共産党独裁との闘いに踏み込んだトランプ政権

K.Takekuma

武隈喜一

 多くの日本人にとって、米国の副大統領は影が薄い。ましてやドナルド・トランプという史上稀に見る強烈な個性の脇では、マイク・ペンス副大統領の影が薄く見えるのも当然と言えるだろう。しかし、ペンス副大統領は、節目節目でトランプ政権の重要な政策ビジョンを打ち出す役割を担っている。
 昨年10月4日、保守派の牙城ハドソン研究所でおこなったペンス副大統領の演説は、激しい言葉を連ねて中国共産党を批判し、「中国に対する新たなアプローチ」を示した。これまでは、自由な貿易、経済活動を拡大すれば、経済面だけでなく政治面でも中国は「私的財産、宗教的自由」といった自由主義的価値観を拡大すると期待してきたが、中国共産党は国営企業への介入を強め、米国の最新技術を盗み取って国民の監視と統制に利用し、通信や言論の自由を封じ込める権威主義的な傾向を強めるに至った、とペンス副大統領は指摘する。そのうえで「われわれの希望は成就されなかった。……経済の自由化が中国を米国と世界との良きパートナーシップに導くことを期待してきた。しかし中国は経済的侵略の道を選び、大胆にも軍拡に乗り出した」と、軍事力で南シナ海の領有化を押し進める中国共産党を非難した。

 
「一帯一路」も権威主義の強化に
 

 キリスト教福音派原理主義者と言ってもいいペンス副大統領は、中国共産党の宗教弾圧について触れることも忘れていない。九月に中国政府が地下活動を続ける教会を閉鎖し、十字架を破壊し聖書を焼き、信者たちを投獄したことを、ウイグル人イスラム教徒への弾圧とともに糾弾している。
 トランプ大統領が今年に入って相次いで打ち出した中国製品への関税は、対中貿易赤字の解消という動機を超えて、トランプ政権が「共産党一党独裁」の閉鎖的体制に対する闘いに踏み込んだと言えるだろう。習近平主席が高らかに打ち出した「メード・イン・チャイナ2025」や「一帯一路」政策に対する批判も、それが自由な企業活動と言論を抑圧する権威主義体制の強化につながるだけであり、「公正性、互恵主義、主権の尊重」といった自由主義世界の価値を脅かすものだという世界観が投影されている。
 この演説から半年後の今年5月7日、『ワシントン・ポスト』に前首席戦略官スティーブ・バノンの「われわれは中国と経済戦争をしているのだ。妥協の余地はない」という寄稿が掲載された。現在でもホワイトハウスと気脈を通じるバノンによれば、中国は2001年にWTO(世界貿易機構)に加盟して以来、民主主義世界に対して経済戦争をしかけてきているのであり、米国が交渉で求めるような、強制的技術移転の禁止、知的財産の窃取の禁止、サイバー攻撃の禁止、通貨操作の禁止、国営企業への不公正な補助金の禁止、などを受け入れれば、中国共産党が管理する国家資本主義は解体につながる。だからこそ中国としては絶対に同意することはできず、この交渉は、単なる貿易交渉を超えて、まったく異なる二つの経済システムの原理的な衝突なのだ、と説いている。
 これに呼応するように、ポンペイオ国務長官も、ファーウェイ製品の輸入禁止を他国に呼びかけた際、「西側の価値観」をもち、自由な米国のサイバー空間を選ぶのか、「権威主義的な共産党体制の原則に基づいた」サイバー空間を選ぶのか、と踏み絵を迫った。
 そこには世界市場でのサイバー空間と技術の主導権を握るという国家戦略があることはもちろんだが、その根本には、米国や日本を含めた西側諸国が、長年中国をただ単に「安い素材と、安価で良質な労働力の供給源」、あるいは「大量の消費者を抱える好適な市場」としてしか見てこなかったことがある。中国の「ペレストロイカ」は、天安門で封殺されたことに目をつぶり続けてきたツケともいえるだろう。

 
米国民の関心は「内政」に
 

 中国からの輸入品への追加関税によって、米国内の消費者は大きな負担を強いられることになる。しかし米国民の関心はもっぱら内政にある。選挙の関心を尋ねたある調査によれば、最も関心が高いのが、ヘルスケアの20%、ついで移民・国境問題の12%、経済・財政はわずか9%となっている。ましてやトランプの根強い岩盤層である白人支持者の間からは、キリスト教を弾圧し続ける中国政府に対する「最大限の圧力maximum pressure」については、批判は出てきそうもない。
 今回の大阪G20でも、米中首脳の会談によって、追加関税の発動は見送られ、協議は継続となったが、米政権の方向性は変わらないだろう。中国共産党に対する安全保障面での疑義は、野党民主党の中でもかなりの支持を得ており、トランプ大統領が再選を果たせない場合でも、「トランプ後」も継続する可能性さえある。中国側が「長期戦」を覚悟し、米国との貿易戦争を「長征」にたとえるのも、その深刻さを理解しているからにほかならない。
 さらに、もうひとつペンス副大統領に注目しなければならないのは、今年2月13、14日にワルシャワでのアメリカ主導の中東問題会議でのペンス演説だ。
ペンス副大統領はここで、イランを徹底的に批判し、「イランは世界中のテロのスポンサー国家」であり、一刻も早く、その暴政を終わりにすべく闘うべきだ、と対決姿勢を明確にしている。同席したポンペイオ国務長官も、「中東安定はイランと対峙することを抜きに達成することはできない」とイランに対する強硬姿勢を前面に押し出している。
 現在のトランプ政権の外交政策は中国、イランに対して「最大限の圧力」をかける「封じ込め」政策であり、中国とイランの経済力と地域における影響力を削ぐことであることを、ペンス副大統領の二つの演説は明確に示していると言えるだろう。