日本の新聞が生き残る道

Sakka Tsuchiya

Sakka Tsuchiya

上智大学文学部新聞学科4年生
土屋 咲花

 インターネットの出現によって、新聞の衰退があちこちで聞かれるようになっている。とくに、インターネット先進国である米国ではその事態は深刻だ。米国のインターネットの利用者数は、2006年で1億5000万(日本は800万)に達し、紙の新聞と兼営の電子新聞へアクセスした人は紙の購読者数を上回っている 。ニュースは紙の新聞を購読するよりも、インターネットを利用して無料で見るのが主流になりつつある。

 新聞の発行部数も右肩下がりだ。米国新聞協会が発表するデータによると、アメリカの新聞の発行部数は、2001年には朝・夕・日曜版を合わせて11,467万部だったのに対し、2014年では8,318万部まで落ち込んだ。こうした部数減は、新聞の広告収入にも打撃を与える。デジタル広告は徐々にではあるが売り上げを伸ばしつつあるが、新聞全体の広告収入は減るばかりで好転の兆しを見せない。直近11年間(2003~2014)の新聞の広告収益(紙・デジタル合計)の推移をみると、2014年が最も少なく199億ドル。最多であった2005年の494億ドルと比較すると2分の1以下に落ち込んだ。

 

新聞廃刊で投票率低下

 

 そのようななか、近年、米国では地方紙の廃刊が相次いでいる。ケンタッキー州の『ケンタッキー・ポスト』や、コロラド州の『ロッキーマウンテン・ニュース』などの歴史ある地方紙が、経営難によって退陣を余儀なくされているのである。こうして新聞が消えた地域では、興味深いことが起こった。まず、選挙の投票率の低下である。地元の選挙を報道するメディアがなくなったことによって、候補者の詳細な情報が届かなくなったことが原因だ。これに加えて、地方紙の廃刊は不正や汚職の増加ももたらした。 議会を聴講しその内容を記事にして発信する、記者という権力監視の存在がいなくなったことで、不正が暴かれなくなった。
 記者の人数削減という措置により存続を試みる地方新聞にも、異変は起こっている。ピュー・リサーチ・センターが10年1月に発表した報告書によると、メリーランド州ボルティモアの最有力紙ボルティモア・サンが09年に掲載した地元ニュースは、1999年比32%減、91年比では73%も減尐する一方、政府機関の発表に関係する記事が増加。報告は「あまり検証や分析が行われない速報が増える中、情報源の公式発表の比重が増している」と指摘しているという。

 

ニュースアプリの波に新聞はどう対抗する?

 

 米国ほどではないにしろ、日本の新聞業界も曇り空だ。紙新聞の発行部数は減少の一途を辿っている。長い期間をかけ成長を遂げた日本の新聞にも、デジタル化の波が押し寄せている。
 日本における新聞の始まりは江戸時代の瓦版といわれ、そこから約400年間の歴史をもつ。その長い歴史の中で、新聞は次第に権力監視の機能を担うようになった。そして、ジャーナリズムを実現することにより民主主義の基盤を支えてきた。
 フリージャーナリストの池上彰は、「新聞があることで、人々に貴重な情報がもたらされ、新聞記者がいることで、権力者の不正に歯止めがかかっている。新聞というのは民主主義を底辺で支えている“インフラ”」と主張する 。ところが、インターネットの普及とインターネット上でのニュース提供サービスの登場により、新聞の部数減には拍車がかかっている。日本においては、スマートフォンのアプリでニュースを提供するニュースアプリが台頭し、そのダウンロード数は多いもので600万を超え 、全国紙の発行部数に並ぶ勢いだ。ニュースアプリの人気もさることながら、アプリ利用に欠かせないデバイスであるスマートフォンの普及率も年々増加している。2014年9月末には、携帯電話契約者数でスマホがフィーチャーフォン(ガラケー)を超えた 。

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スマホでニュース

 「日本国内におけるモバイルニュースアプリの利用者数(アクティブユーザー数)は2012年度末に303万人だったが、2013年度末には4倍の1,294万人へと急増した。今後も増加傾向は続き、2014年度末に2,242万人、2015年度末には3,286万人に増加すると見込まれる。さらに2016年度には3,927万人、2017年度には4,435万人がモバイルニュースアプリを利用すると予測される。これまでモバイル端末上でニュースを見るユーザーの多くはニュースアプリではなく汎用的なインターネットブラウザ上のポータルサイトを利用しており、2012年度末までは全体の約9割を占めていた。今後もブラウザ上のポータルサイトでニュースを閲覧するユーザーは3,000万人規模で推移する見通しだが、ニュースメディアの主役は徐々にニュースアプリに移行しそうだ。」 こう予測する声もある。
 今後、「ニュースはインターネット上で読む」ことが主流になってくるだろう。そうなったときに、紙の新聞に主軸を置いている今のままでは、新聞は生き残ることができないと考える。デジタル戦略に力を入れていく必要があるだろう。
 ニュースアプリの開発会社は、既存メディアから多くの出資を受けている。多額の資金が集まっていることは事実だが、未だ収益モデルは確立していないのが現状だ。そのなかで、誰が優位に立つのか。今は競争の只中にある。どの社も試行錯誤の段階だ。今からなら、新聞社にも勝機があるのではないか。スタートで遅れをとっている分、不利なことは確かだ。しかし、新聞は依然として多くの人に信頼されており、社会的影響力を持つものだと認識されている。インターネットでのニュースサービスにおいて、前を走るニュースアプリとどう差別化を図るか。そう考えたときに、新聞社がもっている資源は、記者が長い時間をかけて磨き上げてきた取材力や文章力といった力をもとに上質な記事を作成するコンテンツ力である。それに加えて、質の高い情報を提供し続けることで作り上げてきた情報への信頼がある。こういったニュースアプリにはない新聞の特徴を生かせるかどうかが、成功の鍵ではないだろうか。

 

社説はデジタルにおいてもパワーコンテンツ

 

 ニュースアプリは、「個性」が強いものが多い。それぞれに趣向を凝らすことによって、他のアプリとの差別化を図るねらいだろう。こういった個性の存在と、多くのニュースアプリが無料で利用できることによって、利用者はこれまでよりも多くのメディアからニュースを享受するようになった。新聞がニュースを伝える主な媒体であったころは、「一家に一紙」が普通であった。2紙、3紙と購読して読み比べる人もいなかったわけではないが、購読コストの面と、新聞紙面の記事はどの新聞をとっても大きく違わないことから、「だいたいみんな一緒だから、一紙とれば十分」という思いが強かったのではないだろうか。しかし、インターネットの登場により、多種多様な情報に手軽に、しかも無料でアクセスできる時代が到来した。今や、複数のメディアを比較しながら使い分けるスタイルが当たり前になっている。このような中で、「新聞はどれをとっても大体一緒だから、新聞社の作っているアプリはひとつダウンロードしておけばいいや」と思われてしまってはいけない。もちろん、新聞に個性がないとは言わない。しかし、個性の強いニュースアプリと比較すると、新聞を「だいたいみんな一緒」と感じる人は多いだろう。だから、新聞各社はデジタル版の開発にあたってはそれぞれのもつ「強み」や「個性」をもっと大々的にアピールしていくべきだ。新聞社のリリースしているデジタル版で最も成功しているものとして、日本経済新聞が挙げられることが多い。これには色々な理由があると思うが、日本経済新聞には「経済紙」という誰から見てもわかりやすい個性があったからということも理由の一つなのではないだろうか。

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新聞広告

 では新聞各社にとっての個性とは何だろうか。新聞の紙面において、最も他社との違いが表れているところが、個性といえる。それは、社説なのではないだろうか。フリージャーナリストの池上彰は「自社の論調を大っぴらに主張できる新聞にとっての“聖域”、それが『社説』です」と言う 。  同じニュースに関する社説も、比較するとその違いがよくわかる。昨年9月、国会で安全保障関連法案が成立した。成立の見通しが立ったことを受けて、新聞各社はこのことに関する社説を出している。朝日新聞は、2015年9月17日に「「違憲立法」採決へ 憲法を憲法でなくするのか」という見出しの社説を掲載。「集団的自衛権にかかわる立法は違憲だと考えざるを得ない。」「法治国家の土台を揺るがす行為だと言わざるを得ない。」と、安全保障関連法案に対し否定的な立場を明らかにした。これに対して読売新聞は、2015年9月19日に「安保法案成立へ 抑止力高める画期的な基盤だ」という見出しの社説を掲載。野党に対して「安易な「違憲法案」論に傾斜し、対案も出さずに、最後は、内閣不信任決議案などを連発する抵抗戦術に走った。」と批判し、「法案の成立を踏まえ、「積極的平和主義」を具現化し、国際協調路線を推進すべきだ。」と安全保障関連法案の成立に対して肯定的な姿勢を見せた。

 事実を発表するだけではなく、そのニュースを踏まえたうえで主張を展開することで、読者はその出来事に対する深い理解が得られる。このようにして情報に奥行きを与えることは、様々な世界を自身の目で見てきている記者だからこそできることではないだろうか。

 朝日新聞デジタルやYOMIURI ONLINE、毎日新聞のインターネットサイトは、それぞれに充実した記事を掲載している。しかし、どの社においても、社説はあまり目立たない場所にひっそりと掲載されている。これは勿体無いことだと感じる。社説こそが新聞社のカラーを最も引き出せるものであり、自社でコンテンツを作らないニュースアプリには真似できないことでもある。新聞各社はデジタル版において、社説に代表されるような各社の論調を目立たせてはどうだろうか。ストレートニュースはニュースアプリにも掲載されることが多い。新聞社によるデジタルサイトにおいては、ニュースアプリでは掲載されないような情報を中心にコンテンツを構成する必要があるだろう。各社が社説を前面に出すことで、利用者もおのずとそれぞれの個性を認識するようになる。そうして、複数紙のサイトを渡り歩いて、情報の比較をするようになるのではないだろうか。また、こういった複数紙の比較を促す目的で、新聞各社が提携して同テーマについての社説を同じタイミングで掲載するキャンペーンを行うことも、ニュースアプリとの差別化につながる。インターネットの特徴である双方向性を生かし、コメント機能をつけても良いだろう。社会の出来事に対しての議論が活発になり、ジャーナリズム機能も担い続けることができるのではないだろうか。また、こういった議論の広がりの端緒を作ることで、ネット世論の形成にも一役買うのではなだろうか。インターネットの特性と、新聞社が古くから持っている魅力を適切な形で融合すれば、新聞社は電子版において優良なプラットフォームを作成可能なのではないだろうか。

 

若年層向けニュースサービス

 

 もう一つ、違った視点からの提案をしたい。新聞社の新たなデジタル戦略として、小学生~高校生向けのニュースサービスを開始してはどうだろうか。新聞社が若年層を対象にしたニュースアプリの開発を行うことにはいくつかの利点がある。
 1.広告が獲得しやすいこと、2.今後の利用者の増加が期待できる層であること、3.ニュースアプリとの差別化を図ることができること、4.新聞社の強みを生かしやすいこと、5.デジタルネイティブ世代へのメディアリテラシー教育が可能であること、の5点だ。

1.広告が獲得しやすいことに関して、インターネット上でメディアを運営し収益をあげるためには、広告収入の存在を無視することはできない。広告とジャーナリズムをどう両立させるのかは、考えなくてはならない問題だろう。広告主にとっては、ニュースなどの年齢・性別を問わない不特定多数に向けた情報を扱うサイトよりも、ユーザーの大半が20代の女性であるような化粧品の口コミサイトといった場所の方が高い費用対効果が見込めることは間違いない。こういった意味で、10代の若者を対象としたニュースアプリは、高い広告効果があるのではないだろうか。

2.今後の利用者の増加が期待できる層であることに関して、携帯電話やスマートフォンの普及が進むとともに、携帯電話を持ちはじめる年齢も下がってきている。内閣府の調査によると、自分専用・あるいは家族と兼用で携帯電話を所持している青少年の割合は年々増加している。平成21年では50.2%だったのが、平成25年には54.8%となっており、今後も徐々に増加していくことが予想される。

3.ニュースアプリとの差別化を図ることができることに関しては、ニュースアプリの利用者層は20から50代の大人である。中高生や小学生を対象としたニュースアプリは、まだリリースされていない。まだ誰も参入していない世代に切り込んでいくことで、新たな価値を生み出せるのではないだろうか。
4.新聞社の強みを生かしやすいことに関して、新聞社の強みとは先に述べた通り信頼性や記事の質、社会的影響力である。これが若年層向けのニュースを作るにあたってどう役に立つのかというと、おもに保護者からの支持を受けやすいという点である。内閣府が保護者に対し行った調査では、「子どもがインターネットを使うことに関して心配なこと」を問う設問で「インターネットからの情報を鵜呑みにすること」を選択した人は42.1%に上った 。子どもに携帯電話を持たせる親が増えている一方で、その危険性を憂慮している親は多い。現在のニュースアプリが配信する記事のなかには、青少年にとって好ましくない記事や広告が含まれていることもある。そういった情報に配慮し、記事内容も理解しやすいように書きかえたものを新聞社がリリースすれば、多くの保護者は子供にダウンロードを促すだろう。

5.デジタルネイティブ世代へのメディアリテラシー教育が可能であること、これは最も大きな利点である。現在の若年層は、物心ついたころからインターネットやパソコンに囲まれて育ち、デジタルネイティブ世代と呼ばれる。インターネットによって、誰もが自由に情報を発信できる時代である。心地よいメディア環境の実現のために、一人一人に高いメディアリテラシーが求められるようになったことは間違いない。情報過多の時代に生まれた彼らにとって、早くからメディアリテラシーを身につけることはこれまでよりもいっそう重要だ。アプリのなかでメディアリテラシーに関する記事をコンテンツのひとつとして配信することによって、多くの人が適切なメディアとの付き合い方を学ぶ。情報の受け手と送り手の境目がなくなった今、それぞれがメディアリテラシーを身に着けておくことは、今後ジャーナリズムが衰退しないためにも大切なことである。

新聞社の存続とジャーナリズムが機能し続けるために、こういったアプローチをするのも一つの手段ではないだろうか。
新聞紙の衰退に歯止めをかけることはほとんど不可能に近く、インターネットにおけるニュースサービスの競争は過熱している。しかし、そういった状況だからこそ新聞ジャーナリズムに価値があることも確かだろう。新聞ジャーナリズムを絶やさないためにも、今すぐ動き出すべきではないだろうか。

 

※参考文献

歌川令三、湯川鶴章、佐々木俊尚、森健、スポンタ中村『サイバージャーナリズム論「それから」のマスメディア』ソフトバンククリエイティブ 2007年
PewResearchCenter Journalism & Media
Newspapers: Fact Sheet State of the News Media 2015  April 29, 2015
<http://www.journalism.org/2015/04/29/newspapers-fact-sheet/>
「新聞が消えた日 ~ジャーナリズム 未来への問いかけ~」NHK エス・ビジョン 2009年
「新聞の公共性と役割~私たちはこう考えます~」日本新聞協会 2013年
池上彰「池上彰に聞く どうなってるの?ニッポンの新聞」東京堂出版 2015年
神余心「メディア激動時代(69)むかし新聞、今ニュースアプリ 様変わりするニュースの「読み方」」『エルネオス』第20巻(2014年―12号)58-61ページ。
株式会社MM総研「スマートフォン契約数および端末別の月額利用料金・通信量」2015年
株式会社 ICT総研 (東京都千代田区)「2014年度 モバイルニュースアプリ利用動向に関する調査」
池上彰「池上彰に聞く どうなってるの?ニッポンの新聞」東京堂出版 2015年
「青少年のインターネット利用環境実態調査 平成26年度」内閣府