侮れぬ英国

H.Sekiguchi

H.Sekiguchi

関口 宏

 この夏読んだ一冊、寺島実郎氏の『ユニオンジャックの矢』。
ロンドン(英国)・ドバイ(UAE)・ベンガルール(インド)・シンガポール・シドニー(オーストラリア)が地図上、直線で並ぶ偶然が実は、英国ネットワークの底力になっているという話が主題で、そこに目をつけた寺島氏の世界観に敬服しました。

寺島氏著書より(NHK出版)

 英国といえば、衰退しながらも大航海時代の暖簾で、まだどうにかなっている国という単純な印象を持ちがちですが、いえいえどうして、52もある英連邦の存在は無視できないと寺島氏は言います。

 そしてその英国が、最近ブレグジット(EU離脱)の道を選んで世界に衝撃を与えました。
私なども、国境の壁を低くして、それまで悲惨な戦争を繰り返してきたヨーロッパが一つになろうとするEUの理想に共感していただけに、英国の離脱はショックでした。
 このブレグジットの分析もこの本がしてくれていますし、何よりも、英国・日本・アメリカの相互関係の歴史の説明が凝縮されていて助かりました。

 学生時代、遊んでばかりいた私には「西洋史」は特にちんぷんかんぷんで、ヘンリー何世だのチャールズ何世だのと聞いただけで蕁麻疹が出そうになるのですが、その辺の話も要領よくまとめてくれています。

 思えば日本と英国は、どこか似たようなものを持つ不思議な存在です。
お互い四方を海に囲まれた島国であること。皇室・王室が存在し、共に民主主義を目指す国であること。
明治維新後は多くを英国に学んだ日本。一時期両国が同盟関係にあったこと等々、もっと我々は英国のことを知っておかなければならないのでしょうが、一般的には、アメリカとコインの裏表、といった程度の理解の域を出ないように思われます。
でもこれからは分かりません。ブレグジットの成り行き次第では、日本にも大きな影響があるかもしれないのです。

 もう30年以上前の話になりますが、私も何度かテレビの仕事でロンドンへ行ったことがあります。
シャーロック・ホームズの真似事をしてロンドンっ子に笑われたり、Savile Rowという注文服屋が並ぶ通りから「日本で言う“背広”とは、この町の名前に由来しているのです」と言ったレポートをしました。

 しかし何故かいつも天気が悪く、スキッとした思い出がありません。
聞けばロンドンとはそういう所で、イギリス紳士が常に傘を持っているのも、ジョー・スタッフォードという女性が歌った「霧のロンドンブリッジ」が大ヒットしたことにも頷けました。

 でも霧の中の古い町並みはどこか陰鬱になりますし、やはり昔の暖簾に縋っている感じがしてしまいました。
そしてスッキリしない一番の原因が食べ物の不味さ。
自慢だと言うローストビーフでさえ、日本の物の方がはるかに良いと思ったぐらいで、ついに美味しいものには出会えませんでした。

 「英国の人は味音痴なのかねぇ」と尋ねると「それは違います。食事なんかに気を取られていたら、七つの海を制覇するなんてことは出来ないのですよ」と案内してくれた英国人が悔しそうに答えました。
そして更に一言。「フランス人を見ればわかるでしょ」。
私は笑いに付き合いながら「アーァ、早くパリに行きたい」と思っていました。

     テレビ屋  関口