志村一隆
金はかかるが魅力的という性格が災いするのか、映像はしばしばお金の出し手のプロパガンダに利用されてしまう。国家、政治家、企業などなど。戦後すぐハリウッド映画を見て「こんな国と戦争したのか。日本は絶対勝てないよ」と思ったという諸先輩の話(もちろん、米国は「意図的」にそれを見せたんだろう)や、共和党政権の時は勇ましい映画が多いハリウッド、テレビが無ければマスメディアも成立しなかっただろうし、映像表現の影響力は文字とは桁違いだ。最近、中国で一番のお金持ち、王健林氏の大連万達グループ(Wanda Group)が米国の劇場チェーンと映画制作のスタジオを買収したが、米国で中国プロパガンダの映画がたくさんかかる日が来るんだろうか。
一筋縄ではいかない映像の世界。そんな悪弊から少し離れてるのではないかと感じるのが、いまや世界最大の映像作品のスポンサー「Netflix(米国のネット配信事業者)」の立ち位置である。彼らは2016年コンテンツ獲得・制作に5,900億円使うという。
Netflixは世界130ヶ国に進出してるが、制作資金の5%はローカルコンテンツの制作に充てる。日本では芥川受賞作「火花」が5月に公開されるほか「パーフェクト・ボーンズ」というアニメを制作中。フランスではジェラール・ドパルデュー主演ドラマが5月に始まる。英国では100億円以上掛けてエリザベス女王の物語「The Crown」を6シーズン×10回分を制作してる。
「火花」は世界中に配信されるし、日本でもフランス発ドラマを見ることができる。多元的だ。ハリウッドスタジオは米国的価値観を世界に売りまくる一元主義と違う。これってインターネットが体現しようとしていた理想ではないか。
文化の多元性を実現するNetflix
インターネットも今じゃ同じような意見ばかりが溢れてる。ネット空間をメディアと捉えた広告ビジネスの功罪の一つだろう。視聴率がテレビメディアにもたらした悪影響と同じ。
その点、Netflixにとってインターネットは単なるインフラ。今のところNetflixはローカルコンテンツの重要性を謳い、文化の多様性を体現している。本音は商売上そうしてるだけかもしれないが。それでも経済合理性ゆえの多様性って資本主義の新しい局面ではないだろうか。テレビを見ない時代の映像プラットフォームがNetflix的なオンデマンドなものになれば、映像は広告を含めたプロパガンダ利用から解放される。それは国家の在り方を側面から変えていくんではないか。
もちろん、今後あの有名なレコメンデーション機能を悪用して進出国のユーザーを親米派にするための作品ばかりをオススメするなんてことをするかもしれないけれど。
と、つらつらと書いてしまったが、4月18日にNetflixの2016年1-3月期の業績発表があったので、アナリストインタビューを見てメモったことを記録しておこう。とりあえず3ヶ月で700万件も加入が増えたのにはビックリした。
Netflix、2016年第一四半期アナリストインタビューのポイント
【コンテンツ関連】
- ライブ中継:いまのところ考えてはいない。他プラットフォームがライブに進出するのはインターネットTV市場拡大にいいことだ。Netflixはオンデマンドというブランドであり、ライブ中継はする必要はない。
- VR(VIrtual Relaity:仮想現実)コンテンツ:ゲームコンソールやPCが必要なので、この数年は人気が出るとは思わない。
- 4K:米国で2000ドルくらいの4Kテレビが出てきており、4Kコンテンツは人気が高まっている。12ドルのHD4スクリーン価格も妥当である。
- 非英語圏でのコンテンツ:ブラジルのTOP10視聴番組の8個はNetflixオリジナル。非英語圏ではオリジナル、ローカルコンテンツ増やす。全米で200万人がフランス語コンテンツを見ている。映画配信権とオリジナルコンテンツへの投資の両方でいく。またオリジナル映画は映画チケットとnetflix料金セットで販売することも考えている。
【ビジネス関連】
- ハリウッドスタジオのM&A:創業時から一度もM&Aしたことはない。これからもない。ディズニーなどは、サプライヤー、競合、制作パートナーである。スタジオとは複雑な関係である。
- 海外進出のポイント:eコマース発展してる国はNetflixも課金しやすい。キャリア課金、ISP課金、プリペイドなどを多様な決済方法を揃える。
ということで、受け手優位のオンデマンド性が高まり、機材も安くなれば、映像は金持ち=権力の持ち物だけでなくなる。いつまで続くかわからないが、Netflixはそれを図らずとも体現していってほしい。
(参考)
- Netflixの会員数は7,700万件。この1年間で1,800万件も増えた。日本の会員数は50万件くらいか(噂)。ちなみに昨年の売上は8,000億円。
- 大連万達は2012年26億ドルでAMC Theatres (米国の劇場チェーン)と2016年1月35億ドルでLegendary Entertainment(米国映画スタジオ)を買収した。彼らはさらにViacom(米国パラマウント・ピクチャーズを傘下に持つ)の買収にも興味あると報じられている。ちなみに中国の映画市場は2015年に40%以上伸び、今年もさらに50%以上伸びているという。来年は米国を抜き、世界最大の映画市場になると予想されている。
- ジェラール・ドパルデューは先日フランスの富裕層課税に反対して、ロシア国籍となってしまった。
- Netflixの2016年4-6月期業績のまとめはコチラ
- 2016年7-9月期業績のまとめはコチラ
- パフォームDAZNなどスポーツのOTTビジネスについてはコチラ
- 米国有料放送(ペイテレビ)の動向についても書いてみた。コチラから。