機械とメディアとブロックチェーン – CES2018から –


志村一隆

 10回目のCES(Consumer Electronics Show)。初めて行った2008年は、まだテレビとパソコンの時代。家電メーカーがハリウッドスタジオを巻き込んで規格競争をし、マイクロソフトがメイン会場のいちばんいい場所に出展していました。あれから10年。パナソニックは、テレビなどの家電の展示はやめてしまい、マイクロソフトが出展していた場所は、中国のHisenseが大きなブースを構えています。

 今年のCESで話題だったのは、クルマメーカーや家電メーカーがアマゾンやグーグルとの提携を次々と発表したことでしょう。かつて、グーグルがアンドロイドOSでスマートテレビを提案していた時に、家電メーカーはそれを取り込もうとせず、自社でプラットフォームを作ろうとしました。IT企業と家電メーカーにはどこか埋まらない溝がありました。ところが、今年の各社のカンファレンスには、アマゾンやグーグル幹部が登場し、自社サービスを宣伝していました。ずいぶん時代が変わったと感じました。

機械がメディアとなる

 自分が面白いと思ったのは、アマゾンが出しているスクリーン付のスマートスピーカー「Echo Show」。これは、まさにリモコンのないテレビです。スクリーンを大型化すれば、リビングのテレビを代替してしまうかもしれません。そうなったら、テレビ業界は受信チューナーをこの機械につけてくれとお願いすることになるでしょう。

 では、こうしたアマゾンやグーグルが発売しているスマートスピーカーは、メディアにどんな影響を与えるでしょうか。アマゾンは、ウェブで買い物するときに、ユーザーの購入履歴からオススメを表示しています。彼らが、それと同じことをスピーカーを通して音声でやったらどうなるか。テキストや画像で表示されるより、声で勧められたほうが気持ちが動くのでしょうか。

 それに、いまは無機質な外見ですが、そのうちソニーのAIBOのように、人間に愛される姿に変わったらどうでしょう。声色も購買率のいいものや、自分の好みの声色で囁かれたら。なんとなく不要なものも買ってしまうかもしれません。

 となると、単純に広告媒体としてのメディアは、こうした「機械そのもの」に代替されてしまうでしょう。テレビやラジオ、それにスマホは、メディアを配信する機械でした。愛されるキャラクター、好まれる情報を載せるメディアを遠くに拡散するのが機械です。ところが、機械自体が愛されるキャラクターとなり身近に置かれたら、メディアの出番がありません。

 アマゾンのエコー(Echo)やグーグルホームは、リモコン家電の代替品と捉えられていますが、その先には、メディアへの影響も考えられるでしょう。

アマゾンの提供するクラウドサービス「AWS(Amazon Web Sevice)」は、ブロックチェーンを利用した非中央集権型サービス(Decentraized Web Service)に代替可能であることを示した図。BloqのMatthew Roszak氏の講演から。彼は「アマゾンのAWSがウェブ開発の最終形だと思っている人が多いが、それは違う」と語っていた。

ブロックチェーンのカンファレンス

 ブロックチェーンについてのカンファレンスもありました。コインチェックやビットコインなど仮想通貨は、よく話題になりますが、それを裏で支えているブロックチェーンは、あまり話題になりません。しかし、ビットコインはブロックチェーンでもたらされる変化の一部。その応用は、仮想通貨だけでなく、コンテンツの売買記録や、住民票の管理、選挙の記録など多岐に渡ります。

 ブロックチェーンは、ネットワーク上のの取引を記録する台帳です。といっても、経理や法律の知識ある人が、お金をもらってその台帳を管理するわけではありません。ブロックチェーンの面白いところは、それを利用して作られたコミュニティ全員が、記帳者であり、消費者、生産者になれる点です。たとえば、ビットコインの取引を記帳し、台帳を更新した人には、新たにビットコインが配られます。その報酬(トークン)がコミュニティを継続させるモチベーションとなります。

 トークンは、ポイントのようなものですが、それを円やドルと交換できる取引所が出来たことで、ビットコインのように大きな価値を持つようになりました。そして、そのトークンをプロジェクト開始前に投資家に買ってもらい、自らの運営資金とするICO(Initial Coin Offereng)が始まります。株式公開(Initial Public Offering)のもじりですが、ICOは実績がない個人でもお金が集めることができるので、ブロックチェーンを利用した様々なプロジェクトを立ち上がっています。

Redefine Money

香港「VeriFi」社のPindar Wong氏の講演スライドから。ブロックチェーン時代は「More Money」から「Redefine Money」へ、人々の思考が変わる。

ブロックチェーンのメディアへの応用

 なかでも、CESにはメディアやコンテンツ配信にブロックチェーンを応用しようとする人たちが多数いました。たとえば、「Alpha Token」は独自のブラウザを開発、そのブラウザを介したコンテンツ消費に対し、広告主から消費者にトークンが配布されます。CEOのWallace Lynch氏は、「人間に与えられた時間は24時間で平等。そして、人間は誰もがクリエイティブな動物である。そこで、あらゆる人のクリエーション活動を応援すべく、メディアが手数料を取らないこのプロジェクトを立ち上げた」と語っていました。Alpha Tokenプロジェクトのメンバーは、この仕組みからは収益を受け取らず、自分たちの給与や運営費は、ICO(Initial Coin Offering)でまかなうそうです。

 

Alpha Token

講演するAlpha TokenのWallace Lynch氏

 ほかに、「Videocoin」というプロジェクトもありました。Videocoinは、ちょっと前のBittorrentのようなP2P配信とブロックチェーンを掛け合わせたサービスです。コンテンツ配信に必要なエンコード、ストレージなどを提供した人に、報酬としてトークンを発行します。P2P配信は海賊版の温床ということで、下火になってしまいました。ブロックチェーンで配信履歴などを残すことで、コピー問題を解決できます。また、今後、アジア、アフリカ諸国の人たちがインターネットをどんどん利用し始めると、利益を上げ続けなければならない企業という仕組みが、そのインフラを提供し続けるのは無理ではないか?という問題意識で、このvideocoinを考えたそうです。Hasley Minor CEOは「資産を自ら持たないプラットフォームである「Uber」や「AirBnB」の動画配信版を目指す」と言っていました。

 CESには来てませんでしたが、ブロックチェーンをメディアに利用する動きでは米国の「Steem」がいます。Steemは、投稿型ブログメディアで、「いいね!」がたくさん付いた記事のライターはトークンを多くもらえ、そうした記事にいち早く「いいね!」を付けた読者も、良質なキュレーターとしてトークンが分配されます。読者が「いいね!」をしても、いまのメディアではなんの報酬ももらえませんが、トークンを発行することで、よりよいメディアにするというゴールへの動機付けを行っています。

 Videocoinはコンピュータのハード提供に、Steemはソーシャル活動に、報酬を与えることでメディアを成立させようとしています。

CES2018

Videocoin社のHasley Minor CEOのスライドから。

これからのメディアのイメージ

 ブロックチェーンを利用したメディアを作ろうとしている人たちの話を聞いていると、彼らがイメージするメディアは、プロが一方的に情報を流すものではないことに気づきます。彼らにとってのメディアとは、ソーシャルメディアのような受け手と送り手が交流するものなのでしょう。FacebookやTwitterで育った世代が主役になればなるほど、そのような認識は広がっていくと思います。おそらく、コミュニケーションとコンテンツを同じスクリーンで消費するスマホの普及がターニングポイントだったのではないでしょうか。

 また、いまではコミュニティの合意形成を、素早く、簡単にできるツールがたくさんあります。ブロックチェーン的なテクノロジーの導入が進めば、行政や企業間の取引も透明性が増すでしょう。そうなると、権力を監視するジャーナリズムの役割は変化していくのではないでしょうか。ブロックチェーンは、行動の動機付けに権威ではなく、より本能的な「報酬」を利用しています。ですから、権威の監視も必要なくなってくるのかもしれません。

 このようなブロックチェーンの動きを見ていると、社会は全員参加型でフラットな関係性が増えてくるのだなと感じます。であれば、メディアも権力や国家の出来事を伝えるだけではなく、生活密着型のコミュニケーションを意識すべきでしょう。いま、そうしたコミュニケーションを地域に担っているフリーペーパーが、ブロックチェーンやICOを利用すれば面白いと思います。

香港VeriFi社Pinder Wong氏

香港VeriFi社Pinder Wong氏。人工知能+仮想通貨とIoTの融合した未来を話した。

(注)

  1. ICOとは、サービスを立ち上げる際に、ブロックチェーンが発行するトークンを第三者に買ってもらい、その初期費用や運用資金とすること。株式公開と違い、実績がない個人でも投資を集めることができる。トークンを買う側は、そのプロジェクトが成功した場合、取引所で(もし扱っていれば)他のトークン、通貨と交換することで利益を出せる。ただし、そのプロジェクトが架空だった場合、投資は無に帰してしまう。VideocoinやAlphatokenも、まだサービスインしているわけではないので、ICOでトークンを購入しても、成功するか未知である。
  2. 2017年はICO元年だった。4,000億円程度がICOで集まったと言われる。
  3. Steemは、記事を書くとトークンがもらえる。Steemに刺激され、日本で同様のサービスを開発中なのが、ALISである。
  4. CESにいた他ブロックチェーンプロジェクト。「Everipedia」はWikipediaの改良版。Wikipediaの共同創立者Larry Sanger氏が登壇していた。Everypediaの記事をブロックチェーンで管理する。
  5. Osher Coinは、誰でもトークンマイニングできる電気製品を開発する。電源を入れるだけで、簡単にマイニング活動に入れるという。
  6. Ethealは医療プラットフォームをブロックチェーンで開発するという。医療ツアーリズム、チャットボット、マーケティングなどを統合したサービスを可能にする。
  7. Bee Tokenは、ホームシェアリングを提供するプロジェクト。
  8. ブロックチェーンのメディア・コンテンツ系事例まとめ(PDF)
Everipedia、Larry Sanger氏

Everipedia、Larry Sanger氏