マイケル・ムーア「華氏119」

H.Sekiguchi

関口宏
 マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画、『華氏119』を観ました。
これまでもアメリカ社会を厳しい目で見つめてきた監督の最新作で、119とはトランプ大統領勝利宣言の日・2016年11月9日を意味しています。
 
 そして、そのトランプ政権下の今のアメリカの状況に警鐘を鳴らしている作品なのですが、大統領選挙の裏話から医療・産業・銃問題等々様々な角度から今のアメリカを映し出していて、私の実感は「アメリカが壊れている!」でした。それは「壊れた」ではなく「壊れている」という進行形に思えましたし、監督も「このまま進んでしまっていいのか?」と観客に訴えているように感じました。
 
 日々次から次へと報道されるトランプ氏の言動。メディアにとっては格好のネタになる珍しい大統領なのですが、ではなぜそんなトランプ氏が登場したのでしょうか。
 

©2018 Midwestern Films LLC 2018
11月2日(金) TOHOシネマズ シャンテ他
全国ロードショー
配給:ギャガ

 アメリカ中西部近辺の人々が、これまでのアメリカのあり方に行き詰まり感を募らせ、大きな声を上げ始めた。それが岩盤とも言われる40%前後の支持層を作りトランプ氏を強力に押し上げている。とメディアは伝えています。その行き詰まりの根底は経済。そこに白人至上主義が絡まって問題を複雑化させているようです。
 
 かつては世界中の羨望の的だったアメリカ。それこそ世界中から人々が集まり「人種の坩堝(るつぼ)」と言われ、またアメリカも率先して人類の理想の実現を目指していたはずです。更に功罪については意見が別れるところですが、「世界の警察官」「世界のリーダー」を自負してきたアメリカ。そのアメリカに岩盤支持層は「NO !」を突きつけたのです。
 
 確かに「覇権国」アメリカの維持には行きづまり感が見えます。膨大な軍事費を抱えつつ、経済活動でも世界のトップを走り続けようとする無理が、あちらこちらに露呈しています。トランプ氏の言う「アメリカ・ファースト」もどこか空疎に響きます。ひょっとするとアメリカは、根底から考え方を変えなければならないところに来てしまったのかもしれません。
 
 しかし、そんな時代になったからこそ、その時代がトランプ氏を呼んだのでしょうか。
 
 何かを変えるためには何かを壊さなければならない「スクラップ・アンド・ビルト」の時代には、常識的な人よりも、やや変わり者に思える人の方が思い切ったことをやってしまう、いや、先のことを考えずにやってしまう危険性をはらみながらも、やってしまった先には何かが見えてくるのかもしれません。
ただその「壊し方」に問題がある。「このままでいいのか」と『華氏119』は訴えていました。
(この原稿は10月末に書きましたので、11月6日の中間選挙の結果はまだ分かっていません。)
 

 そして話は変わるのですが、映画の感想をもう一本。遅ればせながら、若い人達にうけている『カメラを止めるな!』も観ました。
 
 始めの30分ほどは、それこそカメラを止めずにワンカットで、ホラーもどきドラマが展開。俳優さんも入れ代わり立ち代わり、建物の中をあっちへこっちへ動き回ったかと思えば外に出て行き、また建物の中に戻ってきたりする30分。俳優さんばかりでなくカメラマン・照明・音声その他のスタッフもついて回らなければならないわけですから、それはそれはヘトヘトになるくらい大変な撮影であったろうと思われます。そしてその後、徐々にその舞台裏のネタばらしをして行く仕掛けになっているのですが、予算もない中(と聞きました)、ヒットしたのはアイデアの勝利と思われます。
 
 そしてこんな話を思い出していました。
 
 昔、巨匠と呼ばれた監督がロケ撮影をしている所に、通りがかった子供が「小父さん、何してるの?」と聞いたそうですが、巨匠応えて曰く。
「撮影ごっこ!」。
『カメラを止めるな!』は、それこそ半分命がけの「撮影ごっこ」だったのではなかったかと感じ、スタッフ・俳優さん達に拍手をおくりました。
      
テレビ屋  関口宏