナナのたたき売りのように構成要件を変えようとしているのでしょうか。宗教の歴史は弾圧の歴史と言いかえることができます。映画の比ではありません。その事を公明党はどう考えているのか、国民に説明して欲しいと思います。同時に、そのような重大局面にメディアが自分の出番を確保しようとしないのも悲しいことです。
密告、中傷、レッテル貼り
嫌な時代が到来しつつあると考えるしかありません。密告・誹謗・中傷・レッテル貼り、これらが横行する時代は決していい時代ではありません。ネットの悪しき特徴は匿名です。そして根拠なき、あるいは根拠の薄い情報です。ネット文化の暴走が始まるのではないか、と不安に駆られます。残念ながら既存メディアはそれを止めることができません。
レッテル貼りと言えば、東京メトロポリタンテレビジョン(MXテレビ)が1月2日に放映した「ニュース女子」が問題になっています。そこでは基地反対派の動きについて「テロリストみたい」「テロリストと言っても大げさでない」などの表現がされています。国全体がユルユルな空気に覆われてしまったような気がしてなりません。