オランダ農業の挑戦

ディスカッションが行われた
ワーへニンゲン大学のキャンパス

大桃 美代子
 世界の農業ジャーナリストが集うIFJA (The International Federation of Agricultural Journalists)の国際会議が、7月11日から15日までオランダで開かれた。毎年、メンバー国で開催され、16年はドイツ、17年は南アフリカだった。今年はオランダの「農業および園芸ジャーナリズムのオランダ協会」が主催となり「Dutch Roots(オランダ農業の原点)」をテーマに会議と視察が行われた。場所はワーへニンゲン大学。世界一の農業大学として近年評価が高い大学だ。世界45カ国、220人のジャーナリストが集う大会に、私は農業を取材するジャーナリストが集う「農政ジャーナリストの会」のメンバーとして参加した。日本の農業が大いに参考にすべきことが多いので現地視察などの内容を報告する。
 オランダは九州くらいの大きさの国だが、農産物の輸出がアメリカに次いで世界2位である。農業効率、利益性の高い農業国として世界から注目されている。その農業効率をささえているのが、知の集合体となっているワーへニンゲン大学だ

 
30年がかりの「スマート農業」
 

 会議はディスカッションの他にオランダ農業の視察ツアーが複数あり、私は「スマート農業」と「畑から食卓まで」と名付けられたコースに参加した。スマ−ト農業では、世界人口が90億人を越えて食料が足りなくなる「2050年問題」を乗り越えて人類が生き続けられるのか、の問いかけからはじまった。「スマート」とはIT化と付加価値農業の意味で使われている。持続可能な農業の発展に欠かせないテクノロジーをグラスハウス(温室)施設に生かし、LED(発光ダイオード)を使うことで、植物工場で栽培時の光合成をコントロールする。市場の流通量をみてから出荷時期を決められるメリットがあると説明された。
 オランダの効率的な農業は土地の集約化とIT化でテータ集積、適地、品目を選び特化したことによると言われている。その技術は1980年代の政府からの土地の払い下げで始まっているというから、30年かけて国と農業のあり方を作って来たことになる。

 
IT駆使の巨大温室で生まれる野菜
 

  視察では世界5位の種苗会社の「Rijk Zaam(ライク ズワーン)」のトマト試験場へ行った。
 オランダと言えば、施設園芸が有名だ。トマト、パプリカ、ナスなどをITを駆使したグラスハウスで大規模栽培する。日本も新しい農業モデルとして導入しているところも出て来ている。今回トマトの大型グラスハウスに入る事ができた。日本でいうビニールハウスと違い、ガラスで出来た巨大な温室である。温度、湿度はセンサーで感知し、管理する。肥料は野菜や花の特長に合わせて点滴のように注入される冠水システムだ。最近オランダでトマトの病気が流行しグラスハウスへの取材が難しいと聞いていたが、これを見ない事にはオランダ農業は語れない。ハウスへの入館には2回の消毒と白衣での完全武装が求められるという厳戒体制だった。

 

グラスハウスでのトマト栽培と、
そこでつくられている新種のトマト

  5メートルの天井に、高く伸びた蔓(つる)に実るトマト。ぶどうのように房状に実るトマトは収穫が一度で済む効率化の象徴だ。試験トマトはより大きく、形の揃った形状美があった。試験トマトの中には、りんごのような形のプチトマト、黄色いひょうたん型、桃のようなトマト。これがトマトか、と思うほど多様性にあふれていた。

 この企業は、市場分析、マーケティング部門に従業員の40パーセントを割いている。他の企業に比べても飛び抜けて多い。R&D(リサーチ&ディベロップメント)が会社の肝だと言う。消費者のニーズ分析と、農家がつくりやすく、売りたいと思うトマトの融合が目標だ。今後トマトは房状になり、形も色とりどりの物に変わって行くだろう。そうなれば収穫が一度で済み、農家の収入は増える。

 
データを農家と共有
 

 オランダ農業の成功は、産官学の連携が上手く行っていると言われる。研究開発を学校、企業が行い、データを農家と共有し、農家同士も勉強会を頻繁に開いている。とにかくコミュニケーションが多く、協力し合うという意識の強さを感じる。
なぜここまで団結意識が高いのか。オランダは海面から低い土地で、水害との戦いだった。治水の為に干拓、開拓を続け今の国土を作った歴史がある。協力し合わないと生きて行けない環境が団結力に繋がっているのだと、オランダ人は言う。協力しあうことが効率的になることを実感している国民だと言えるだろう。
 グラスハウス栽培について全体的に見られるのが下の写真の「World Horiti Center(ワールド ホリティ センター)」だ。オランダの西南部に位置し、世界貿易港であるロッテルダムの近くにある。ここは食に関する起業が集約している土地、いわゆる“フードバレー”に位置している。

 ワールドホリティセンターは、グラスハウスに携わる専門職を養育する学校である。生徒1200人に対し、教員が100人体制でグラスハウス施設や、栽培に関わる技術、商品化までを教えている。ここはただの学校では無く、研究開発施設であり、企業のショールームが併設され展示場にもなっている。

学校内のLEDのシュールーム

 
農業は「装置産業」に
 

 ショールームにはグラスハウスで使うLEDの会社やポンプ、資材関係、タネ、そしてIT企業数十社が並ぶ。施設園芸の導入希望者が世界中からこの学校にやって来る。日本の企業も多く訪問しているらしい。視察はタダではない。一人、3万円ほどの案内料がかかる(視察企業のコーディネーター談)。
 ワールドホリティセンターに視察の申し込みを行うと、申し込みの情報がショールームを持つ企業にも伝えられ、視察対象に興味をもった企業の営業マンが対応にやってくる。(ショールームには普段、常駐の社員はいないので視察申し込みを受けてからの対応になる)施設園芸、グラスハウスの購入を目的とする視察希望者は、ショールームを置く企業にとっては、鴨がネギを背負った状態でやってくる上顧客になる。ショールームが人を呼び、営業ターゲットが絞られる。学校内にショールームを置く事の効率性としたたかさを感じる。今後オランダの農業戦略の拠点になっていくかもしれない学校だ。大型ハウス資材を買ってもらい、指定のタネと肥料と農薬と温度、湿度管理をするシステムを丸ごと輸出する。効率化された農業のニーズは高く関連企業の裾野は広い。
 農業は自動車産業のように装置産業になってきている。オランダ農業が話題になればなるほど、様々な企業を巻き込み、資本家の投資を集め、裾野は広がって行く。特に興味を示していたのはアフリカのジャーナリストだった。節水を強みとし、点滴のようにピンポイントに根に肥料を少量で済む栽培方法がアフリカの気候や土地にあっているというのだ。食料問題の深刻なアフリカで多収農業を実現するには、大型施設園芸、グラスハウスが解決策となるのではないかという期待だ。すでに導入されているところもあるが、今後もっと多く必要になるだろうと語っていた。

 
日本が2050年に生き残るために
 

 世界農業ジャーナリスト会議で、何度も繰り返された2050年問題。人口が90億人を越え、食料が不足する。その地球的な問題にどうアプローチしていくか。食べ物を作る農業は、人間が生きて行くため絶対に必要な産業でありつづけるし、ますます必要とされるものである。産官学一体となりチャレンジつづけるオランダ農業。効率化、省エネ、循環、持続可能な農業を模索しつづける姿は、海洋国として世界覇権をしたオランダが、農業という食での制覇を狙う姿にさえ見える。
 日本が見習うべきは、目先の減反など生産調整ではなく、地球規模の食料をどう確保するか、業種を越えた連携で協力し合う意識の高さではないだろうか。世界の農業は進化し、未来の人口爆発と食料をどう確保するのか、に焦点が当てられている。食料自給率38パーセントの日本が2050年に生き残って行けるのか。日本の農業の危機を改めて考えさせられるオランダ農業だった。