ブラジルからの問いかけ

Takeo Goto

Takeo Goto

後藤健生

 去る6月12日から7月13日まで、ブラジルでサッカーのワールドカップが開かれた。結果は、ご承知の通りドイツがアルゼンチンを下して優勝。延長戦にもつれ込んだ決勝戦は、歴史に残る大熱戦だった。

 ブラジルといえば「サッカー王国」として知られている。過去19回のワールドカップのうち、なんと5回優勝。今年で20回目を迎えるワールドカップに全大会出場しているのはブラジルだけである。ブラジルでは「子供はボールを抱えて生まれて来る」と言われており、ブラジル代表の試合の日にはブラジル全土は休日となり、国民はテレビを通じて試合を観戦。ブラジルが得点を決めるたびに街中で花火が打ち上げられ、爆竹が鳴り響いた。

 そんなサッカー王国で開かれる大会だけに、2014年のブラジル大会がどれだけ華やかなお祭り騒ぎになるのかと誰もが期待していた。ところが、大会中、街中はいたって静かだったのである。

 

飾り付けのない道路

 

 この種の大会が開かれると空港から街に向かう道路には各国語で「歓迎」の文字が躍り、参加各国の国旗が飾り付けられるものだ。だが、サンパウロの国際空港から市内に向かう道路にはその種の飾りがいっさい見られなかったのである。試合の時には、たしかにサッカー好きのブラジル国民は試合に見入っている。スタジアム周辺は大変ににぎやかだ。だが、街中はではお祭り騒ぎにはならないのである。

 すでに広く報道されているように、ブラジルではワールドカップ反対運動が繰り広げられていた。ワールドカップのためにヨーロッパと同じ規準の豪華なスタジアムが全国12都市に建設された。だが、地方都市には強豪チームはなく、サッカーの観客動員数もそれほど多いわけではない。そんな街に、不相応なスタジアムは贅沢過ぎる。そんな資金があるなら、教育や医療あるいはインフラ整備に回すべきだ……。それが、ワールドカップ反対の主張の骨子である。

 ブラジルは経済発展を遂げ、中産階級が急速に増えているが、そうした中産階級の人々を中心にそんな声が上がったのである。一方で、ワールドカップを照準にストライキを打つことによって政府から賃上げなどを勝ち取ろうとする動きもあり、デモやストが本当に実施されたら、スタジアムへのアクセスや都市間の移動ができなくなると懸念されていた。

 

飾固唾をのむ国民

 

 しかし、実際に大会が始まってみると、大規模なデモやストはほとんど行われなかった。ブラジル国民は大会を成功させるために自重したのである。そして、「本当にわれわれにワールドカップのような規模の国際イベントが開催できるのだろうか?」と彼らは固唾を飲んで見守っていた。とても、お祭り騒ぎをして楽しんでいる状況ではなかったのである。

 そして、大会は成功した。普段はスケジュール変更が日常茶飯事の国内線の飛行機もほぼ定刻通りに飛んだ。大きな事故や事件も起こらなかった。空港施設などが未完成のところもあったが、それでも、選手、観客、役員は大きな支障はなく広大なブラジルをスケジュール通りに移動できた。

 「オレたちでも、やればできるじゃないか」といのが偽らざる心境だろう。ブラジル人には大きな自信になったはずである。

 もっとも、「オレたちこそ世界一」と固く信じていたサッカーでは、準決勝でドイツに7対1という信じられないようなスコアで大敗し、誇りは打ち砕かれてしまったのだが……。

 

大規模スポーツイベントの将来

 

 サッカー王国ブラジルでワールドカップ反対運動が起こったというのはショッキングな出来事だった。だが、それはこの国に民主主義が根付いていることの証しでもある。同じように、オリンピックのために不相応な巨大スタジアムを建設した北京やソチでは、そのような反対運動など認められるはずもなかった。

 ワールドカップやオリンピックといった大規模なスポーツイベントは将来どのように発展していくべきなのか? 世界に向けてブラジルから疑問が発せられたのである。

 これは、まったく他人事ではない。2020年の東京オリンピックに向けて、日本でもまったく無駄としか言いようのない巨大な新国立競技場建設計画が公表され、反対運動が巻き起こっている。政府は強引に事を進めようとしているが、どこまで住民の意思を尊重してスタジアム計画を見直すことができるのか。

 ブラジルからの問いかけに、われわれも真摯に向き合っていかなければならないのである。