図書館が地方議会を変える

【国会図・塚田】筆者近影

国立国会図書館勤務
塚田 洋(つかだ ひろし)

 

政務活動費「見える化」の限界

 

 地方議員の政務活動費をめぐる不祥事が止まらない。ここ数年では、号泣議員の兵庫県、多数の議員が辞職した富山市などが大きく報じられたが、似たような話は枚挙にいとまがない。政務活動費は公費であり、目的外の使用は許されない。議員にその自覚が足りないのならば、領収書をインターネットで全面公開するなど、衆人環視の下に置くのもやむを得ないだろう。

 ただし、政務活動費の使い道を「見える化」しても、地方議会の審議の質が上がるとは限らない。政務活動費は、研修参加や先進自治体への視察といった調査目的だけでなく、事務所の維持費などにも充てられるからである。

 

議員の質問力を強化する試み

 

 そもそも地方議会の役割は、行政(知事や市長)サイドの政策や予算をチェックし、場合によっては、条例などの形で代案を示すことである。議会が行政への「対抗軸」として充実した審議を行えば、優れた政策となって地域住民に還元される。これが理想である。

 では現実が追いつかないのはなぜか。根本的な課題は、行政との情報格差である。行政サイドが、豊富な行政情報を駆使して政策を立案するのに対し、それをチェックする議会には、提案のウラを取り、代案のヒントを得るための情報収集の基盤が整えられていない。近年は、「議員質問力強化研修」(龍谷大学主催)のように、地方議員が、議会質問の失敗事例を持ち寄って改善点を指摘し合う研修も行われている。ここでも、情報不足による「詰めの甘い」質問が、多数報告されている。

 

深層ウェブで全国を検索

 

 実を言えば、この問題の解決策はすでに用意されている。それは議会図書室である。地方自治法100条は、議員の調査研究のために議会図書室を設け、議会独自の情報源として活用することを定めている。しかし、一部の大規模自治体を除けば、議会図書室は、図書館の専門職である司書もおらず、「物置」状態で放置されている。図書館のチカラが正しく理解されていないためである。

呉市議会図書室

 図書館の活用を提案すると、多くの地方議員から「インターネット全盛の時代に、図書館が政策づくりに役立つとは思えない」という声が返ってくる。これは明らかな誤解である。彼らが言う「インターネット」は表層ウェブを指しており、Googleなどのキーワード検索では見つけにくい深層ウェブは、視界の外である。深層ウェブは信頼性の高い情報源の宝庫で、ここから議員の問題意識に合わせて情報を探し出すのが、司書の腕の見せ所である(図は表層ウェブと深層ウェブの関係を示す。クジラを狙う潜水士が司書のイメージ)。深層ウェブにあるデータベースを使えば、全国の自治体の条例を一括検索して条文を比較することも、サイト更新で見られなくなった各省庁の古い報告書を引き出すことも容易である。政策課題に関連した学術論文をダウンロードすることもできる。

表層WEBと深層WEB

 

 さらに、全国には地方自治、産業、統計などのテーマに特化した、様々な専門図書館がある。議会図書室を起点に、これらの図書館が持つ資料と専門知識をフル活用することで、行政が見落とした情報も拾える。司書が、全国の図書館ネットワークを駆使して集める情報は、多角的なものの見方や新たな発想に結び付くことが多い。

 

政策を議論できる地方議会へ

 

 議会図書室を活用すれば、地方議会の審議の質は確実に上がる。これに気づき始めた議会もある。三重県議会では、議会図書室が集めた情報を参考に、「三重県飲酒運転ゼロをめざす条例」をはじめ、数々の政策条例が作られている。広島県呉市議会では、図書室に優秀な司書を配置してから、議員の質問のレベルが上がった。主張の根拠となるデータ、他の自治体の先進事例の分析などに裏打ちされた質問は、行政サイドとの緊張感ある政策論議を可能としている。

 急激な人口減少と厳しい財政事情から、地方自治体は今後、インフラの老朽化、子どもの貧困など、前例がなく解決困難な課題に直面するだろう。行政と切磋琢磨し、最善の解決策を導きだせる地方議会が、いま求められている。