アナウンサー試験まもなく本番

M.Horikoshi

M.Horikoshi

堀越 むつ子

 放送メディアでのアナウンサーの役割は、伝えるべき情報を声に出し、言葉できちんと伝えることです。心と心を結ぶ大切な道具が言葉です。言葉の使い方、言い方ひとつで人の心は開いたり閉じたりします。わかってもらおうと一生懸命話したつもりでも、思いはなかなか伝わらないものです。話せばわかると言いますがそうだろうか、と悲しくなるほど言葉が通じないことがあります。自分が未熟なのか、相手の理解力に問題があるのか。

 アナウンサーのプロになるためには先輩や同僚から絶えず「正しい日本語」のレッスンを受けます。間違いやすい言葉、アクセント、地名、スポンサー名の読み方。明日は「あした」とは読まず「あす」と読む。約は「やく」ではなく「およそ」と読む、などアナウンサーの「いろは」とも言える読み方も必須です。ニュース、天気予報、事故や災害の現場実況、リポート、スポーツ中継、インタビュー、司会。あらゆるジャンルの「話す技術」を磨くことが求められます。

 アナウンサーと番組との出会いはとても大切です。番組がアナウンサーを育ててくれると私は信じています。番組をご覧になる視聴者の皆さんからは常に厳しく温かいアドバイスを受けます。番組からたくさんの人との出会い、さまざまな取材経験の場をもらい「話す力」が磨かれます。新人アナウンサーが基本をマスターし、応用問題が解けるようになり、個性が輝き、成長していく姿を見るのはこの上ない喜びです。

 私の一日はテレビのスイッチを入れることから始まります。朝早くから明るく元気に爽やかに画面に出てくるアナウンサー。朝5時に始まる番組の出演者は午前2時には局入りしなければなりません。見て下さる方々に不快な思いをさせないように、一番いい顔で番組に出なければなりません。特に生放送では何が起こるか予測できません。どんなことが起きようがテレビに出ている話し手は、きちんと情報を伝えなければなりません。いざという時の心構えができていないと視聴者を混乱させてしまいます。「しまった!」は許されません。テレビはその人そのもの、ありのままの姿を映し出します。しんどいですがやりがいのある仕事です。アナウンサーは局の顔です。持論ですがアナウンサーが元気で楽しそうに仕事をしている局はいい局です。

 私が社長をしている「テレビ朝日アスク」はアナウンサーになりたいと夢見る若者たちの夢をかなえるお手伝いをするのが仕事です。今年で創立15周年を迎えました。アナウンサー養成コースでは年間1千人ほどの学生が学び、就職試験に向けて同じ夢を持つ仲間たちと切磋琢磨しています。アナウンサー合格者の数は年々増え続け、今年は81人のアナウンサーを輩出しました。全国の放送局で採用するアナウンサーは毎年百数十人と言われていますので立派な成績だと思います。

 

「どうすればアナウンサーになれるんですか。ミスコンとかで選ばれていないとだめなんですか」

 

 ここ数年、就職は売り手市場と言われていますが、アナウンサー試験に関しては買い手市場が続いていると言っていいでしょう。千人に一人か二人しか受からないといわれるほど激烈な試験です。アナウンサー試験の内容は放送局ができてから60年、ほとんど変わっていません。自己PR、簡単な原稿読み、パネルなどを使ったフリートーク、映像を見ながらの実況描写、スタジオでのカメラテスト、グループトーク等々です。採用する側は素質を見極めるために手を変え品を変え仕掛けを用意します。ある番組からテレビ朝日の女性アナウンサーにアンケート依頼がありました。なぜあなたはアナウンサー試験に合格したと思いますかという質問に対し、ほぼ全員が「わかりません」「運がよかっただけです」「今でも何かの間違いだと思っています」と答えました。何がどう評価されたのかわからない。アナウンサー試験の採用基準の不可思議さを表現しています。

 劇団四季の浅利慶太さんは劇団員の選考について「感性は会話すればわかる。素質は歩いて一回転すればわかる。わからないのは根性。だから素質で採る。(入ってからは)根性ないと消えていく。根性で生き残る。」と述べています。共感できます。

 スクールなどに通わなくても合格できる人はいますが、稀です。合格するにはどうすればいいのでしょうか。準備が必要です。まずはなぜアナウンサーになりたいのか自分と向き合うことから始めます。第一関門のエントリーシートには局によっては7枚も写真を貼らなければなりません。いろいろな表情が必要で1000枚くらいは撮っておいたほうが安心です。日比谷なのか渋谷なのか、橋なのか箸なのか、間違った発音・発声・言葉・知識では真実は伝えられません。何が間違っているのか気付かなければなりません。カメラ映り、聞きやすい声、感じの好さ、すぐには身に付かないことばかりです。歯並びは見た目はもちろんのこと発声発音にも大切で、矯正には時間がかかります。試験の時に痛くなったら大変と、親知らずを4本一度に抜歯して私をびっくりさせた学生がいます。内定をもらった学生たちによると「必要なのは気力、体力、経済力。何よりもアナウンサーになるという熱い思い」だそうです。何度叩きのめされてもめげない。あきらめない。2年間かけて150社受け続け、交通費など諸経費150万円をかけ内定を獲得した学生もいます。

 

「採用試験はいつ始まるのでしょう。早く始まらないと落ち着きません」

 

 今、こんな質問が私たちを悩ませています。2016年春大学卒業予定者の就職活動スケジュールがこれまでと大きく変わります。今年4月、安倍首相が「学業に専念する期間を長くすべきだ」と要請したことに応え、経団連が採用選考開始を4カ月遅らせ、会社説明会は3月に、面接等の開始は8月解禁を守るように呼びかけました。違反しても罰則はありません。来年8月を待たずに優秀な人材との出会いを早めようということでしょうか、今年は一般企業のインターンシップが例年になく活発に開催されています。

 民放のアナウンサー試験に関しては実際には大学3年の夏休みに行われるセミナー形式のアナウンサー体験から始まります。セミナーとはいえ密かに内々定の約束をする局があることを学生も知っています。そして本番は昨年までは10月にTBS一局だけが実施。その他のキー局は年明けの2月以降に実施し、その後準キー局、基幹局、地方局と続きました。今年はまだ一社も実施していません。「就職活動期間がだらだらと長く続いている感じ。蛇の生殺しっていうんですか?早く試験を始めてほしい」とは率直な学生の意見です。早く就活から解放されたいのです。

 

「バスの中でおばあさんに話しかけられました」

 

 とても気になることがあります。
 ある地方局の総合職の面接でその地域の印象を尋ねたところ、7~8割の受験生から「バスの中でおばあさんに話しかけられました。私は誰からも親しみを持たれ云々・・・」という答えが返ってきたそうです。面接官は「どこかでそう答えるように教えているのかな?」と呆れていました。

 また、面接の時の服装。まるでお通夜のようです。いつからでしょうか。昨年は特に黒のスーツが多かったように思います。黒でもいいですがインナーは自分によく似合う色を持ってくるとか、アナウンサーを目指すなら自己表現できる能力が必要です。採用側がそんなことを望んでいるでしょうか。もっと自分を大切にと願ってやみません。

 ことほどさように自分の言葉、自分の感性、自分の考えを大切にしていない、どこかに置き忘れてしまっている。残念です。

 

「父親が泣いて喜んでくれましたきつかったけどあきらめないで本当によかった!!」

 

 50社目で出身地の放送局に合格した学生のことばです。合格の報告は私たちにとっても一番うれしい瞬間です。4年生のアナウンサー試験は今も続いています。地方局やNHKの契約アナの試験です。卒論を抱えながら試験を受け続けています。小学生の頃からの「アナウンサーになりたい!」という夢をかなえられる人がどれだけいるでしょうか。その努力、あきらめずに受け続ける強い心と体。一人でも多く喜びの涙をと願うばかりです。

 これほど大変な思いをしてアナウンサーになったというのに「女性アナ30歳定年」という言葉があります。女性アナは消耗品ではありません。私は30歳を越えてからニュースを伝えるのが楽になりました。結婚し4世代で生活し2人の子の親になり、世の中の出来事全てが他人事ではなく受け止められるようになりました。年を重ね経験を重ねないとわからないことが沢山あります。生活実感は大切です。新人の時「定年までニュースを伝えなさい。やめちゃだめだよ。僕はテレビでその姿を見るのを楽しみにしているよ」と言ってくださった先輩がいました。嬉しかったです。

 一見華やかに見える局アナですが、テレビやラジオで話すことが仕事の普通の会社員です。長く活躍し続けるにはどうすればいいか。「ビジョン・アンド・ハードワーク 目的をはっきり持ち一生懸命働くこと」ノーベル賞を受賞した 山中伸弥教授の座右の銘が思い浮かびます。テレビやラジオに出続けることです。来るもの拒まずやってみる。今をがんばる。自分に期待されていることは何か、しっかり役割を果たしがっかりさせないこと。そして、目標を持つこと。こんな仕事がやりたいと願い続けること。そのための準備・勉強を怠らないことです。必ず誰かが見ている聞いていてくれる願いをかなえてくれる。今、身近で活躍している人を見てそう思います。

 アスク出身のアナウンサーは全国の放送局で働いています。社会人になっても、アナウンサーですからその仕事ぶりは居ながらにしてテレビやラジオで確認できます。「元気がないなー。何か悩んでいるのかな。」と心配になったり、「素晴らしい中継リポートだね」「きれいになったね」と嬉しくなったり。遠く離れて仕事をしていてもテレビで仕事ぶりをチェックできるのがアナウンサーという職業です。

 好きなことを仕事にできる幸せを手に入れるために一生懸命な若者たち。一人でも多くの夢をかなえその活躍をテレビで見ることが私の夢であり、老後の楽しみでもあるのです。

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