ハマる仮想現実 – CES2016から

Kazu Shimura

Kazu Shimura

志村一隆

 正月早々、成田からユナイテッド航空に乗り込んだ。行き先がハワイなら楽しいのだが、そうではなくてラスベガスである。といっても、直行便ではなく、まずデンバーまで行く。デンバーはずいぶん前に1ヶ月過ごしたことがある。夏のいちばんいい時期でこざっぱりとした印象しかないが、久しぶりに来た空港もとても綺麗だった。スズメが飛び回っている。そんな呑気な空港でハンバーガーよりはヘルシーということでメキシカンフードを食べながら3時間近く時間を潰し、ラスベガス行きの飛行機に乗り込む。デンバーとラスベガスは4時間。現地に着く頃にはもう身体がフラフラしている。

 なんでそんな苦労してまで砂漠の街“Sin City”に行くのかというと、ギャンブルをしに行くというわけでなく、CESというイベントに参加するためである。家電や自動車、それにIT企業が展示する未来社会を体験したり語り合ったりするために、世界中から10万人がやってくる。

 

現実を模す映像の現実

 

 

 毎年CESに通っていると、面白い年とそうじゃない年がある。今年はスマートテレビが華やかだった数年前以来の面白さだった。

 なかでもVR(Virtual Reality)という、訳すと実質的な現実?巷ではよく仮想現実と呼ばれている製品群に惹かれてしまった。

 VRと言われてもわからない人のほうが多いと思うが、3D映画やiPhoneでも取れるパノラマ写真といった視覚表現やゲーム機のコントローラがブルっと震えたりするような機能を合体させて、ただ見るだけでない映像体験をさせるサービスといえるだろうか。Virtual Reality 仮想現実

 ヒトは他の動物に比べて視覚優位らしいが、さらに触覚も加えられたら「おぉー」という感じになる。目隠しされた人が首筋に衝撃を受けると、たとえそれが手刀であっても、血が噴き出してるところを想像して死んじゃうって聞いたことがある。視覚優位であり錯覚の動物なんだろう。

 VRも手ぬぐいの目隠しの代わりに、ハコのような機械(IT界隈ではヘッドマウントディスプレイと呼ぶ)を顔につける。そこに、プラネタリウムのような360度映像が流れる。この没入性(Immersiveと呼ぶ)がなんとなくアブナイ感じもする。ハイになる個室VRサービスとか健全じゃないものもスグ思い浮かぶ。

 自分はこれに衝撃を受けた。なにしろゲームをすれば自分が操縦席に乗って飛行機を動かす感覚を味わえる。ステージのアーティストの演奏を見ながら、後ろを振り返る(文字通りハコをつけたまま首を動かす)と満員のお客さんが体を揺すっている光景が見れる。

 と、そんなことを考えながら、TBSのヤマさんとNHKのK又さんと中目黒で呑んでいたら、昨年WOWOWがニコニコ動画と組んで錦織選手の試合を360度VRで中継していたと教えてくれた。実際に経験したK又さんが言うには、ボールの動きとともに首を振るので疲れて機械を外して、会場に流れてる大画面のWOWOW中継を見ると、なんと見やすいんだろうと思ったそうだ。その見やすさは、サーブするときはコート全体が映って、ボレーやなにかが決まると、ちょっと角度を変えた映像が映るといった編集の工夫で生み出されているという。

YouTube CBO CES2016 テレビ好きな人は、どんな映像でも知らずにテレビ的な見え方を求めてしまっているんだろう。VRもテレビ的文法に影響されるんだろうか。

 ただ自分は平面スクリーンで3次元を感じるより、ハコのなかで繰り広げられる360度映像のほうがより直感的に楽しめた。画家でも映像作家でも平面に奥行きをつける技法に苦労してきたわけだが、VRは平面にこだわる必要がない。いままでの制約が取り払われるのだから、新たな技法が必要になるんだろうが、それはテレビ的なものを引き継ぐのかどうか?そこは興味深いテーマだ。

 なんてクドクド言ってきたが、百聞は一見に如かず。実際に体験してみたほうがいい。

 

仮想現実に気軽にハマる方法

 

仮想現実 Virtual Reality VR映像を気軽に体験するには、アマゾンでGoogleが出しているVR機器「Cardborad」を買えばよい。2,480円。そんな高くない。そして、スマホにアプリをダウンロードする。自分のオススメは、「Jaunt」「Vrse」「Lamper VR」の3つ。(ほかにも、Google Spotlight Storiesというアプリもある。GoogleのAdvanced Technology And Products (ATAP)部門が制作している。)

 Vrseに収められたシリアやアフリカの難民を追ったドキュメンタリーを見ると、草原に立つ少女に思わず話しかけそうになる。それだけ現実に近い感覚を味わえる。まさに実質的な現実。仮想現実。

 アプリやゲームの操作は頭を振って行う。空中に浮かんでいるポインタを動かしながら操作する。パソコンで矢印をなにかの場所に持っていきクリックする作業と同じである。

 VR動画を作りたい人はどうか。CESには、すでに360度カメラと編集ツールを500ドルくらいで発売するベンチャー企業がいた。VR市場には高価格の機材を使えるからプロという概念は最初からないのだ。

 

VRのビジネス構造

 

 さて表現云々はいいとしてのVR市場はどのように発展するんだろうか。CESではサムスンやHTC(中国のケータイメーカー)が発表したVR機器が話題になっていたが、自分が思うにGoogleの動きがいちばん重要な気がする。GoogleのCardboardは2,480円だが、メーカーのVR機器は1万円近くする。YouTubeもVR対応してる。VR市場構造図

 これは、Android OSで格安スマホを広め、Google Playでアプリやコンテンツを売って儲けるのと同じ戦略である。メーカーでなくプラットフォームを握る人が儲かってしまうデジタル時代の黄金ルール。

 CESにはYouTubeのCBO(Chief Business Officerの略らしい)Robert Kyncl氏が来て話をしていた。これからも動画が成長する理由のひとつに、このVR的な映像への対応をあげていた。ちなみに、ほかの3つは、モバイル・音楽・コンテンツの多様性だった。GoogleはカメラメーカーのGoProや制作プロダクションと提携してVR作品を作ってもらっている。Aardman Animations制作のVRアニメはYouTubeに公開されている。(”Google Spotlight Presents, Special Delivery” 下記動画を参考。PCで見てる人は左上の矢印をマウスでいじると画面が動く)

 

ネット動画がテレビと分岐した2016年

 

映像表現発展の歴史 Netflixやスマートテレビはコンテンツ流通の革命だった。インターネットを利用してドラマや映画を届けたり見たりするサービスの利便性が向上した。ただ、届けている映像作品はテレビもインターネットも同じ。そこに争いごとが生まれた。

 しかし、VR映像をテレビで見せようと思ってもムリだ。大げさに言うなら、VRはインターネットでしかできない映像表現の発見である。つまり、インターネットが自分たちのコンテンツを見つけて自立し始めている。この2016年はそんな記念すべき年になるかもしれない。

参考:バルセロナのモバイル・ワールド・コングレス(MWC)VRメモはコチラ