死刑制度の異様さ

君和田 正夫

 「断頭台への道」と題した激しい演奏を聴き終えて,死刑制度を考えざるを得ませんでした。H・ベルリオーズが作曲した「幻想交響曲」の第4楽章です。7月26日、「はじめてのクラッシック~中学生・高校生のために」で演奏されました。コンサートは作曲家の三枝成彰さんが、子どもたちにクラッシックを、と2007年に始めたものです。今回で12回を数えました。

 コンサート当日、法務省はオウム真理教の元死刑囚6人の死刑を執行しました。6日には松本智津夫元代表ら7人の刑が執行されています。「執行終える」という冷たい見出しが、たんたんと「事務」を執り行ったという雰囲気を伝えます。

 

新聞はオウムの死刑をどう伝えたか

 

 死刑制度は廃止すべきだ、と若いころから考えていたので、27日の新聞が死刑執行をどう伝えたか、気になりました。

 各社とも一面のほか、複数の面を使って報じました。論点は大きく分けて4点でした。執行時期、テロ対策、カルト集団対策、死刑制度の是非です。

 朝日新聞は2面をほぼ全面使って「大量執行 死刑論議に影響」と死刑の是非に的を絞りました。日本弁護士連合会が20年までに死刑廃止を目標にしていることを伝えました。読売新聞は3面で「限られた執行時期」という見出しで、平成の犯罪は平成のうちに決着を、という法務省幹部の話を紹介しています。「死刑制度の是非」という囲み記事も扱っています。

 毎日新聞は2面で「カルト 心の隙狙う」と題して、若者がなぜカルト集団に取り込まれるかを分析しています。社説では未解明な部分が多い事件について政府は警察、検察、公安調査庁、自衛隊などが持っている情報を集約して、テロ対策に備えるべきだと主張しています。

 東京新聞も2面で「7月の全員執行急ぐ」と言う見出しで「来月以降は重要な政治日程や慶事が重なる」と書いています。社説では「国連から死刑廃止の勧告を何度も受け続けている。もっと国際的な批判を真面目に受け止めたほうがよかろう」と提言しています。

 産経新聞も1面で執行時期に焦点を当てた記事を掲載しています。社説に当たる「主張」では、「2年後の東京五輪は、十分にテロの標的となり得る。オウムの反省を、あらゆる分野で反芻(はんすう)すべきだ」とテロ対策の強化につなげています。

 

醜悪な「平成のうちに」

 

 各紙を読んで驚かされたのは執行時期についてです。政府や役所は本気で「平成のうちに」と考えていたのでしょう。天皇退位、東京五輪という慶事、国民的行事の前に、つまり平成のうちに執行しよう、ということです。東京五輪のテロ対策と関連づけた時期設定でもあります。刑事訴訟法では刑が確定後、原則として6カ月以内に執行するように定められています。6カ月を過ぎれば、執行は政治日程次第ということでしょうか。死刑という重い刑であることを考えると、あまりにご都合主義の発想ですし、もっと言ってしまえば、醜悪な発想です。

 読売の死刑制度についての囲み記事に次のような談話が出ています。「オウム事件に区切りがついた今、制度のあり方を改めて冷静に議論できる時期が訪れたととらえるべきではないか」。死刑制度の存廃はオウムと無関係のはずです。13人処刑が多いか少ないかという議論とも無関係のはずです。死刑制度についての議論を長い間怠ってきたために、このような意見が出てくるのです。

 逆に、短い記事ですが目にとまった記事が二本ありました。

 

ワールドカップと後藤田正晴氏

 

 一つは朝日です。一審で松本元死刑囚の弁護人を務めた小川原弁護士がサッカーのワールドカップを引き合いに「決勝トーナメントに進出した16カ国のうち、死刑を執行しているのは日本だけ」と説明している、と紹介しました。廃止論者の私から見れば、日本の後進性をもっと強調してもらいたいと思いました。

 もう一つは産経新聞の「産経抄」です。宮沢内閣時代の平成4年、法相に就任した後藤田正晴氏(2005年没)は個人的には死刑廃止に傾いていたようだ、としたうえで「裁判官に重い役割を担わせているのに、行政側の法相が(死刑を)執行しないということでは、国の秩序が保たれるか」という言葉を紹介しています。まったくその通りだ、と思いました。どの法相の時に執行が多い、とかが問題ではないのです。死刑判決を言い渡す、執行を命じるという役割は、制度に組み込まれているのです。問題があるとすれば、制度そのものです。

 残念ながら「産経抄」の結論は私の考えとは正反対でした。昨年3月、千葉県で起きた女児殺害事件で無期懲役の判決が出ました。女児の父親の「これでは娘は天国に行けない」という言葉を紹介したあと、「後藤田氏は死刑をめぐる世論にも敏感だった。廃止はまだ、日本にはなじまない」。

 

圧倒的に多い「死刑やむなし」

 

 世論と言えば、廃止論は極めて少数なことにいつも驚かされます。2014年度(平成26年)の内閣府の世論調査によりますと、死刑廃止はわずか9.7%、死刑もやむを得ない、という人は80.3%に上りました。

 廃止の理由は「裁判に誤りがあったら取り返しがつかない」「生かしておいて償いをさせるべきだ」「国家であっても人を殺すことは許されない」「人道に反して野蛮」「廃止しても凶悪な犯罪が増えるとは思わない」といったところです。

 これに対して維持派は「廃止すれば被害を受けた人やその家族の気持ちがおさまらない」「凶悪な犯罪は命をもって償うべきだ」「生かしておくと同じような犯罪を犯す危険がある」「廃止すれば凶悪な犯罪が増える」などです。

 一方「将来も廃止しない方がいい」という人は57.5%、「状況が変われば廃止してもいい」が40.5%でした。質問にある「将来」とか「状況が変われば」という前提が、どのような将来や状況を指しているのか分からないのが調査の難点ですが、「終身刑」を導入した場合の死刑の存続についても賛否を問うているので、終身刑導入が「将来」と「状況の変化」を指しているとも理解できます。しかし別の状況変化も考えられます。誤審、冤罪(えんざい)などが繰り返された時などです。「状況が変われば廃止してもいい」の声をもっと掘り下げる世論調査であって欲しいと願います。

 

「八海事件」と「首なし事件」

 

 私が死刑廃止に賛成するきっかけになったのは、中学か高校の時に読んだ正木ひろし弁護士の「裁判官 人の命は権力で奪えるものか」(光文社カッパブックス)という著作でした。冤罪事件として歴史に残ることになった「八海事件」の法廷闘争の記録です。「昭和31年26版発行」という汚れた本を、折に触れ読み返して来ました。正木氏は1975年に亡くなっています。

 「八海事件」は1951年に山口県で起きた夫婦殺人事件です。二度の死刑を宣告された阿藤周平氏が、拷問による取り調べと無罪を訴え、正木氏に手紙を書いたことが、長い戦いの始まりでした。

 私は朝日新聞に入って最初の赴任地が山口でした。山口勤務の65年に広島高裁で阿藤氏に三度目の死刑判決が出ました。その後、無罪が確定したのは1968年です。事件から17年もかかりました。

 八海事件をもとに今井正監督は「真昼の暗黒」(1956年)という映画を作りました。「おっかさん、まだ最高裁がある」という最後のセリフは有名です。阿藤さんは2011年、84歳で亡くなりました。

 正木氏はその後、「弁護士 私の人生を変えた首なし事件」(講談社)という本も出しました。1944年、茨城県で取り調べ中の被疑者が死亡しました。正木弁護士は警察による拷問を証明するため、法律違反を承知で墓を掘り起こし、首を切断して鑑定に持ち込むという衝撃的な本でした。

 「1%でも、0.1%でも無罪の可能性がある限り、死刑制度は廃止すべきだ」と考えるようになったのは「八海事件」や「首なし事件」が出発点です。しかし冤罪事件は死刑制度が抱える問題点を誰にでもわかる形で示したにすぎません。強引とも思える捜査、裁判つまり公権力による冤罪事件は「凶悪犯には極刑を」という世論に寄りかかっている、と言わざるを得ません。

 

復讐、報復の感情をどう吸い上げるか

 

 死刑制度が世論の「報復」「復讐」「憎しみ」といった感情に支えられた制度であることは「産経抄」の父親の発言でも明らかです。友人から次のように聞かれました。「お前の家族が殺された時、犯人をぶっ殺してやろう、と思わないのか」。「当然そう思う」と答えました。冤罪事件であるかどうかに関わらず、死刑に異様さを感じるのは、こうした感情を死刑という形に直結し、国の制度として具現化しているからです。

 報復、復讐、恨み、憎しみといった気持ちは人間を構成する重要な要素です。それを否定してしまったら、人間なんてつまらない生き物になってしまいます。私が問題だと思っているのは、そうした感情を吸い上げて、どのような制度を作るかです。個人で行ったら犯罪になるものを、国家が行ったら犯罪にならない、その境目は、国民感情の吸い上げ方、つまりろ過の仕方にかかってきます。
「一人の殺害は犯罪者を生み、百万の殺害は英雄を生む」(チャップリン『殺人狂時代』)という名言は「公」と「私」ののっぴきならない関係を指しています。

 「断頭台への道」は若いベルリオーズが夢の中で愛する女性を殺してしまう、という話です。死刑を宣告され、断頭台に行列と共に引かれて行く。そして群衆の見守る中、処刑されるまでを表現した激しさに圧倒される交響曲です。

 死刑廃止は政府の強い意志がないと実現しないでしょう。私たちは行列の一人、群衆の一人のまま、断頭台を見続けるのでしょうか。