定年退職者の「晴耕雨読」

N.Suzuki

N.Suzuki

鈴木直人

 数年前パラオで伝統文化の継承に関わる調査をした時、主食のタロイモの収穫と調理に参加する機会がありました。ある家族の母親と娘がヤシの木に囲まれた畑でタロイモを掘り、皮を剥き、家に持ち帰り、蒸し、つぶしていくという7時間に及ぶ作業です。その間、親子の間で会話が弾み、笑いが絶えることがありませんでした。私の研究室の学生たちも時の経過を忘れるほど、初めての体験を楽しんだようです。現在パラオではタロイモに代わってコメを食べる家庭が増えています。コメをといで炊飯器のスイッチを入れるまでに1分もかかりません。タロイモ食文化継承の危機です。

 日本の食文化の根幹をなすコメの存在はどうでしょう。TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)交渉で戦略的物資と認識されているコメの消費量は年々低下しています。今では一年間の一人当たりの消費量は昭和40年当時と比べて半分の60kgです。田植えも稲刈りもほとんど機械化されてしまいまいました。田植え姿や稲の「はざ掛け」(写真1)は田んぼの景色から消え、多くの人達は藁の存在などもう忘れています。

 パラオの体験から3年が過ぎ、私は稲作をもっと身近に感じたいと思うようになりました。週3~4日を千葉の里山で過ごす、という定年退職後の生活が昨年から始まりました。

 

手仕事の魅力、コメ作り

 

 いすみ市正立寺地区は房総半島のほぼ中央に位置する里山です。約20戸60人が四方を山林に囲まれた集落で暮らします。3年前、ここで修士学生と一緒に定年退職者が係る休耕地の活用というテーマの研究を始めました。それがこの里山でコメ作りを始めたきっかけです。表1は私が目指している一昔前のコメ作りの工程です。実際に機械化前の稲作はどうだったのでしょう。

 まず、霜の降りる前と春の「耕うん」から始まります。そして水を入れてからの代掻き(荒代・植代)は牛や馬を使いました。「田植え」や「稲刈り」は家族や地域の人たちが手伝い合う手仕事でした。田んぼの草取りや防虫は子供たちの活躍の場です。小さい足は稲の根を切りません。出穂後には、田んぼの畔から葉のついた竹を振って虫を追いやったそうです。稲を刈り、「はざ掛け」した稲の天日干しが終わると、足踏み脱穀機のリズミカルな音が響き渡ります。唐箕(とうみ)を回すと良質の籾だけが選別され、葉っぱや軽すぎる籾(もみ)は吹き出し口から勢いよく飛んで出てきます。のどかな風景が目に浮かびませんか。

稲を刈り「はざかけ」している様子

稲を刈り「はざかけ」している様子

表1

 

 

手造りにこだわる理由

 

 昨年は中国、インドネシア、台湾からの留学生を含む十二~三名の学生と数名の社会人で、5.5畝の棚田で205kgの玄米を生産しました。みんなで分け美味しくいただきました。今年は定年退職者が一名と若い社会人六名が加わり、社会人を中心とした活動になりました。「疲れるから全部機械でやったらいいのに」とよく言われます。しかし私は「耕うん」、「代掻き」、「籾すり」以外は機械を使わないでやろうと思っています。こだわる理由があるからです。大きく3つにわけられるのですが、それぞれ具体例を紹介します。

 

「人とのつながり」

 

 日々田んぼでは多くの事を学びます。「畦きり」の仕方、深水管理、幼穂(ようすい=稲の穂になる部分)が形成される時期の見分け方、等々、すべて地域の方々が先生です。田植え、草取り、稲刈りでは参加者は地域の経験者の説明によく耳を傾けます。質問をすると、笑顔で答えが返ってきます。一緒に作業をしていくうちに参加者同士も仲良くなります。話し声や笑い声が棚田に響きます(写真2、3)。しりもちでも着いたら笑いの渦です。家族で参加すると会話が弾みます。私事ですが、農作業にあまり乗り気でなかった次男が田植え前に田んぼの水持ちをよくするために畦を固める「くろぬり」を手伝ってくれたとき、帰りの車で「田んぼの土づくりのむずかしさは?」と聞いてきたのです。私は次男が「もういいから」というまで話し続けていました。

田植え

田植え

草取り

草取り

 

「自然との距離感」

 

 時々昔の農具を使ったイベント的なことをやるのですが、その時お昼ごはんは田んぼの近くの広場で食べます。自分のお椀と箸はその場で竹を切って作ります。タケノコご飯(写真4)の食材はすべて地元でとれたものです。獣害の脅威を目の当りにしながらイノシシの肉に舌鼓を打つこともあります。食後は傍を流れる小川の水の音、鳥の声を聴きながら時間はゆっくりと流れていきます。

 苗や稲の育ちは天候に左右されるので農作業の予定はなかなか立ちません。しかも雨天中止。新たに参加した若い社会人たちも「早めのスケジュール確定」を最近やっと要求してこなくなりました。私は天気が気になり空を見上げる回数が極端に増えました。

 神事につながる正月用のお飾りづくりでは、藁を大切に扱い、自然から授かったものを無駄にしてはいけない事に気付いた参加者も多かったと思います。(写真5)自分の国では田んぼで藁を焼却する景色を見慣れている東南アジアの留学生達の口から「申し訳ない」「もったいない」という言葉が自ずと出てきました。

竹飯ごうで炊く竹の子ご飯

竹飯ごうで炊く竹の子ご飯

 

正月用お飾りづくり

正月用お飾りづくり

 

「肉体の限界まで働かない」

 

 天日干しが終わった稲束を半日かけて2台の足踏み脱穀機で脱穀した時です。作業のペースがわかった学生が「一日でも二日でも気持ち良くできそうです」と言っていました。もっと大量のイネを脱穀していた昔も、肉体の限界まで働かない事が農業を営む人たちの共通の認識だったようです。学生らが就職したらこの体験をぜひ思い出してほしいと思いました。

 昨年、私は田んぼの水はけを良くするために0.4m幅x35m長深さ80㎝の暗渠(あんきょ)を一人で作りました。小型油圧シャベル掘削機を使えば、半日もかからない溝堀りに5日。そして、竹を切り出し、溝に敷き、排水口にパイプを設置し、土を戻し、固めて行く作業にさらに5日ほどかかりました(写真6)。また、「耕うん」を人力でできないものか4本鋤で試してみました。体力が衰えてくる定年退職者にとっても肉体疲労は避けたいのですが、心配いりません。疲れないコツさえわかれば作業後の夜はすぐに気持ちよく寝られ、目覚めはとてもいいのです。心地よい疲労感です。

 

暗渠の施工(竹を敷く前)

暗渠の施工(竹を敷く前)

 

さて、雨の日はどんな本を読もうか

 

 里山でのコメ作りの目に見える魅力は体にやさしいコメです。しかし私にとって本当の魅力は上記の手作業にこだわる理由で述べられた無形のものです。つまり、1)地域の人達、友人、家族とのつながりが強くなる、2)先人の知恵を学び共有する、3)自然との距離に対し感受性が鋭くなる、4)心地よい疲労感の体得、の四つです。

 この魅力的なコメ作りも雨が降ったら作業は中止です。「雨読」です。おせっかいかもしれませんが、読む本は、思想・歴史・哲学ものはどうでしょう。「O:生産量」(out put)を増し、「I:投入時間」(in put)減らす方法を教える「HOW TO 」本や、効率性を単純に「O/I」で評価する方法論的な本は、この「雨読」にそぐわないような気がするのです。短絡的に結論を導いてはいけないのですが、もし、私たちがこの効率性を唯一の判断基準として受け入れてしまうと、日本の伝統的稲作はその消滅に拍車がかかります。天候に大きく左右され時間も多くかかるので、きっとその非効率性だけが強調されるでしょう。上記のような目に見えない無形の里山のコメ作りのよさなど誰も気に留めてくれなくなります。

 私たち定年退職者も知らず知らずのうちに「O/I」の効率性を求める日常生活になっています。その思考回路をもう一度見直す機会があってもいいと思うのです。若者と一緒に里山でのコメ作りから「モノ」、「人」、「自然」の在り方や多面的に考えてみたいものです。稲作文化の継承という課題と意義を私たちの身近な問題として理解し、別の幸福の尺度で語り、日々の行動に反映して行けたらいいと思います。

 <あとがき>
 実は・・・
 私は雨が降ってくると宿泊している古民家の縁側に腰掛けながら早く止んでほしいと願い、スマホの雨雲レーダーに目が釘づけです。「雨読」を薦めた私ですが、実は…です。この古民家で今まで読んだ本は哲学書ではなく「土と肥料の作り方・使い方(家の光協会)」「無農薬有機のイネ作り(農文協)」「野菜だより(農文協)」等「HOW TO」ものはかりです。まだまだ本来の「雨読」モードへの移行が自然体でできません。

 この書き流しの短章を読んで、里山での活動に興味が湧いた方は「しあわせな生活づくりの郷」HP(http://gyutto-happy.jimdo.com/)をご覧ください。サポーターを募集しています。コメ作りだけでなく、休耕地を開墾した畑で野菜作りもできます。